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糸の証 ~40~

Category『糸の証』
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翌朝、久しぶりに事務所の全所員が顔を揃えた。
的さんが司法試験の一次試験日程を終え、通常業務に復帰したためだ。


定例の朝礼では、昨日の話し合いの報告をした。
佐竹田家側に本訴の取り下げを確約してもらったこと。
千石家側に反訴の取り下げについて了承を得たこと。
そして佐竹田家と別個に話し合い、家庭内の問題を明確化して今後の指針を立てたことを報告すると、朝比奈先生からは驚きの声が上がった。

「じゃ、あっちの家の面倒も牧野先生が見てあげたの?」
「話し合いの場を設けました。そこで、真尋さんの本音は聞き出すことができたと思います。ですが、聡美さんとは全く意思疎通を図れなくて…。娘の本心を知り、非常に大きなショックを受けられたようです」


少し距離を置きたい、と娘から告げられた時の聡美さんは茫然自失といった様子だった。しかし、母と娘の関係修復のためには、一定の距離の確立が必要になるだろう。

過干渉なのか。虐待なのか。
聡美さんからは、真尋さんへの強い愛情と執着を感じていた。…だからこそ、その線引きがとても難しかった。


「これからも佐竹田家のフォローアップを続けるの?」
「いえ、今後のことについては鴫谷先生が請け負ってくださいました。先生は、私達の話し合いが終わるまで会議室の外で待っていてくださったんです。依頼を受けた以上、最後まで責任があると仰られて…。それでも、経過については、私の方でも適宜確認していこうとは思っています」
ここで、私は海藤先生の方を向いた。
「鴫谷先生にそうした助言をしてくださったのは、海藤先生だったのではないですか?」
私の問いかけに対し、師はただ微笑んだだけだった。
言わぬが花、ということなのだろう。


朝礼が散会すると、物言いたげな澤田先生と目が合う。彼はいつものように片方の口角を上げ、楽し気に笑いながら言った。
「温情は示すなって言ったのに、見事に真逆を行ったな」
私は満面の笑みを返す。
「ご指摘を受けたことで、自分の方針をしっかり見定めることができました。これからもご教授ください」
「…皮肉かよ」

傍でやり取りを聞いていた的さんと佐久間さんが笑う。
「牧野先生は、トラブルの根本原因をどうにかしたいと思われたんですよね。…それって実は、裁判の勝敗より大事なことなんじゃないかと俺は思います」
「右に同じく」
的さんの褒め言葉が素直に嬉しい。佐久間さんも同意を示してくれる。

澤田先生は大仰にため息をつき、的さんに釘を刺した。
「真似するなよ、的。…牧野ならではの方策だ」
「できないですよ。俺、凡人なんで。…牧野先生、またお時間がある時に今回の案件の詳細を聞かせてもらってもいいですか?」
「えぇ。…と言っても、あまり良い例にはならないかもしれませんが」
「そうですか? けっこう参考になりますよ?」
要望には笑って応え、私は自分の席に戻った。

手帳をめくり、今週の予定を確認する。
今日からは新たな仕事が待っている。



その後、裁判所において、本訴・反訴の取り下げ手続きは遅滞なく行われた。
本訴の期日を迎えることなく、このたびの民事訴訟は終結した。
ただ、こうしたケースは稀であり、それからしばらくの間、珍しい案件の一つとして所員の記憶に留まり続けることになる。



******



翌日の火曜日は、午後1時に業務を終えた。当所では休暇取得はフレキシブルなので、日曜日の出勤分を代替することにしたのだ。よいお休みを、と笑顔の宮川さんに見送られて事務所を出る。

今夜は類が東京から帰ってくる。昨夜、午後6時半に到着する新幹線に乗るという連絡があった。仙台駅まではミニカーで迎えに行くつもりでいる。


事務所を出て最初に向かったのは、駅前の百貨店だ。今日は記念日でも誕生日でもないけれど、類に何か贈り物がしたいと思い立ったから。
メンズフロアにある店を端から順に巡っていく。だけど、商品を目の前にすると、物欲に乏しい彼に何を贈ればいいものか改めて悩んでしまい、あっという間に時間をロスしてしまった。

