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糸の証 ~35~

Category『糸の証』
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「ねぇ、弁護士さん。本当に言いたいことを言っていいんですか?」
「まひ…」
「ママは黙ってて。自分のことだから、自分で話したいの」

その声は鋭く、驚くほど冷ややかだった。聡美さんは蒼かった顔色をさらに白くし、二の句が継げない様子で我が子を見つめている。真尋さんの視線は、担当である鴫谷先生に向けてではなく、斜向かいに座る私へと注がれていた。

彼女の瞳の色は昏く、底が見えない。それは、すべてを打ち明ける前のなずなさんの瞳と同じ色だ。口元に浮かんだ笑みがとてもアンバランスで、彼女の心の危うさを表しているように見えた。彼女にも主張したいことがあるのだと察する。


「こちらの主張の中で訂正されたい部分があるのでしたら、ご指摘をお願いします」
「まず、私は、誰に対しても虐めを行っていません」
真尋さんは堂々とそう述べた。
「私は自分自身を守っていただけです。自分の権利を守るための行動は正当防衛ですよね?」
「それは、民法上での意味ですか?」
「そうです。条文なら覚えています」


正当防衛には、刑事上の正当防衛と、民事上の正当防衛がある。民法第720条1項は、『他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない』とある。
では、この場合の『他人』は誰で、『不当行為』は何を指すのか。

…この時点で、私はその答えを分かっていた。
だが、こちらからはそれを明かさない。少女の出方を見るつもりでいる。


「まず、その文書にある証言には誤りがあります。私は虐めを指示したことはありません。問題行動があったとするなら、それは忖度そんたくではないかと思います」
「ずいぶん難しい言葉を使うんですね。彼女達が真尋さんの心中を推し量って、自分からそういう行動に出たというのですか?」
「私にはそのように思えます。…証言がたくさんあるからって、それが真実だとどうやって証明できるんですか? 自分がしたことを私のせいにしているかもしれないでしょう。音声が残っているわけでもないし」
「そうですね。音声記録はありません」

澤田先生が懸念していた問題点を、真尋さんは的確に指摘した。
『証言だけでは決定的な証拠には欠ける』という部分だ。

証人の年齢が若い場合、その発言への信用性はどうしても低くなる。これは、若年であればあるほど、思い込みや主観によって記憶が変性しやすいためである。この点をめぐって裁判が長期化するのはよくある事だ。それを理解しての今の発言なら、真尋さんは民事裁判について自分なりに勉強してきたのだろう。薄笑いはまだ消えない。

なずなさん達の話では、真尋さんは虐めの主導的な立場であったはずだ。本人は実行犯ではないと主張したが、もしそうだとしても教唆きょうさの罪を問うことはできる。



「写真にある贈り物についてですが、それは、その子がどうしても欲しいと言ったからあげたんです。私は相手に喜んでもらえるならと思って、自分の物を譲りました。他の家庭に比べてうちが裕福なことは分かっています。欲しいものは何でも買ってもらえますし。そのためか、私は物に対する執着が薄いんです」
「だから、人に奢ってあげることにも抵抗がなかったのですか?」
彼女は頷く。
「誰だって美味しいものを食べたいし、飲みたいでしょ? 一番余裕のある私がお金を出すことで、みんな平等に楽しい時間を過ごせるなら、別にいいじゃないですか。小遣いの使い道は自由ですよね?」
「その見返りに、誰かに、何かを強要させたことはないんですね?」
「はい。さっきも言った通りです」



娘のその言葉を受けて安堵したのか、聡美さんが表情を緩める。
「…やっぱり、この証言は嘘ばかりなのね」
「ごめんね。ママからの贈り物を黙って友達にあげてしまったことは、謝らなきゃいけないと思う。でも、これからはしないから」
「この子達には悪意があるわ! どういうつもりでこんな事を言うのかしら」
「分からない。…そこの弁護士さんに上手く誘導されたんじゃないかな。だって、私のこと、どうしても悪者にしたいんだろうから」

ね?と、微笑みかけてくる少女にはどこまでも悪気がないように見える。
なずなさんも同じことを言った。
『真尋は、自分のしたことを何ひとつ悪びれてなかった』と。
罪悪感を伴わない悪意。それが、この子の闇なのかもしれない。



