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糸の証 ~21~

Category『糸の証』
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「お母さんが事故に遭った日のことはうまく思い出せない。葬儀のことも。
…ただ、お母さんとは二度と話せなくなったことは分かって、すごく悲しかったのを覚えてる。
公佳さんがうちにきたのは、葬儀が終わってしばらくして。あたしが食事もとれないほど塞ぎ込んで、弱っていたからだって」


事故当時、なずなさんは6歳の誕生日を迎えたばかりだった。鈴奈さんとの別れはまったく予期できぬ形で訪れ、千石家から幸せな日常を唐突に奪った。
忌明けに仕事を休めなかった社長は、市内にある家事代行サービス会社と契約し、社員の派遣を依頼した。幼いなずなさんの面倒を見てもらうためだ。会社側は社長の要望に沿って公佳さんを選出し、千石家に派遣した。


「公佳さんのことは『きみちゃん』って呼んでた。いつも優しかったし、作ってくれるご飯もおいしかった。毎日泣いてばかりいたけど、悲しい気持ちがだんだん薄らいでいくのが分かった。

そのまま4年が経って、公佳さんがうちにいるのは当たり前の光景になってた。…でも、あたしにとってお母さんは一人だけだし、母親が欲しいってお願いしたことはなかったと思う。

だから、“あの人”が、公佳さんを家族として迎えたいって言った時、何を言われてるのかよく分からなくて。そうしたら、あたしにお母さんができるんだよって説明されて。……戸惑いはあったけど、公佳さんがこの先もずっと一緒にいてくれるならと思って、分かったって答えたの」


なずなさんは、父親のことを“あの人”と呼ぶ。
千石社長と公佳さんが入籍したのは、なずなさんが10歳の時。公佳さん自身が望まなかったこともあり、挙式も披露宴も行わなかったという。


「『家族になる』っていう意味がちゃんと分かったのは、公佳さんに赤ちゃんができてから。弟が生まれるんだよって言われても、驚きや不安の方が強くてちっとも嬉しくなかった。…だってあたしは、公佳さんがあたしだけのお母さんになってくれたんだと思ってたから。

…それに、嫌だった。どういうことをすれば赤ちゃんができるのか、もう分かる年になってたし。あの人は、お母さん以外の女の人を好きになったんだってやっと理解できて……なんか無性に腹が立った。

大輝が生まれると、うちの中は赤ちゃん中心の生活に変わった。でも、あの人は仕事で家を空けるから、公佳さんには気持ちの余裕がないみたいだった。あたしはその中で自分の居場所が見つけられなかった。自分の存在だけ宙ぶらりんになってしまったみたいに思えてた。

つらい時はとにかくピアノを弾いた。レベルは上達してたし、難しい曲にトライすることにやりがいも感じてた。教室に行けば加寿子先生やさなちゃんがいた。それが心の支えだった」


だが、少女の安息の場であったピアノ教室は、久芳先生の病気療養のために閉鎖されることになる。なずなさんと紗南さんはともに別の教室へと移籍し、そこで佐竹田真尋さんと出会った。


「真尋とはすぐ仲良くなった。学校は違ったけど顔は知ってて。あいつもピアノが巧くて、コンクールの常連だったから。そのうち真尋のグループに混ぜてもらって、稽古の休憩時間や休みの日に一緒に遊ぶようになった。さなちゃんは中学の部活が忙しくなってレッスンを休みがちになったしね。

…でも、一緒にいるのが楽しかったのは最初だけ。すぐ違和感を覚えた。
あたしさ、たぶん、協調性がないんだと思う。1対1なら仲良くやれても、相手が多くなるとどうやって歩調を合わせていいか分かんなくなるんだよ。…なんていうの? 空気を読むってやつ?

相手を過剰に持ち上げてみたり、変に謙遜してみたり、どんな情報も共有して隠し事を許さなかったり…。そういうノリや束縛が楽しい人はそれでいいんだろうけど、あたしは苦手だった。話の流れを変えないようにって思ったら、本音で話してる感覚が薄くなっていく気がした。…でも、言いたいことを言えないのは、自分らしくないって思ったんだよね」


淡々と語る彼女の横顔を見つめながら、私は、高校時代の軽薄な人間関係を思い出していた。英徳の中にあって、私は“庶民”という圧倒的なマイノリティーだったから。

富裕層に属するクラスメイト達の、欠伸が出るような長い自慢話に作り笑いで相槌を打って、素の自分を決して表に出さないようにしていた。自分らしくないとは分かっていて、でも自分らしさを発揮する場ではないとも思っていて、上辺だけの付き合いをしていた。


「あたしは、相手のいいところはストレートに褒めたいし、逆によくない所は改めてみたらって指摘したい。特にピアノに関しては妥協したくなくて。なあなあの関係は好きじゃないし、主従関係も嫌だ。でも、そういう感覚を求めていい相手じゃないと分かったから、真尋とは距離を置くことにした。

…真尋はそのことをとても怒った。グループのボスはあいつで、何でも1番じゃなきゃ気が済まなくて、あたしを思い通りにできないことが腹立たしかったんだと思う。『どうして離れていくの? 許さないから』って言われた。
それから無視や陰口が始まった。嫌がらせもあって…。それはピアノ教室だけにとどまらなくて、悪い噂が人づてに伝わって、小学校の人間関係にも影響してきた。

でも、そんなのに負けるもんかって思ってた。理解してくれる友達もいたし。…それに、あたしにはピアノがあったから。大きなコンクールのピアノ部門で、3回優勝したことがあるの。そのことが大きな自信になっていたし、それこそがお母さんとの絆の証なんだと思えた。…だから、あいつには絶対に負けられないって」



なずなさんから“絆”という単語が出ると、私は類の言葉を思い出していた。

『だから、その子が、亡くなった母親が教えてくれたピアノをやめたのなら、その絆を断つだけのきっかけがあったはずだと、俺は思う』

きっかけはあったのだ。
彼女が心の支えにしていたピアノを手離すに至る、何か決定的な出来事が。






いつも拍手をありがとうございます。
なずなの過去編です。
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