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糸の証 ~32~

Category『糸の証』
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反訴を提起することは早い段階から想定していたため、手続きはスムーズに終了した。早ければ1週間後には相手方に訴状が届くはずだ。
鴫谷弁護士は必ずこちらにコンタクトを取ってくる。海藤先生はそう予見した。


情報収集は順調に進んでいた。佐久間さんは、佐竹田家が今年の春まで暮らしていたマンションで入念に聞き取り調査を行い、住民の証言を集めた。その中で気になる証言がいくつもあった。

まず、隣人女性の証言。
女性は、佐竹田真尋さんに対して母親がとても厳しかったと証言した。対外的には親子関係は良好に見えたが、娘を叱責する大声が壁を通じて聞こえることがあった。それは主にピアノの音がする時間帯に頻発していたので、おそらく母親がピアノ指導に熱心だったのだろう。加えて、同居しているはずの父親については、見かけることも話し声を聞く機会も少なかった、と女性は述べた。

次に、管理人の男性の証言。
佐竹田家は約10年間そのマンションで暮らした。その間、大きなトラブルが起きたことはない。世帯主は父親だが、その姿を見かけることは少なかった。管理人とのやりとりも、住民会に出席するのも母親の方だけ。それ自体は決して珍しいことではないが、これだけの期間がありながら父親の気配が希薄なのは珍しい、別居していたのかもしれない、と管理人は述べた。

それから、マンションに住む中学生達の証言。
佐久間さんが最初に話しかけた女子中学生は、真尋さんの一学年下で小・中学校が同じだった。真尋さんの名を出した途端、相手は露骨に嫌な顔をしたという。その子によると、真尋さんはいわゆるボス的存在で、学区内では特に目立つ存在だったという。話を聞いている間に、同じマンションに住む他の中学生達が集まり、一挙に情報が収集できたそうだ。



佐久間さんは情報を取り纏め、このように報告した。
「真尋さんに対する評価は厳しいものでしたね。気が強く、口も立つ子のようで。嘘をつくことがあった、ピアノが巧いことを鼻にかけていた、という声もありました。でも、面と向かって文句を言える子はいなかったそうです。管理人は住民間のトラブルはなかったと証言しましたが、子供達の間でそれなりの衝突があったんでしょうね」

膨大なメモをペラペラとめくりながら、彼女はこうも言った。
「佐竹田家は近所付き合いが極端に少なかったようです。母親の交友関係をさらいましたが、マンションの住民の中に親しい人はいませんでした。あと、気になるのが父親の存在感の無さです。驚くほど目撃証言が少ないんですよ。管理人も言っていたように、父親は別居していた可能性があると私も思います。今はこちらの方を調査中です」




木曜日の夜、なずなさんから携帯電話に連絡が入った。
「明日の夕方、事務所に行くから面談の時間を取ってほしいんだけど、どう? 先生に会わせたい人がいるの」
「分かりました。…少し遅いですが、午後6時半でどうですか?」
「いいよ。大丈夫」
「どういった間柄の人ですか?」
そう訊ねると、相手が小さく笑ったのが分かった。
とてもリラックスした響きの声で。
「高校生が一人、中学生が一人、それから、さなちゃん。…詳しいことは明日話すね。話すと、とても長くなるんだ」




金曜日の夕方、約束の時間きっかりになずなさん達は姿を見せた。
事務員の宮川さんに呼ばれて資料室から出ていくと、集団の先頭に立つなずなさんが第一声を発した。
「こんばんは。先生」
「……っ」
咄嗟に声が出なかった。

長かった彼女の茶髪は耳の下までバッサリと切られ、ショートカットになっていたのだ。色も黒く染め直されている。先日と同様、服装はシンプルでとてもボーイッシュに見える。初対面の時とは本当に別人のようだ。

「髪、思い切ったんですね」
「驚いた? 気持ちを新たにしたいな、と思って。毛先も傷んでたしね」
「とても似合っていますよ」
「そう?」
彼女はニッと笑い、その笑顔のまま背後を振り返った。制服姿の二人が、緊張した面持ちでこちらを見ている。なずなさんは、彼女達に私を示して紹介した。
「この人が牧野先生。担当の弁護士さん」
「初めまして。牧野です。では、皆さん、こちらの部屋へどうぞ」