私は少女の笑顔には応じず、そのまま次の質問に移る。
「中学校での諍いの内容については否定されないんですね? 再会したなずなさんに対して、酷い言葉を投げかけたのはどうしてですか?」
「私は思うままを言っただけです。難関の私立中学に入学して、コンクールでもいつも上位だった千石さんが、見るからに不良の姿になって目の前に現れたんです。だから滑稽だなって。…それに、『酷い言葉』なら千石さんの口の悪さだって相当でしたよ」
「なずなさんとは互いに酷い言葉をぶつけ合った、ということですね?」
「まぁ、そうです」

欲しい回答を得て、深く切り込む。
「あなたは、この諍いをきっかけに精神的に不安定になり、学校に行けなくなったと診断書にはあります。ですが、今の真尋さんはとても冷静で、情緒の不安定さは見受けられません。…なぜ、学校に行かないのですか? トラブルの相手であるなずなさんも登校していない現状で、あなたが不登校になる理由が思い当たらないのですが」


そのように問うと、相手は軽く目を見開き、鴫谷弁護士の方を見た。
「今のやり取りって、そういう意味になるんですか?」
「…そういう意味とは?」
困惑気味に鴫谷先生が応える。
「私が自分のことを説明すれば精神的に不安定ではない、という意味になるんですか?」
「…まぁ、それは内容によるというか。あなた、とても落ち着いていますしね」
望まない回答に真尋さんは鼻白んだ表情をし、話を切り上げて不登校の理由を明言しなかった。
「じゃあ、もう話さない方がいいですね。鴫谷先生にお任せします」




重苦しい空気の中、鴫谷先生が口を開く。
「さて、双方の主張も出揃い、お互いに認識違いのこともあったようです。子供同士の関係性には難しい一面がありますからね。でも、このまま裁判を始めるなら、これ以上に緊迫した場が何度も続くことになります。…どうでしょう。ここらで譲歩し合いませんか?」
向かい側では佐竹田母娘が顔を寄せ、小声で口早に話をしている。
こちら側でも、なずなさんと千石夫妻が同じように小声で会話をし、何度も頷き合っているのが見えた。

私は三人の元へと行き、今後の意向を確認する。
その回答は分かっていた。
海藤先生に千石家の意向を伝える。先生は静かに笑んだ後、私の肩をポンポンッと叩いた。それは、私の緊張をほぐすときによくする海藤先生の癖。
私は、力強く頷く。




「いかがでしょう。牧野先生」
鴫谷先生が問いかけてくる。
「佐竹田さんは、平行線を辿りながらの話し合いはもう必要ないので、ここで千石さんの謝罪さえあれば慰謝料請求はせず、訴えを取り下げてもいいとのお考えです」

私は小さく笑む。
そのような譲歩案を呑むことはしない。

「…残念ながら、千石家の皆さんには主張を曲げるつもりがありません。佐竹田真尋さんの謝罪を強く求めます。今日の話し合いでの解決が見込まれなければ、裁判も辞さない考えです。裁判では虐めの認定と慰謝料請求を行います。…それに」


私は新たな文書を取り出し、顔の高さに掲げる。
鴫谷先生が表情をこわばらせたのを見た。
「こちら側の主張はまだ終わっていません。…では、続けましょうか」






いつも拍手をありがとうございます。
つくしvs真尋、静かに火花を散らしました。来週もお楽しみに。
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4 Comments

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2020/07/24 (Fri) 08:38 | REPLY |   

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2020/07/24 (Fri) 09:50 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんばんは。
コメントありがとうございます(*^-^*)

ずいぶんタチが悪いでしょう? 真尋はなかなかの知恵者なのです。人の心理を読み取ることにも長けます。ある意味でなずなよりも厄介な相手です。

つくしは踏ん張りどころです。どうやって真尋に自分の罪を自覚させるか。今作の最後の難題としてこれを設けました。最終話までもう少しです。見守っていてくださいね。

2020/07/24 (Fri) 23:35 | REPLY |   
nainai

nainai  

二******様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v
雨は大丈夫でしたか? 
こちらもけっこう降りましたが警報は出ませんでした! …ホッ。

ウズウズさせてすみませんw 物語はいよいよクライマックスへ。
つくしは自分の決めた方針を貫き、真尋と対峙していきます。 

今作では本当にたくさんのオリキャラを出しました。その中にはいろいろな関係性がありましたね。着目していただけて嬉しいです~。最終話まで楽しんでいただければと思います。

2020/07/24 (Fri) 23:57 | REPLY |   

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