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Marbling Orange ~4~

Category『Marbling Orange』
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~Rui~


積極的に近況を知らせているわけではないが、節目の折にはなんとなく連絡を取り合っている幼馴染みと俺。
近日中に、道明寺夫妻に嫡男が誕生する。その一報をもたらしてくれたのは、あきらだった。セキュリティ面の問題から、司の妻の妊娠・出産について、マスコミには非常に厳しい報道規制がかけられている。

その頃、俺はイタリア北部のトリノに滞在していた。挨拶もそこそこに本題を切り出した相手は、兄貴分らしく真っ先につくしへの心配を口にした。
「牧野のこと、気にかけといてやれよ。絶対落ち込むからな」
「…そう思う?」
「もう3年か、まだ3年か。…どっちにしろ傷つくだろ。あの性格からして」


今月初旬、七里ヶ浜で気持ちを確かめ合った俺達。それでも、このニュースが彼女の心に暗い影を落とし込むことは容易に想像できた。


「…報告、遅れたんだけど」
「ん?」
「牧野と付き合うことになった」
「なんだ。良かったな」
あきらの声がトーンアップする。
「…つーか、先にそれを言えよ! 余計な気、回しちまったじゃねーか!」
最後は軽く憤慨したような口調に、思わず笑い声が洩れる。


「まだ3年、という思いでいるよ。…俺はね」
「そうか」

高校時代。鮮烈すぎる出会い。
二人の恋。10代を彩る青春のすべて。…叶わなかった想い。
つくしが、司が、お互いを忘れることはないだろう。

「身代わりでもいいと思ってた。…でも、いざ恋人の座についてみると、やっぱり面白くはないね」
「そりゃそーだろ。お前、自分を抑えすぎ」
「でも、なかなか勝てる気がしない」
「まぁなー。俺だってあいつにゃ勝てる気しねぇって」
あきらは愉快そうに笑い飛ばす。


つくしとのことを最初に報告できたのが、あきらでよかったと思う。胸の奥に燻ぶる不安も焦燥も、彼ならでは同調の仕方でそれとなく和らげてくれる。
こういうところ、巧いんだよな。


ひとしきり笑った後で、あきらはコホンと咳払いをした。
「僭越ながら、お前にアドバイスを授けてやろう」
「…なに」
「俺が考える、牧野のトリセツ?」
…つくしのことなら、俺の方がよく分かってる。
そう言いかけて、違った視点も参考になるのではないかと思い直し、口を噤む。あきらは俺の承諾を得たと解釈し、持論を展開し始めた。


「俺と牧野と類は長子ちょうし。司と総二郎は次子じし
「…うん」
「類には弟妹がいないから、より境遇が近いのは俺と牧野」
あきらには双子の妹、つくしには弟の進がいる。
「俺と牧野は似ている部分がある。世話焼きだったり、責任感が強かったり。…頼られるとむやみに張り切るところ、とかな!」
そうだね、と同意して、俺は言葉を返す。

「でも、だからこそ恋人には甘やかされたいんじゃない? 弟妹のいる長子は甘え下手だし」
「それも一理ある。だがなぁ、甘えるより甘やかしたいってのもまた、長子の本質であるという気がするんだ。男女の違いはあっても」
「…つまり?」
「お前さ、これまでずっと、牧野を守らなきゃいけない、リードしてやらなきゃいけないと思ってきたろ? 牧野が憧れる王子像そのままに、余裕綽々、なんでもござれって態度でさ」


別に王子気取りでいたわけじゃないし、いつも余裕だったわけでもない。
つくしはあの負けん気の強さと意地っ張りな面がクローズアップされがちだけど、泣き虫でいじらしい一面も併せ持っているから、俺でどうにかできることなら何とかしてあげたかっただけ。
あの漆黒の瞳が、涙に濡れるのを見たくなかっただけ。


「お前はもうちょい牧野に甘えるべきだな。そうすることで、あいつの中にある長子としての本質も満たしてやれ。もちろんバランス調節は必要だが」
…彼女に甘える。
確かに、自分にはないスタンスだったかも。
「完璧な男より、ちょっとダメな男の方が愛嬌あるぞー? 司を見てみろ。アメリカンコミュニティに揉まれながら、あれだけ大きな仕事をこなしていても、ボキャブラリーには未だに重大なエラーがあるし」

思わず吹き出す。
振り返ってみれば、司の間違い語録はなかなかの面白さだ。あの顔で真剣に言い間違われた日には、一瞬、自分の記憶の方が誤っているのではないかと錯覚してしまう。


向こう側が騒がしくなる。あきらはタイムアップのようだ。
「もう時間だ。また近況知らせろよ」
「気が向いたらね」
「じゃあな。うまくやれよ!」
あきらは最後まで笑いながら通話を終えた。

