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糸の証 ~23~

Category『糸の証』
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「その後のことはもう知ってるでしょ? 学校にはだんだん行かなくなった。全部、嫌になって。でも家にいるのも嫌だったから、外でウロウロするようになった。…そのうち、街中で知り合った連中とつるむようになった。その時だけ、その場だけ楽しければいいじゃんっていう付き合いはすごく気が楽だった」

佐久間さんの調査によると、なずなさんが深夜に補導された際に一緒にいたのも中学生達だった。行き場のない未成年がこれほど多くいるものなのかと思う。

「お父さんはそのことを怒りませんでしたか?」
「もちろん怒ったよ。補導されて、警察から帰ってきて、どうしてこんなことをするんだって怒鳴るから、あんた達のせいだってぶちまけた。その後はなんて叫んだかよく覚えてない。…そういうのが八つ当たりだって今は分かるよ? でも、心の中がぐちゃぐちゃで、噴き出してくる感情を抑えられなかった。

あの人、何も言えなかったみたい。怒り出すのかと思ったら、能面みたいな顔して黙ってしまった。公佳さんには泣かれた。でも、そんなのも全部、あたしにはどうでもよかったんだよ」


なずなさんは、素行不良を理由として、中学2年に進級する前に私立中学から退学を勧告された。転校先の公立中学には登校したりしなかったり。彼女の日常はますます荒れていった。


「…中3の担任はすごく面倒なヤツだった。学校に来るようにって毎日毎日家に説得に来るんだ。クラスに不登校児がいると自分の査定に響くんでしょ? あまりのしつこさにウンザリして登校してみたら驚いた。同じクラスに真尋がいたんだ! 中3から転校してきたんだって。…それを知ってたら、学校になんか絶対行かなかったのに!

あたし達はお互い知らないフリをした。目も合わせなかった。真尋を心から憎んでいたし、もうどんな方法でだってあたしを傷つけさせたりしないって思った。だけど、帰り際、校舎裏で言い争いになって…」


決して相容れない相手だと分かっていた。
挑発に乗ってはいけないと自分を戒めていたのに。
だが、滑稽だと、転がり落ちていく様を見るのは楽しかったと相手に嘲笑され、なずなさんの我慢は限界を超えた。


「真尋は、自分のしたことを何ひとつ悪びれてなかった。それ以上に許せなかったのは、あいつがピアノを好きじゃないって言ったことだった。プロになるなんて端から考えてない。コンクールに優勝すること、一番になることだけが目的だったから、ずっとあたしが邪魔だったって…。

それからは激しい言い争いになった。ぶん殴りたいのを堪えるのは大変だった。…でも、急に真尋が泣き出して。気づいたら、クラスメイト達があたしを止めに入ってた。嵌められたことに気付いたのは頭が冷えてから。
言い争いは、あたしからの一方的な攻撃として周囲には認識されてしまった。クラスメイト達はそう証言したし、あいつもそう訴えた。あたしは違うって言ったけど、信じてもらえなかった。

担任は学校生活や級友の素晴らしさを熱弁した口で、今度はあたしを非難した。真尋に謝れって。あの人が学校に呼び出されて、担任から事情を聞いて“またか”っていう顔をしたのを見た瞬間、決めたの。絶対に何も話すもんかって。どうせ、あたしは厄介者だもの。どうなったっていいって思えた。

…これで全部。もう話してないことはないと思う」

ふいに彼女の声のトーンが下がった。

「先生はどう思った? あたしの話、どんなことを思いながら聞いてたの?」



なずなさんの声には偽りの響きを感じなかったが、弁護士である以上、依頼人の話だけを鵜呑みにすることはできない。だけど今は、ひとりの大人として彼女に相対しているのであり、苦しい胸の内を明かしてくれた相手に向かって言えることはひとつだった。


「あなたの希望に応えたいです」


なずなさんの瞳が驚いたように瞬く。
「あたしの…希望?」
「身の潔白を証明したいという希望に、です」
なずなさんは笑う。ごく薄く。
「…先生って、やっぱり面白いね。あたしを信じるとか、自分を信じてとか、そういうこと言わないんだね」
私も笑って応える。

「私が信じるに値する人間なのかは、これからの行動を見て判断してください。何の実績もなしに信じてほしいとは言えないでしょう?」
そうか、と彼女は呟く。
「先生も、裏切ったり、裏切られたりした人だもんね?」
「そうです。人は時にあやまつことがあります。相手の期待に沿えないことがあります。誰にでもそういうことが起こり得るんです」
「だから、先生を信じない方がいいの? 期待を裏切るかもしれないって疑っていた方がいいの?」
「“信じる”という行為そのものに、心の強さが必要だということです」
「…分かんない。どういう意味?」


どのように説明すれば彼女に伝わるだろう。
食い入るようにこちらを見つめる瞳に微笑みながら、言葉を選別する。


「“信じる”という行為には、実は、自分の理想が重ねられています。相手にこうしてほしい、相手がこうであってほしい、というこちら側の希望をそこに見ているのです。ですから、相手を信じて思い通りにいかなかったとしても、それは仕方がないと受け入れる度量が必要だと、私は思います」
「…相手を許すってこと?」
「相手の行動の是非を問うのではなく、自分自身の物事の見方を変えてみるということです。そこにはたくさんの失敗があります。でも、徐々に成功体験も増えていきます。成功と失敗を繰り返すうちに、人を見る目は養われ、心はもっと強くなります」


なずなさんはふーっと溜息を吐いた。


「難しいことゴチャゴチャ言ってるけど、要は自分次第ってことだね? 相手に過剰な期待をしないでおけって?」
「簡略化するとそういうことです」
「なんか……上手く誤魔化された気がするんだけど」
「弁護士とはそういう仕事ですから」

なんだよ、それ、と呟いた声が泣き笑いになる。
小さな嗚咽を洩らして再び揺れ始める肩を、そっと撫でてやる。
出口はもう見えている気がした。


「なずなさんは変われます。いま何をするべきか、もう分かっていますね?」
「……うん」
「あなたに必要なのは家族の理解です。闘うべき相手や局面を見誤らないでください」
「……あの人達に、ちゃんと話せるかな。……あたしのこと、もう、許してくれないかも」
「私が傍にいて見届けます。大丈夫ですよ。これだけたくさんの思いを私に説明できたんですから」
「……でも、全部、自分が間違ってたなんて、思いたくないよ。……だって、そんなの……悔しいじゃん……」

グスグスと鼻を啜る音がする。
なずなさんの中には、彼女なりの正当性や懸命さがあったのだ。
正しかったのか、間違っていたのか。簡単に白黒を判ずることはできない。



その時だった。
私の携帯電話が、着信を知らせて振動した。



類からだった。








いつも拍手をありがとうございます。
数話に亘ってなずなの過去編をお送りしました。イメージソングはあとがきで明かすつもりでいましたが、区切りがいいのでここで発表します。

今作のイメージソングは、『未成年』(Singer:柴田淳、Release:2004年)という歌です。この詞世界では、未成年である『ぼくら』が抱える弱さや葛藤が端的に描かれています。『ぼくら』を取り巻く大人達に向けられたメッセージがとても印象的です。

リリックといい、曲調といい、初めて聞いたときから忘れられない一曲でした。なずなのキャラクターはここから構想を得ています。ご興味のある方はぜひ検索してみてくださいね。
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