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Category第1章 紡いでいくもの
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「幼い頃、両親と見るこの景色が好きだった。…最後に一緒に見たのは、もう随分前のことだけどね」
今日の類は饒舌じょうぜつだ。
あたしが変に緊張して、話せないせいかもしれないけれど。
「両親と来なくなってからも、何度もここに足を運んだよ。つらいことがあったとき、一人になりたいとき…」
「類にとって、大事な場所なんだね…」
類は繋いだ手をほどいてあたしの方を向く。あたしも自然と類の方へと体を向けた。
改めて向かい合って類を見上げると、心なしか彼の頬が赤くなっているのが見てとれた。


「俺、牧野が好きだよ」
まっすぐに告げられた彼の想いに、あたしはふるっと身を震わせた。
―類…っ。
「NYで初めてあんたに想いを告げたときから、ずっと、…ずっと好きだった。…何度も諦めようと思った。友人として接しようって。…けど、もうそれもできないくらい、あんたが好きだ」
あたしは言葉が出ない。戸惑いだけじゃなく、あたしは自分の心の奥底から湧き上がってくる喜びをはっきりと自覚していた。
「…牧野が、まだ司を忘れられないのも分かってる」
きっと、あたしの瞳は揺らいでいただろう。
「でも、少しずつでいいから俺を見て。…男としての俺を」
友人としてではなく。類の言葉は言外にそれを告げていた。


「俺、待てるから。あんたが司への気持ちを昇華させるまで、いつまででも待つよ。だから…」
「あたしも、好き!」
言い募る類の言葉に被せるようにして、あたしは声を発していた。
類の瞳が大きく見開かれる。
「あたしも、類が好きだよ。……でも」
最後に続いた言葉に、ピリッとした緊張が走ったのが分かる。
「あたし、何も持ってないよ? 後ろ盾もないし、何の力もない」
身の内をくすぶらせていた彼との未来への不安を吐き出していく。
この不安が解消されない限りは、あたしは彼に頷くことができないから。

「もしかしたら、類がそう思ってくれてるんじゃないかって思うときがあったの。…でも、今までの関係が心地よくて、…あたし、ずっとそれを見ない振りをしてきた。…ズルくて、ごめん…」
彼が抱き続けてくれたのは、あたしに対する友情だけではなく恋情でもあった。
あたしが抱いてきたのは、彼に対する友情だったのに―。
―本当に? 友情だけ?
分からない。あたしは、いつから、類を…。


「それに…道明寺との別れみたいなことは…嫌なの。あたし、耐えられない…」
あたしの目線は次第に下がっていく。
類の気持ちに応えたい。…でもそれが怖い。
その先にあるかもしれない喪失に、あたしはおののいてしまっているから。
「…他には?」
「え?」
「だから、その他に、牧野が不安なことは何?」
パッと上げた目線のすぐ先に類の顔がある。その表情はとても真摯で、あたしの抱く不安を、嘘偽りなくきほぐそうとしていた。

「…あたしのこと、類のご両親は受け入れてくれないんじゃないかって…」
「他には?」
「あたしは、デザイナーになりたい。自分の進路を変えたくない。…だけど、類と付き合うなら、そうはいかなくなるんじゃないかって…」
「…他には?」
「そんな、矢継ぎ早に聞かれても、分かんないよっ」

あたしは居たたまれなくなり、その場を逃げ出したくなって類に背を向けた。
でも、できなかった。
次の瞬間、類が、後ろからあたしを抱きすくめていたから。
いつも彼が纏うフレグランスが鼻腔を掠める。
―あ、類の香りが。
それと同時に、胸がどうしようもなく高鳴って、あたしは息苦しさに喘いだ。


―類が好き。
―すごく、すごく好き。


本当は、分かっていた。進が言ったように。
その気持ちは、あたしの中に確固として存在した。


―あたしは、本当に、類が好きなんだ…。


「ずっと一緒にいたい」
耳元で類が囁く。その声の甘い響きは、あたしから抗う力を失わせていく。
「…他の誰に対してもそんな気持ちになれない。あんたにだけ、そう思えるんだ」
あたしの体に回された類の腕の力が、より一層強くなる。
「牧野は牧野らしく、そのままでいてよ。…何かを取り繕ったり、自分を偽ったりもしないで。あんたは、それだけで十分に魅力的だから」
「…類」
「デザイナーの夢も諦めないで。夢を叶えるために頑張ってるあんたを、全力で応援したいんだ」

―果たして、そんなことが可能だろうか…。
あたしの考えを読んだかのように、類は続ける。
「ここに牧野を連れてくること、先に両親に了承をもらってる。俺の大事な人だから、連れて行ってあげたいって」
「…えっ?」
「ここは、父が母にプロポーズした場所でもあるから。…両親は牧野のことを快く受け入れてくれたよ」
あたしは二の句が継げなくなる。

