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糸の証 ~43~

Category『糸の証』
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佐竹田家のフォローアップについては、本来の担当であった鴫谷弁護士が継続して行っている。その後、先生は聡美さんを伴って市の教育センターを訪れ、民間のカウンセリング機関の紹介を受けた。聡美さんはそこで臨床心理士による指導を受けながら、真尋さんとの関係性の修復に努めているという。

また、聡美さんは佐竹田氏と決別する意向を固め、先日、正式に協議離婚が成立した。協議に際しては、鴫谷弁護士が聡美さんの代理人になったという。真尋さんの親権は聡美さんが持ち、養育費は佐竹田氏が支払うことで合意し、財産分与についてもほとんど揉めることがなかったそうだ。
但し、聡美さんと真尋さんの同居再開は、現時点では時期尚早と判断されており見通しが立っていない。


そうした流れとは別に、私の方では真尋さん個人のフォローアップを行っていた。最後に手渡した文書と共に、名刺を渡しておいたのだ。
後日、真尋さんの方から携帯電話に連絡があり、以後は定期的にメールをやり取りしている。そして、そのことは佐竹田氏にも容認されている。

彼女としては、母親寄りの鴫谷弁護士より、自分に近い第三者をキープしておきたい心境なのだろう。心許せる相手というよりは、いつでも相談できる窓口があるという安心感が、いつでも注視されているという緊張感が必要なのだと思う。


真尋さんはあれからすぐ父親の住むマンションへと居を移し、ほどなく新しい中学校へと通い始めた。母親と同じカウンセリング機関に通い、そこで同世代の子供達との関わり合いについて、専門のカウンセリングを受けているという。表情の変化はまだ乏しいけれど、情緒は安定しているようだと佐竹田氏は話す。




なずなさんからは、真尋さんのその後について教えてほしいと言われていたし、これまでも会うたびに近況を知らせていた。だが、直近のやり取りについて明かしていくうちに、なずなさんは黙り込んでしまった。
その心情を推し量り、続きを話すことを躊躇っていると、相手が小声で呟いた。

「なんか、複雑な気分」
「やっぱりいい気はしませんよね。真尋さんのことを聞くのは…」
うん、と彼女は素直に頷く。
「…まだ、胸がザワザワするんだ。あいつのこと、思い出すと…」

真尋さんからは、まだなずなさんに向けた謝罪の言葉は出てこない。それでも、送られてくるメールの文面には少しずつ心境の変化が表れ、生活環境が安定したことで己を見つめ直す機会が増えていることを感じる。

時間が要る。
真の解決に至るには。

「いいんですよ。相手のことを理解しようと無理に努めなくても」
「…そうなの?」
「なずなさんが変わっていくように、周囲も変わっていきます。…きっと時間が薬になります。自分のペースで少しずつ前に進んでいきましょうね」
「……だね。頑張るよ」




「次は、なずなさんが元気になる話をしましょうか」
沈んでしまった雰囲気を変えようと声のトーンを明るくすれば、彼女もすぐに乗ってきた。
「なになに?」
「主人のファースト・アルバムの発売日が決まりました」
「ほんとにっ!? いつ?」
「10月22日です。でも、公式発表はもう少し先なので他言無用でお願いしますね」
「もちろん! ねぇ、そのアルバムにあの曲は入ってるのかな?」
なずなさんが指すのは、類が作曲した『My way home』のことだ。
私は微笑む。
「アルバムの最後に収録されているそうですよ」
「やったぁ! 楽しみ!」

彼女はリュックからスケジュール帳を取り出すと、発売日に何重も赤い丸をした。
「よかった。ちょうど模擬試験が終わる日だ。心置きなく聴ける!」
「受験勉強は大変だと思いますが、ストレスとうまく付き合いながら乗り切ってくださいね」
「先生、ありがと! 励みになるよ」
キラキラと輝く瞳が、Ruiへのリスペクトが本物であることを示している。

なずなさんは、アルバムを3枚買うつもりだと声を弾ませた。
1枚の価格は決して安価ではない。なぜその枚数なのかと問うと、1枚目は自分用、2枚目は保存用、3枚目は普及活動用だそうだ。止めても無駄だから!と必死に牽制してくるので、私は声を上げて笑った。




類の近況を話しながら、二人で談話を楽しんでいた時だった。
通りに面した窓の向こう側で何かがひらひらと揺れたのに気付き、私は視線を横に振った。路肩に停めた車の助手席側に立ち、彼がこちらに手を振っているのが見えた。


あぁ。もう迎えの時間だ。


「先生?」
窓外の相手に笑顔で応じた私の視線を追って、なずなさんも外を見た。
「…ぁっ!」
思わず大きな声が出そうになったのだろう。彼女は辛うじてそれをこらえた。
「すみません。今日はこれから予定があって…。なずなさんはどうしますか?」
なずなさんは、机に出したままの教材を急いでリュックに詰めていく。
「あたしも出る。塾の自習室に行くから。…挨拶してもいいかな?」
「えぇ。もちろんです」



