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Category第1章 紡いでいくもの
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道明寺とは付き合っている期間が3年近くあったのに、一緒にいられたのは実質的に半年にも満たない時間だった。
あいつが渡米してからは、多忙を理由にデートをしたこともなかった。
あたしは初めての交際があいつとだったし、遠距離恋愛を前に、正直何をどうすればいいのか分からなくて、決して彼とうまく付き合えなかったと思う。
結局、道明寺とは最後の一線を越えられなかった。

あいつが渡米する直前、彼と共に訪れた開発途中のリゾート地で唯一、あたし達が素肌を重ねた瞬間があった。
だけど、あたしはそのとき熱を出してしまって―。
最後までいいよ、と言い募ったあたしに、道明寺は優しく言った。
無理をするな、と。
欲しいものはもう手に入った、と。
道明寺はその日、あたしを抱かなかった。
でも、それが最初で最後のチャンスになるなんて思いもしなかったんだ…。


類の想いを受け入れたあの日から、あたし達は忙しさの合間を縫って逢瀬を重ねた。
最初の言葉通り、類はあたしを急かさなかった。
あたしの中の類への気持ちが、かつて道明寺にあたしの何もかもを捧げていいと思えたあの瞬間を超えるまで、じっと待っていてくれた。


今までと変わったことは、彼があたしを下の名前で呼ぶようになったこと。
デートの際の触れ合いが多くなったこと。

類は、あたしにそっと触れた。
指を絡めて手を繋いだり、肩や腰を抱き寄せたり、あたしの肩先までの黒髪を撫でたり梳き下ろしたりした。
それに、事ある毎に優しいキスをくれた。
彼の体温を直に感じる度、あたしは安心できた。
類が、ここにいる。
あたしのことを愛してくれる類が、ここにいるんだって。

だから、あたしから類に初めてキスを送ったときは、彼は美しい瞳を瞬かせた後、目元を和ませ、すごく嬉しそうに笑んでくれた。
「俺の気持ちに、追いついてきた?」
あたしは真っ赤になりながら頷いた。
「じゃあさ、もう少しステップアップしていい?」
―ステップアップって…。
それがどういう意味なのかは、すぐに分かった。


その日、彼の車中で交わしたのは今までと違うキスだった。
いつものように唇を触れ合わせた後、類の舌があたしの唇を舐め、薄く開いた歯列からするりと入りこんで、あたしの舌を探ってきたのだ。
頬に添えられていた類の手が奥に滑って頭の後ろに回ると、ぐっと引き寄せられて口づけを深められる。
舌を絡め合う大人のキスは、あたしから思考のすべてを奪った。
「…ん……ふぁ……ぁ…」
初めてだったけれど類とのそれは心地よくて、自分の口から甘い声が洩れるのを抑えることができない。
互いの唾液が混じり合い、濡れた水音がして、あたしはいままでになく体の奥の熱が高まっていくのを感じていた。
やっと唇を離したとき、自分がどんな顔をしていたのか、熱に浮かされたみたいにぼうっとして分からなかった。

類はあたしの頬をもう一度撫でると、目を伏せながら言った。
「…その顔、すごくそそる」
はぁ、と切なげに息を吐いた類の端麗な顔をごく間近に見る。
その長い睫毛が細かく震えていた。
「つくしの…全部が欲しい」
自分を強く求めてくれる類の真っ直ぐな思いに、あたしの胸は強く疼いて、そしてようやく自覚した。

あたしも同じ気持ちだ、と。
あたしも、類の全部が欲しいんだ、と。



だけど、彼への気持ちが高まるのと同時に、湧き上がってくる思いがあった。
類からのアプローチがごく自然で、キスでさえも手慣れているように感じるのは、彼が経験者だからだ、と。
いままでそれを気にしたことがなかったのに、彼との先々を思えば思うほど、あたしは類の過去を気にするようになった。