結局、選んだのは消耗品だった。
プレゼント用に梱包してもらい、とりあえずの安堵を得る。

次に生鮮食品売り場のある地下フロアへと移動した。今日の夕食は私が腕を振るうことにしていて、すでに早退したことをミキさんには伝えてある。
購買欲にスイッチが入るとあれもこれもと買いたくなり、帰宅したのは午後4時半だった。すぐ料理に取り掛からないと、類の迎えまでに準備が間に合わない。頭の中でレシピと手順を効率よく組み合わせ、並行しながら調理を進めていった。



そうして、1時間が経過した頃だった。
ふいに玄関のドアが解錠される音がしたので、てっきりミキさんが様子を窺いに来てくれたのだと思った。

だから、続けて「ただいま」という声が聞こえてきた時は仰天した。慌ててリビングを出ると、類が荷物を降ろし、靴を脱いで上がってくるところだった。

「どうしたの? 6時半に着く予定じゃ…」
「ん。頑張って終わらせてきた。…はい、これ」

類は後ろ手にして背に隠していたものを私に差し出した。
それは、涼し気な色合いで纏められたフラワーアレンジメント。鈴のような形をした薄紫や青の花々が、白い編みカゴの上でゆらゆらと揺れている。可憐な美しさに言葉を失くし、しばらくの間、それに見とれていた。

「気に入ってもらえた?」
「ありがとう。すごく嬉しい。これ、なんていう花?」
「カンパニュラだよ。…花屋の前を通ったら目に留まって。つくしにも見せたいなって」
「可愛い花だね。目に留まるのも分かるよ」


類の優しさが嬉しかった。
彼に贈り物をしたいと思った気持ちと重なり合い、不思議な感覚に満たされる。

同じだね。私達。
まるで示し合わせたみたいに、こうして想いを伝え合うの。


「おかえり。類」
背伸びをし、両腕で類を抱きしめる。
「ただいま」
上背のある彼が少しかがんで、私の背を優しく抱く。

「私も、類にプレゼントがあるよ」
「奇遇だね」
「そう。驚いちゃった」

私達は微笑み合い、そっと唇を重ねた。
長い間離れ離れだった恋人達のように、とても甘やかなキスをした。







いつも拍手をありがとうございます。現在執筆中の第43話が最終話になりそうです。来週中に終われるように、この週末の作業を頑張ります(*^^*)
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6 Comments

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2020/08/07 (Fri) 09:11 | REPLY |   

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2020/08/07 (Fri) 21:28 | REPLY |   

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2020/08/08 (Sat) 01:05 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんにちは。
コメントありがとうございます(*^-^*)

それぞれ多忙ながらも、ON/OFFのスイッチを入れ替え、夫婦の時間を大切にする。相変わらず安定感バッチリの二人です♪ 仕事モードのつくしはビシッとしていますが、類の前では可愛い奥さんです。そうしたギャップも楽しんでもらえたらなぁと思いながらの構成でした。

今作はつくしの仕事を中心に描いてきたので、全般的に類の出番が少なかったのですが、折々に二人の強い絆を感じ取っていただける作品を目指したつもりです。最終話まで楽しんでいただければ嬉しいです。

2020/08/08 (Sat) 17:39 | REPLY |   
nainai

nainai  

二******様

こんにちは。
コメントありがとうございます(*^▽^*)

そうなんですよ。残り3話となりました! 
私生活で時間がなかったこともあり、今作に向き合ってきた期間は長かったので、最終回をお送りするのは本当に感慨深いです。

千石家、佐竹田家のその後についても触れていきます。
二******様の深読み…。アリだと思いますよ~(#^^#)

『糸の証』は完結しますが、『樹海の糸』シリーズとしてはまだ完結させない予定です。次作の構想もあるのですが、まだすぐには取り掛かれないんですね。いずれ時期を見て…と考えております。

2020/08/08 (Sat) 17:51 | REPLY |   
nainai

nainai  

乃**様

こんにちは。初コメントありがとうございます。
とっても嬉しいです(*^▽^*)/ 執筆の励みになります。コメントには特に形式はないので、どうぞお気を楽にして書き込んでいただければと思います。

類スキーなのですね。私もです~(#^^#) 
本業では医療関係のお仕事をしています。プロだなんて、ほんと、恐れ多いお言葉ですよ。

今作ではつくしの弁護士としての活躍を全面的に書きたかったので、ラブラブ要素はちょっと控えめでした。まだ新婚さんなのに…と思いながらの執筆でしたが💦 残り3話にもいろいろなエレメントを詰め込んでいきたいです。最終話まで楽しんでいただければと思います。

2020/08/08 (Sat) 18:08 | REPLY |   

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