なずなさんの意向もあり、カフェの会計は割り勘だと決めている。それぞれで清算を済ませて店の外に出ると、途端に茹だるような暑さが戻ってきた。
アスファルトから立ちのぼる熱のせいか、急速に胸のつかえを覚え、気分が悪くなってくる。ハンドタオルを口元に当てて嘔気をやり過ごしていると、前にいたなずなさんが怪訝そうにこちらを振り返った。
「先生? 気分悪いの?」
心配しないでいい、と言葉を返そうとした矢先、涼やかな声が私の代わりに応えてくれた。


「大丈夫だよ」


すぐ傍で類の声がして、彼の腕がゆるく腰に回されたのが分かった。小さく安堵の息を吐き、彼に身を寄せる。歩ける?と囁くように聞かれて頷くと、彼はそのまま私の体を支え、車の方へと誘導してくれた。心配そうな声が背中を追いかけてくる。
「…あの……先生って、もしかして、そうなの?」
その問いかけに、類が穏やかに応じる。
「たぶんね。これからそれを確かめに行くんだ」
彼は助手席のドアを開くと、私を席に座らせた。



体調不良を覚えたのは週初めのことだった。
なんとなく食欲がわかず、体がだるい。
顕著だったのは、匂いに敏感になったことだ。

月のものも遅れていた。
その可能性を見越して検査薬を使用することにした。

…反応は期待通りだった。
欲しかった結果を目にした時は、驚きと喜びで手が震えた。
折悪しく類は不在だったので、彼が東京から帰ってくるのを待ってクリニックを受診することにした。その初診が今日だったのだ。



類から事情を聞くと、なずなさんは怒ったように言った。
「早く言ってくれたら良かったのに!」
「すみません。…診察で確定してからお伝えしようと思っていたんです」
相手はふるふると首を振る。
「そうじゃなくてさ。あたしとの約束はキャンセルしてくれたら良かったんだよ。先生に無理させたくないのに…」
少女の優しさに触れ、自然と笑みがこぼれる。
「…って、散々心配かけてきた側の言う台詞じゃないけどさ」
「そんなことはないですよ。お気遣いありがとうございます」

なずなさんの自立の時は近い。
それを強く感じさせる言葉だった。

「結果が分かったらお知らせしますね」
「うん。絶対だよ」
なずなさんは励ますように私の手を握った。私も彼女の手を握り返す。類に短く挨拶して車から離れ、先に出発する私達を見送ってくれた。類の運転する車はスムーズに本線に合流し、少女の姿はあっという間に遠くなった。




クリニックを受診した結果、7週目に入っていることが分かった。
白黒のエコー画像に写し出される小さな命。
医師からプリントアウトされた写真を受け取って初めて、その事実を実感した。
喜びは時間の経過とともに湧きあがり、体の隅々まで満たしていく。


予定日は4月下旬。
この子は、春生まれになる。



クリニックを出て上空を仰ぐと、深い青色の中を白線がひと筋、北に伸びていくのが見えた。ひこうき雲だ。
瑞雲ずいうんだね」
聞き慣れない言葉に首を傾げてみせると、類が笑う。
「良いことが起こる兆しだってこと」
繋いだ手には少しだけ力がこもる。



「今、俺の中で生まれたメロディーがある」
類の声にも喜びが滲む。
「音が溢れ出てくるんだ。とめどなく。…こんな感覚、初めてだよ」
「いつか聴かせてね」
「あぁ。ちゃんと形にしてみせるから」



―ありがとう。
―私達のところへやってきてくれて。



胎内に宿った新たな命。
その尊さに心が震える。
言葉に尽くせないほどの愛おしさが募っていく。



「大切に育てていこう」
「うん…」



広がっていく私達の未来は、ただ、美しかった。
入籍した日に見上げた秋空と同じ、澄み切ったこの青さを前にして。






~Fin~




『糸の証』、これにて完結です。
後日あとがきをUPします。よろしければ、そちらもご覧くださいね。

3ヶ月半に亘って、温かい応援をありがとうございました。
最後に“読了よみおわり”の拍手をいただければ嬉しいです。
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12 Comments

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2020/08/14 (Fri) 00:54 | REPLY |   

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2020/08/14 (Fri) 04:44 | REPLY |   

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2020/08/14 (Fri) 07:47 | REPLY |   

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2020/08/14 (Fri) 13:09 | REPLY |   
nainai

nainai  

二******様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)
ついに最終回を迎えてしまいました。…感慨深いです。

今作ではたくさんの人間模様を描いてきました。二******様は私の意図を酌んでくださっていると思います(*^^)v 意固地で寂しがり屋のなずなが印象に残ったとのこと。彼女の成長が楽しみだと仰っていただけて、作者としては嬉しい限りです。つくしとなずなのやり取りは書いていて楽しかったです。