宮川さんが人数分の飲み物を準備してくれる。4人はソファに腰掛け、礼儀よく頭を下げた。その向かい側に、私と朝比奈先生と佐久間さんが並んで座る。
顔と名前を一致させるため、最初の5分は自己紹介の時間となった。

紗南さんから、高校1年の棚橋さんと、中学2年の門脇さんが紹介される。
棚橋さんは紗南さんの高校の後輩だ。共に吹奏楽部に所属しているという。彼女の妹はピアノ経験者で、佐竹田真尋さんと同じ講師に師事していたそうだ。
門脇さんは、現在なずなさんと同じ公立中学校に通っている。だが、なずなさんとは直接の知り合いではない。そして、紗南さんとも。門脇さんの母親と紗南さんの母親の間に、共通の友人がいるのだという。



「今日はどういったお話を聞かせていただけるんでしょうか?」
私がなずなさんに問うと、これに対しては紗南さんの方から返答があった。
「まず、私から説明させてください。二人に一緒に来てもらうことをお願いしたのは私なんです」
「分かりました。では、紗南さん、お願いします」
手元のボイスレコーダーがオンになっていることを確認し、紗南さんに頷いてみせた。


「ずっと考えていたんです。なずなのために、私には何ができるだろうって。……牧野先生に、なずなにどう接していいか分からないと相談させてもらった時、先生は私を励ましてくれました。そのままの私でいいんだって。私の存在がなずなの心の支えになってるって…。力強くそう言ってもらえて嬉しかったです」
紗南さんは続ける。
「先生は最初に言いましたよね。情報は自分達でも収集して、独自に検証するんだって。…それ、私にも同じことができないかと思ったんです。友人の伝手をたどれば、なずなや真尋に関係する人達に話を聞くことができるかもって。
…私はこのことを母に相談しました。自分の考えに自信がなかったからです。母は私の話を最後まで聞いてくれて、証言集めに協力してくれました」

元より聡明な子だと思っていた。
それでも、このように積極的な行動を起こせると思ってはいなかった。

「母は言いました。なずなに味方することを前提に話を聞くのではいけないだろう。どちらにも偏らない、第三者としての意見を求める方が、相手に話をさせやすいんじゃないかって。
母は自分の友人やハンドメイド教室の生徒さんの伝手をたどって、私は吹奏楽部の仲間の伝手をたどって、なずなと真尋の間に起きたことを知っている人を探しました。…そして、私は棚橋さんを、母は門脇さんを探し出したんです」


紗南さんに名前を呼ばれた二人が、落ち着かない様子でこちらを見る。
私は笑顔で話しかけた。
「二人とも緊張しなくていいですよ。雑談をするつもりでお話ししてくださいね。準備はいいですか? …では、棚橋さんからお願いします」
まず高校生の棚橋さんの方へと水を向けると、彼女は「はい」と小さく頷き、ポツポツと話し始めた。







いつも拍手をありがとうございます。
親友として、なずなのために何ができるか。懸命に考えた結果、紗南は独自に行動を起こします。つくしに感化された部分が大きいのでしょう。
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2 Comments

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2020/07/17 (Fri) 11:16 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

おはようございます。
いつもコメントありがとうございます(*^^*)

中学校でのトラブルは、最初からなずなに不利な状況でした。補導歴や不登校のことで周囲の心象が悪かったんですね。身から出た錆でもありますが、それでも現場に公平性は必要でした。紗南は無意識になずな寄りになってしまいますが、母親はその点を指摘し、証言集めに協力をします。ファインプレーでしたね☆

毎回自分の掲げたテーマに悩んでいるのですが、今作は本当に苦労しています…💦 裁判系はもうやらないぞ…と(笑) 最後まで頑張ります。

2020/07/18 (Sat) 07:43 | REPLY |   

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