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糸の証 ~34~

Category『糸の証』
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『勝負のカードはできるだけ多い方がいい。あとは切り方次第』

類の言葉は、霞がかかっていた視界に一条の光明をさしこんだ。個人感情は抜きに、更なる情報収集を行う。佐久間さんの情報は実に正確だった。情報筋は明かしてもらえないけれど、おそらく彼女には公的機関の中に太い人脈がある。




―水曜日の午後。

私は、ある人物に面会の約束を取りつけ、仙台駅近くの喫茶店で待ち合わせた。弁護士と名乗る初対面の女に対し、怪訝そうな面持ちで話を聞いていた相手は、この面会の目的が何であるかを理解すると態度を一変させた。
険しい表情を浮かべ、私の話はどこまで信憑性があるのかと問うので、おそらくは相手が隠したいと思うだろう情報の一端を示した。効果は覿面だった。

こちらの要望を丁寧に説明し、相手の理解を求める。最終的には納得してもらえたような手応えがあったが、土壇場で気が変わるかもしれず、実際に協力を得られるかは分からない。それでも、相手にとってのメリット・デメリットを正しく把握し、熟考した上で今後の行動を決めてほしいと思っている。




―金曜日の午後。

事態が、大きく動いた。
鴫谷弁護士事務所から、話し合いの申し入れがあったのだ。反訴の提起を受け、佐竹田家側が、千石家との話し合いの場を設けることに同意してくれたという。

電話でその連絡を受けた時、私は所用で出かけていて不在だった。鴫谷先生に応対してくれたのは海藤先生だった。二人の間でどのような会話が行われたのか、その詳細は知らされていない。




―日曜日の午後。

市内のホテルに付属する会議室を貸し切り、両家の話し合いの場を設けた。会議室では、大きなテーブルを挟んでそれぞれの関係者が顔を並べた。

本訴原告である佐竹田家側は、真尋さんと母親の聡美あきみさん、鴫谷弁護士と事務員の計4人。父親の姿はないが、仕事が終わり次第ここに来るとのことだった。
反訴原告である千石家側は、なずなさんとその両親、海藤先生と佐久間さんと私の6人だ。だが、佐久間さんには別の指示を出していて、隣の部屋で待機してもらっている。

最初に、鴫谷先生と私とで、順番に各々の関係者を紹介した。
佐竹田真尋さんを初めて見た時、なずなさんとの初日のやり取りを思い出した。真尋さんは気怠そうにうつむき、一度も顔を上げない。その様子から、彼女が納得の上でここに出席しているわけではないことを悟る。
母親の聡美さんは、見るからに神経質そうな女性だった。装いは美しく整えられていたが、吊り上がった目や痩せた頬が顔の印象を暗くしている。眼光は鋭く、その視線は向かい側のなずなさんだけを捉えていた。

対するなずなさんは、毅然と前を向いている。室内の重苦しい雰囲気に怯むことなく、余計なものは一切削ぎ落としたような潔さが感じられた。



最初に、本訴の内容確認が行われた。事前の約束事項として、一方の主張が行われている間、質問は一切挟まないことになっている。

鴫谷先生は、佐竹田家側の認識する事実と現状を説明した。
まず、中学校における諍いの経緯について。目撃者は同級生3人。文書により目撃証言が語られていく。諍いでのなずなさんの発言によって精神的に不安定になり、不登校になった真尋さんの現状が明らかになる。資料として心療内科医の診断書が示される。ピアノにも向き合えなくなり、夏のコンクールへの出場も見送ったという。

そして過去、ピアノ教室において、真尋さんに対するなずなさんの言動は常に攻撃的で、心痛の種だったという主張があった。文書には同じ教室の友人による証言もあり、なずなさんがいかに高慢な態度だったか、言葉遣いが乱暴だったかが語られた。
最終的には、一連の行為に対する謝罪要求と慰謝料請求が述べられた。


次に、反訴の内容確認が行われた。
私は、なずなさんと真尋さんの出会いから、ピアノコンクール当日までの経緯を説明し、この時点までに真尋さんから数年に亘る嫌がらせがあったことを明らかにした。ピアノ教室内でのトラブルについては、紗南さんの証言を採用した。

私は、中学校での諍いは過去の確執に端を発したものであり、一方的な虐めには該当しない旨を強く主張した。さらには、その場に遭遇していたという4人目、5人目の目撃者の存在を明らかにする。先日、事務所に来てくれた中学2年の門脇さんとその友人がそうだったのである。残念なことだが、中学校の教諭達は、目撃者全員を拾い上げることができていなかった。

門脇さん達は、先に挙げた3人の目撃者達より早い段階から言い争いを立ち聞きしており、真尋さんがなずなさんに言い放った最初の嘲りの言葉をはっきり覚えていた。
佐竹田家側の事実誤認の可能性を指摘し、一連の行為に対する謝罪と本訴の取り下げを要求した。