続編の構想は出来上がりつつあるのですが、執筆に取りかかるのはまだ先のことになります。オリキャラ達も引き続き登場予定です。類とつくしの子供についての話もいつかお届けできればと思っております。

最終話までお付き合いいただきありがとうございました! あとがきもぜひご覧くださいね。

2020/08/15 (Sat) 00:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ミ***様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)
やっと完結できました! 本当にホッとしております。

今作では、弁護士という仕事について私なりに追究してみたいと思い、つくしには頑張ってもらいました。類は類で自分の仕事をこなしつつ、大きな愛情でつくしを包んでくれています。小難しいテーマのため、ラブ度は抑え気味になってしまいましたが、物語を通じて二人の深い結びつきを感じ取っていただけたのであれば本望です。

なずなと類の縁も不思議なものでした。今回の案件の解決のためには彼の協力は不可欠でした。でも、それをサラリとこなしてしまう類。カッコいい!の一言に尽きますw 

新たな命を授かり、二人の生活は次段階へとシフトしていきます。続編はこの辺りを丁寧に書いていけたらと思っております。どうぞ気長に待っていてくださいませ。

2020/08/15 (Sat) 00:48 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^▽^*)
やっとこさ最終話までたどりつきました!

つくしは、意固地ななずなの姿に過去の自分を投影していました。きっと真尋の中にも、自分の欠片を見出していたのだろうと思います。『相手を理解する』というのは実に大きな労力を伴いますが、つくしは見事にそれをやってのけました。少女達の心情変化を会話文で表していくのはとても難しかったです(;^ω^)

蒼い炎が見えるような類。私も大好きです! 時々は感情を揺らす彼を書きたくなります。…が、今作ではそうした一面は抑え、ただつくしを一心に愛し、支えていく類を描きました。第29話に彼の想いを込めています。ゆ****様の癒しになったのであれば幸いです。

今回も長々としたあとがきを準備しております。どうぞお楽しみに…w

2020/08/15 (Sat) 01:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

a**様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^*)
“Fin”を打ち込む時は胸がいっぱいになりました。

今作では、虐め問題と民事訴訟という小難しいテーマを選んでしまいました。序盤・終盤はとくに説明的な文章が多かったと思いますが、勉強になると仰っていただけて恐縮しきりです。大筋では外していないと思いますが、アマチュアなので解釈違い等があれば申し訳ございません💦

つくしに向けた類の深い愛情、伝わりましたか? つくしとなずなをメインに動かしてしまったので、類の出番は若干少なかったと思いますが、折々にぎゅっと濃縮した彼の愛を詰め込んだつもりですw

新しい話にはまだ着手できていませんが、これからもブログは頑張って続けていきたいと思っております。気長に待っていていただけると…。あとがきもぜひご覧くださいね。

2020/08/15 (Sat) 01:52 | REPLY |   

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2020/08/15 (Sat) 12:21 | REPLY |   

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2020/08/15 (Sat) 22:24 | REPLY |   
nainai

nainai  

m*******様

こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
お久しぶりですね。コメント、とても嬉しいです~(*^-^*)

なんとか最終話までお届けできました。m様の癒しになったのであれば幸いです。今は燃え尽き状態なのですが、私生活の方が落ち着いたら、また新作に取りかかろうと思っております。

今作では二人の新婚生活を書きました。とても忙しそうです(;^_^A 互いの仕事に敬意を示し、どんな時も支え合う姿には多くの反響がありました。つくしはつくしらしく、類は類らしく、これからも頑張ってもらおうと思います。

日常生活では何かと不安もありますが、自分にできることを頑張っていきましょう。暑さ厳しき折、m様もどうぞご自愛くださいね。

2020/08/16 (Sun) 02:02 | REPLY |   
nainai

nainai  

乃**様

こんばんは。またまたコメントありがとうございます。
たくさん褒めていただいて、とても嬉しいです。照れます~(#^^#)

つくし自身も虐めの被害者でしたし、虐め問題へは特別な思い入れがあったと思います。それでも、なずなにも真尋にもとても冷静に真摯に対処していました。最後は妊娠発覚という時点で終幕、としました。もう少し糖度高めな二人を書きたかったのですが、それはまた別の機会に…。

今作ではたくさんのオリキャラを登場させましたが、その心情が分かると仰っていただけてホッとしております。書き分けが大変だったもので…。続編で引き続き登場するメンバーもいます。連載はまだ先のことになりますが、どうぞお楽しみに!

コメント方法についてですが、乃**様に質問いただいたことで新たな発見がありました。コメントの入力方法のご案内を書いてみようと思いました。重ね重ね、ありがとうございました(*^^)v

2020/08/16 (Sun) 02:27 | REPLY |   

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