かつて類が恋心を抱き、そのすべてを捧げた初恋の相手。
藤堂静さん。
名家の出でありながら、フランスで弁護士になるために多くを捨て、自分の夢と信念に忠実に生きた女性。高校時代、あたしの憧れだった人でもある。
あたしは、類と静さんが一時期そういう関係を結んでいたことを知っている。
渡仏した静さんを追いかけるようにと、類の背を押したのはあたしだったから。

それに、相手は静さんだけじゃないのかもしれない。
あたしが知らないだけで、類には類なりに多くの出会いと別れがあったのかも―。
彼の過去を知る女性の存在は、不思議なほど心の中でわだかまりを作って、あたしに次の一歩を踏み出すことをひどく躊躇させた。

―あたし、どうしちゃったんだろう…。



その頃、専門学校では実技実習が始まっていた。履修コースの2年目はひたすら技術の習得だった。
寸法を測り、型紙を取り、布地を切り、見本通りの服を再現する。また立体裁断を学んだり、パソコンのグラフィックスでカラーコーディネートを学んだりした。
学校では、羽純ちゃんと菜々美さんと、ほとんどの時間を一緒に過ごしていた。仲良くなってずいぶん経っていたけれど、今をもってあたしは、類とのことを、そして自分の過去を彼女達に打ち明けられずにいた。
だけど暦が7月に変わったある日、あたしと類が付き合っていることは、意外なところから発覚した。


「わたし、見ちゃった。昨日」
登校するなりあたしをトイレへ拉致した菜々美さんが、満面の笑みであたしに告げる。
「昨日の夜はどこにいたのかな? つくしちゃん」
「えっとぉ…」
あたしはうろうろと視線を泳がせる。
昨夜は類と食事に行った。ホテルの上階にあるレストランで、夜景を見ながらいつものように楽しい時間を過ごした。
そしてその後、彼とひどく情熱的なキスを交わした事を思い出して、あたしはぽんっと顔を赤くした。

「なになに? 何を思い出してそんなに顔を赤くしてるの?」
菜々美さんは興味津々だ。
「やっ…ちがっ…」
だけど、あたしは顔から火を噴きそうなほど真っ赤になってしまっていたし、菜々美さんにはどうにも誤魔化すことができなかった。
「レノールホテルにいたでしょ? わたしも昨日デートで行ったの」
菜々美さんには3つ年上の商社マンの彼がいる。
「つくしちゃんの彼のこと、わたしの彼が知ってた」
「あ…」
「彼氏さん、凄い人なんだね。…驚いちゃった」

類は花沢物産のジュニアだ。
商社に勤める人なら、仕事の関連で顔を見知っていても不思議じゃない。
「…黙っていて、ごめんなさい」
本来なら、自分から進んで説明するべきだった。あたしは菜々美さんに温かな友情を感じていたのに、彼女に対してひどく不義理を働いてしまった気持ちになって、しゅんと項垂れた。
「…ね、今夜、うちに泊まりに来ない?」
「へ?」
菜々美さんの急な申し出に、あたしは目を丸くする。
「羽純も呼んでさ。…つくしちゃん、全部話してくれるわね?」

あたしは逡巡する。
…でも、ちょうどいい機会なのかもしれない。
類のことを話すのなら、あたしの面白くもない高校生活にも言及しなければならないけれど、菜々美さんと羽純ちゃんにはこれ以上隠し事はしたくなかった。
あたしは彼女の誘いに応えた。




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2 Comments

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2018/10/06 (Sat) 19:49 | REPLY |   

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます(^-^)

この時点でつくしはまだ、菜々美達に自分の事情を打ち明けられていないんですよね。
でも心配は要りませんよ~。
彼女達はつくしのベストフレンドになっていきます。オリジナルキャラクターですがお気に入りでして。

続きもどうぞお楽しみくださいね。

2018/10/06 (Sat) 22:53 | REPLY |   

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