こちらの説明の間、相手側の反応は二分されていた。
つまり、真尋さんは無表情を貫き、母親は怒りが抑えられない様子で顔を赤くしていた。聡美さんは約束事項を無視して何度も声を上げようとし、その度に鴫谷先生に窘められていた。



私は、まだ相手方に示していない文書を掲げ、こう告げた。
「この文書には、今の説明の中では挙げなかった数多くの証言を記載しております。これを公にすることは、佐竹田さんにとって非常に不利益な結果に繋がる可能性があります。……どうでしょう。現時点で、何か、仰りたいことはありませんか?」

訴えかけたのは、佐竹田真尋さんに対して。
だが、相手は無反応だ。そのことを残念に思う。


次の瞬間、隣に座る聡美さんが猛然と立ち上がり、こちらを指さして声高に叫んだ。
「そんなものは全部でっち上げでしょう? 私達はね、非常に迷惑してるんですっ! そちらの娘さんが素行不良なのは事実じゃないですか。学校にも行かず、補導歴も多くて! そんな子の言う事なんて信じられるわけがないでしょう!?」
「確かになずなさんには補導歴があります。総数は7回で、いずれの理由も深夜徘徊です。他人への傷害や窃盗などの犯罪行為は一度もありません」
事実は事実として述べる。

「なずなさんは幼い頃に実の母親を事故で亡くしています。継母である公佳さんとの関係性に悩んでいました。家庭内に居場所が見つけられず、深夜まで自宅に戻らない日があったことは事実です。
しかし、素行不良が顕著になっていくきっかけは、中学1年の秋に行われたコンクールの日の真尋さんとのやり取りです。…真尋さんは憶えていますよね? あの日…」

ヒステリックな声が問いかけを遮る。
「それが言いがかりなんです! 非行に走るのはその子自身の問題でしょう!? ご家庭にも問題があるじゃないですか! うちに責任をなすりつけるのはやめてください!」
母親はますます感情的になり、激高していくばかりだ。冷静な話し合いができない相手だという評価は正しい。見かねた鴫谷先生が、まずは座るようにと彼女を諭す。



「牧野先生」
海藤先生の声がかかる。GOサインだと解釈する。
「文書をお渡ししましょう」
「……はい」
私は手の中の文書を鴫谷先生に渡した。鴫谷先生はそれを聡美さんにも見えるように置き、1枚ずつ目を通していった。怒りで紅潮していた聡美さんの顔が、急速に色を失っていくのが分かった。
文書は全部で5枚。1枚につき1人の証言と関連する写真を載せている。

それを読めば理解できたはずだ。
真尋さんが狭いコミュニティにおいて、絶対的な力を誇示してきた本当の理由が。



『佐竹田さんは、人間関係をお金でコントロールするんです。気前よく奢ってあげたり、豪華なプレゼントをしたりして…。それを目的に、彼女の言いなりになる子は多かったみたいです』
そう証言したのは、高校1年の棚橋さんだ。
『私の妹も、小学生の小遣いでは買えないような高価な物をプレゼントされました。代わりに、ピアノ教室内の虐めに加担するように指示され、断りきれなかったそうです。最初は嫌々ながら指示に従っていた妹も、エスカレートしていく虐めと主従関係が怖くなり、ピアノ教室をやめました。自分がとった行動に対する後ろめたさから、妹はそのことを誰にも言えずにいたようです』

この棚橋さんの話を基に、新たに証言を求めた相手は10人以上に及ぶ。集まった証言の中から、特に重要なものをピックアップして要約し、先ほど手渡した文書の中に記載した。それは、真尋さんの行動の悪辣さを明るみに出すものだった。



「……真尋ちゃん。…これは、本当なの?」
震える声がした。聡美さんのものだ。
「この写真に写っているポーチ……私が贈った物だわ。あなた、失くしたと言っていたのに、どうして…」
娘への贈り物はそのまま娘の友人へと贈られていた、その事実。

対する娘は、母親の問いかけにも無反応だった。
だが―。



「話してよ! あんたの気持ちを」
なずなさんが椅子を鳴らして立ち上がり、声を上げる。
その声は凛と響いて、室内の空気を細かく震わせた。
「あたしは、真尋のことが分からなかった。あんたの行動には何の正当性もなかったの? 言いたいこと言ってよ! そうしなきゃ、いつまで経っても前に進めない!」



重い沈黙が下りる。



やがて、ふーっと長い溜息が吐かれた。
真尋さんが発したものだ。

彼女は机に置かれていた文書に手を伸ばし、パラパラとめくって中身を確認すると、それを無造作に放り投げた。その勢いのまま紙が机の表面を滑り、反転して止まる。


「…だから、裁判なんかしないでいいって言ったのに」


呟くように発された真尋さんの声は低く、得体の知れない感情に満ちていた。






いつも拍手をありがとうございます。
いよいよ両家の話し合いが始まりました。本来、話し合いは提訴前に行われるべきことなのですが、今作では通常の流れとは異なる展開にしております。この辺のアレコレはあとがきに書くつもりです(;^_^A
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