たぶん、俺とつくしのことは、あきらのルートから自動的に総二郎にも伝わるだろう。そう思い、自分からはあえて連絡しないことにした。



*********



トリノでの仕事を早めに終わらせ、司に関する例のニュースが出回る前に帰国したつもりだった。「今夜会いたい」とつくしにメッセージを送れば、打てば響く速さで返信があって嬉しくなる。出張の間も連絡は取り合っていたけれど、再会は江の島へのドライブデートの日以来だった。彼女に会いたくてたまらなかった。

夕方、ネットニュースで第一報が流れると、テレビ各局も一斉に道明寺夫妻の第一子誕生について報じ始めた。3年前、道明寺楓社長の引退に端をなして悪化した業績は、司の閨閥結婚という献身で新たな販路を手に入れたことにより驚異的なV字回復を遂げた。
時価総額で決まる企業の世界ランキングは、ここ数年、米国や中国の企業に上位を占有されているが、道明寺ホールディングスは今年初めてトップ10入りを果たした。日本企業としてはトップの位置づけだ。当然ながら、道明寺ファミリーに対する社会の関心は高く、報道も過熱しやすい。



つくしとの約束の時刻は午後8時だった。
十分間に合うと見越して指定したものの、終業間際にかかってきたパリ支社からの電話で思わぬ足止めを食らった。こっちは夜でも、あっちは昼。本社の都合などお構いなしだ。時差なんてなくなればいいのに、とこの頃は本気で思う。

会食で利用したことのあるその料亭は、つくしの会社からも花沢本社からも近い。15分ほど遅れて到着すると、彼女はぼんやりと庭の造形を眺めていた。
声をかけると、ハッとしたようにこちらを振り返る。その顔には、久しく見ることのなかったあの憂いの色が浮かんでいた。それを隠すように、「おかえりなさい。久しぶりの日本はどう?」と微笑む彼女がいじらしかった。

司のことを知ってしまったんだと分かった。それでも、つくしはその話題を避けた。だから、俺も彼女に合わせる方がいいと思った。




花沢に入社してから、通勤時間短縮のため本社近くのマンションに生活拠点を移している。1階にはコンシュルジュが常在し、人の出入りは厳しく管理されている。俺の住む部屋は4LDKの間取りだ。
会社とマンションを往復する生活の中、帰って寝るだけの目的でここまでの広さは必要ないとは思っている。あきらや総二郎が訪ねてきたことは何度かあったが、つくしをそこに招いたことはなかった。


帰りの車中。無言になる俺達。引き寄せてそっと抱きしめると、安堵したように彼女が身を預けてくれたのが分かった。
恋人の特権として許された抱擁。
つくしが、俺の彼女になったことを実感する瞬間だった。

唇を寄せれば、甘く応えてくれる。
そうして、熱を溶け合わせるような深いキスをした。



もっと一緒にいたい。
このまま離したくない。
彼女の全部が欲しい。

本当に好きだから。
この胸を焦がすくらいの熱量で、愛しているから。



「…俺の部屋に来ない?」



無意識の内に洩れだした心の声に、彼女の瞳は大きく見開かれた。
漆黒の中に浮かんだのは………残念ながら戸惑いの色。


分かってたのにな。
彼女が困ってしまうことくらい。
今はそのタイミングじゃないことくらい。
まだ3年だって、俺自身が言っていたのに。


このまま押し通す? 
引っ込める?


ほんの数秒にも満たない時間で、点滅するように相反する問いが脳内を駆け巡って。それでも彼女からの否定の言葉を恐れる俺は、答えを聞く前に質問を取り下げてしまった。そうすれば手前勝手な失望はせずに済むから。



待つよ。
君の気持ちが追いつくまで。


いつかまた、今夜と同じ問いかけをする。
その時はどうか、いい返事を聞かせて。






いつも拍手をありがとうございます。
類の切ない胸の内、でした。次話はつくし視点です。
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2 Comments

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2021/01/08 (Fri) 18:57 | REPLY |   
nainai

nainai  

と*****様

こんばんは。コメントありがとうございます(#^^#)
第4話にはいろいろツボな部分があったようで嬉しいです!

“類の心、つくし知らず”…なのですが、もともと類との恋愛に消極的だったことを思えば、二人にはゆっくりとしたステップアップが必要なのだと思います。その辺りを丁寧に書いていくつもりです。

と*****様はあきら推しなのですね。私も同じ見解です(*^^)v 頼れる男なので、とても書きやすいんです。個人的には類とあきらは仲が良い(はず)と思っています。トリセツ、気に入ってもらえたようで良かったですー。もう少し出番があるのでお楽しみに!

雪が心配な時期になりました。コロナも猛威を振るっております。どうぞお体には気を付けてください。

2021/01/09 (Sat) 01:28 | REPLY |   

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