類は急に腕の力を緩め、あたしを解放した。離れていった温もりに寂しさを覚えながら、あわてて類を振り返る。
「あとは、牧野が決めて」
あたしと類の間にある、わずか二歩分の距離。
「牧野が障害だと思うことは、もうないと思うけど…」
類は笑う。あたしの大好きな笑顔を浮かべて。
「付き合うんじゃなくてさ、俺と結婚して! 牧野!」


自分の頬に涙が伝ったのが分かった。
考えるまでもなかった。
答えはすぐに出た。
でも言葉にはできなくて、答えの代わりに類が広げた腕の中に飛び込み、両腕でぎゅっと類にしがみついた。
「…答えは『YES』だよね?」
弾んだ声で類が問う。あたしはこくこくと何度も頷いた。
「嬉しい…」
あたしを強く抱きしめて、類が言う。

「だっ、段階を踏み飛ばし過ぎだよ…っ」
「何が?」
「だって、結婚だなんて…。普通は付き合ってからじゃない」
あたしの涙を指で拭ってくれながら、彼は笑う。
「今までの関係も付き合ってたようなものじゃん。一緒に過ごして、同じものを見て、楽しんで。…あんたと過ごしてきた時間、本当に楽しかった」
「それは、そうだけど…」
「なかったのは、体の関係だけだし」
さらりと告げられた言葉に、あたしは身を強張らせる。

―か、体のカンケイって…っ。

「…あ、あのね…ッ」
「大丈夫。焦ってないから。…さっきも言ったよね。俺、待てるって」
類はあたしの腰をぐっと抱き寄せ、こつんと額を合わせてきた。
「牧野の気持ちが育つまで待つよ。…急に友人から恋人にって言っても、気持ちがついてこないでしょ」


―どうして、類はあたしの考えていることが分かるんだろう。
確かにあたしは、類の求愛に心を揺すぶられた。これ以上はないくらいの幸せを感じている。
だって、類と、この先もずっと一緒にいられるなんて。
友人としてではなく、恋人として、妻として、家族として。
そんな素敵なこと、他にはないよ。
だけど、まだ気持ちが追いついてこない。いま目の前で起きているこのやり取りが、本当に現実のものかどうかを実感できずにいる。
類は、そんなあたしの戸惑いも迷いもすべて包み込んでくれる。受け入れてくれる。その優しさが震えるほど嬉しい。



「あの、本当にあたしでいいの?」
「さっき、そう言ったつもりだけど?」
「あたし…あの、あたし…」
「ね、キスしよ」
類が突然そう言い出したから、あたしはまた慌てふためいてしまう。
展開についていけなくて。
「…キ、キス?」
「そうしたら実感できるんじゃない? 俺のプロポーズ」
あたしは身動きできないまま、類の綺麗な顔がゆっくり近づいてくるのを見ていた。
―どうしよう!
あたしは、思わずギュッと目を閉じていた。
「…だめ?」
吐息がかかるほど近い距離で、類はあたしに問うた。


あたしは彼とのキスを思い出す。類とするのは初めてじゃない。
初めては、高校2年生の夏、南の島の海辺で。
二度目は、その冬、NYにある彼のマンションで。
どちらも友人以上恋人未満の、軽く触れるだけのものだった。


心臓が痛いほど激しく打っている。
―これから類とキスするの?
「牧野?」
きっとあたしは、これ以上なく赤い顔をしていたに違いない。
類はぷっと吹き出した後、そのままケラケラと笑い出した。あたしは目を見開く。
「すっげぇ、真っ赤」
「もうっ! あたし必死なんだから、からかわないでっ」
あたしが抗議するのと同時に、類はチュッとリップ音を立てて、あたしの額に口づけた。続けて、鼻の頭に。頬に。
柔らかく押し付けられる唇に呆然としたあたしに、類はもう一度問うた。
…その瞳は、もう笑ってはいなかった。


「…いい?」
「……うん」
あたしが瞳を閉じると、ほどなく唇に温かいものが触れた。
ぐっと抱き寄せられ、類の唇が触れては離れて、を繰り返す。
徐々に唇を重ねる時間が長くなっていく。
三回目の類とのキスは、恋人としてのキスだった。
あたしは、足元が覚束おぼつかなくなる感覚に必死に耐え続けた。




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2 Comments

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2018/06/04 (Mon) 23:57 | REPLY |   
nainai

nainai  

uz様

ご訪問&コメントありがとうございます。

ここに来るまでが長かったですよね…。この回はとくに心を込めて書きました!
これから(というより、第1章の間は)、二人はもっともっと強い絆を結んでいきます。
でもuz様も覚えておられるように、このずっと先には例のプロローグが続きます。
紆余曲折が二人を待ち受けます。
最後はいいエンドを迎えられるように頑張っていくつもりです。

今後ともよろしくお願いいたします。

2018/06/05 (Tue) 00:29 | REPLY |   

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