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Category第1章 紡いでいくもの
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その日の夜、あたしと羽純ちゃんは、菜々美さんの実家のマンションにお邪魔させてもらった。菜々美さんのご家族は、お母さんと5つ下の妹さんの二人。お父さんは、菜々美さんが高校生の頃に、自動車事故で亡くなったそうだ。
事前の約束もなしに泊まりにきたあたし達を、菜々美さんのご家族は温かく歓迎してくれた。みんなで楽しく夕食を作って食べ、お風呂を済ませたところで、あたし達は菜々美さんの部屋に集まった。
話を聞きたくてウズウズしていた二人に詰め寄られて、あたしはようやく重い口を開いた。

あたしが英徳学園高校に通っていたこと。F4のこと。
あたしの家族のこと。貧しい生活水準のこと。
類との出会いと、初恋の終わり。
道明寺との出会いと赤札事件。彼との恋の一部始終。
そして今年の3月末、類との関係を発展させたこと。
すでに結婚を約束した交際だとは言い出せなかった。
…なんとなく、それは類と二人だけの秘密にしておきたかった。


「は~~~っ。聞いてみるものねぇ」
菜々美さんは大きなクッションを両腕で抱きしめながら、盛大にため息を吐いた。
「つくしちゃん、今の話だけでも自叙伝1冊書けるわよ。波乱万丈過ぎる…」
あたしは苦笑する他ない。
菜々美さんはF4の存在を知ってはいたが、顔までは知らなかったらしい。羽純ちゃんは、F4だけでなく、あたしのことまで知っていた。

「つくしさんのこと、どこかで見たことあるってずっと思ってたんですよね。…ようやく思い出しました」
あたしはその前振りに嫌な汗を掻く。まさか…。
「つくしさん、高校の時、TOJに出場しましたよね? テレビで観ました」
「えぇっ、ミスコンの?」
―あぁっ、やっぱり黒歴史のことだった!
あたしはもう恥ずかしいやらなんやらで、近くにあったクッションで顔を隠してしまう。まさかここにきて、またもやTOJのことを思い出す破目に陥るとは…。

「あのときのつくしさん、ものすごく印象深くて」
そりゃあ、そうでしょう、とあたしは心の中で呟く。あの中であたしの存在なんて異質でしかなかったし。
―あたしだって、ホントは出場なんてしたくはなかったのっ!
「優勝された方は順当だと思いましたけど、つくしさんの奮闘は見ていて応援したくなる感じだったんですよ」
「それは、ドウモ…」
あたしは物言わぬ貝になりたかった。
「えぇ~。それ見たかった~」
菜々美さんの残念がる声は、面白がっているようにしか聞こえない。



「で、つくしちゃん」
菜々美さんがクッションに顔を埋めたままのあたしをつつく。
「過去はともかく、いまの話をもう少し聞きたいんだけど」
あたしはゆるゆると身を起こす。菜々美さんは食い入るようにあたしを見つめ、単刀直入に聞いた。
「花沢さんって、エッチ巧い?」
「……はっ?」
あたしは質問の意味を捉えるのに、たっぷり5秒くらいかかったと思う。

「F4の西門さんと美作さんは、界隈では有名じゃない?」
「あぁ、まぁ…」
学生時代、西門さんは3回ルールで女の子をとっかえひっかえ、美作さんは道を外れた恋愛、―つまり人妻とのアバンチュールを楽しむという悪癖を持っていた。さすがの二人も学生でなくなったいまは自重している……はずだ。
「F4の中でも、花沢さんって一番ミステリアスで、エロティックだと思う。そういう人がどんなエッチをするのか、すごい興味があるんだけど」
「わたしも興味あります! どうなんですか?」

菜々美さんだけでなく、羽純ちゃんにも彼氏はいる。
羽純ちゃんの彼は、学校のクラスメートの梶山くんだ。二人は入学してすぐ付き合い始めたから、もう一年以上、順調に交際している。二人とも今の彼が初めての交際相手ではないし、きっと…いろいろ経験済みだと思う。
そんな彼女達に、自分がまだ誰ともそういう関係を結んだことがないことを告白することは、ものすごく勇気が必要だった。キラキラと目を輝かせてあたしの回答を待っている二人に、あたしは思い切って言った。

「…分かんない。あたし、まだシたことないから」
「「えっ…」」
菜々美さんと羽純ちゃんは驚愕の眼差しであたしを見た。あたしは居たたまれなくなって、またクッションで顔を隠したくなる。
先を読まれて羽純ちゃんにクッションを遠ざけられて、あたしは仕方なしに目線を下げた。抱え込んだ膝の先の足の爪を見つめる。


「えっと…シたことがないって、花沢さんと?」
「だって…交際を始めて、もう3ヶ月は経ってますよね?」
あたしは、こくんと頷く。もう恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。
「類と…そうなってないって意味だけじゃなくて、…あたし、まだ誰とも…」
「「えぇぇっ、ヴァージン?」」
二人の声が余りに大きいので、隣の部屋の妹さんに聞こえるんじゃないかって、あたしは焦りに焦った。
「やだ…っ。声が大きい…」
「あっ、ごめん…」
「すみません。驚いちゃって…」
菜々美さんがコホンと咳払いをして、あたしに問う。
「…花沢さんとそうなれないのは、まだ道明寺さんのことが好きだから?」


その言葉があまりに的を射ていて、あたしははっとして菜々美さんを見つめ返した。彼女の瞳に茶化すような色がないことを悟って、あたしは真面目に答えた。
「類は最初に、あたしの気持ちがちゃんと自分に向くまで待つと言ってくれたんです。交際を申し込まれたとき、あたしはまだ完全には道明寺を忘れられてなくて…」
道明寺はいまや既婚者だ。あたしがどんなに思いを募らせても、所詮それが叶うことはない。それでも失った恋の痛みはほろ苦く、唐突に断ち切られただけにその想いは簡単には手離しがたい。
あいつは、あたしにとって、それだけ大きな存在だったよね…。


「…不毛だって分かってるんです。あいつはもう結婚してるんだし。…それに、類の気持ちに応えたいって思うようになった自分もいて…」
「だったら、飛び込めばいいじゃないですか」
羽純ちゃんが言う。ちょっと怒ったように。
「花沢さんのこと、好きなんでしょ? 迷うことないですよ」
「そうよ。肌を合わせて、初めて分かり合えるものもあるわよ?」
菜々美さんも同意する。
「そう…そうなんですけど…」
あたしは言葉に詰まる。

―あぁ、類の過去が気になる、なんて言わない方がいいのかな。
そんなあたしの逡巡を見抜いて、菜々美さんが優しく訊ねてくれる。
「なぁに? 何を気にしてるの?」
「あの…」
あたしは迷った挙句に、思い切って悩みを打ち明けることにする。
「二人は彼の昔の彼女のことが気になったりしますか?」
二人は顔を見合わせた。



「わたしは訊かないようにしてる。知ってもいい気分はしないし。で、過去は過去だと割り切ってる」
と、菜々美さん。
「え~と、わたしは自分のことも話しますけど、相手のことも知りたいから訊いちゃいます。と言っても、わたしもいまの彼が二人目なので、あまり参考になりませんが…」
と、羽純ちゃん。
「初めてだったら気にしちゃうかもねぇ。花沢さん、けっこう過去のある男? あれだけの美形だし」
菜々美さんの問いに、あたしはゆるゆると首を振る。
「…彼の初恋の人が、素敵な女性だったことは知ってます。他に相手がいたのかどうかは…知らないんです」
「初恋の相手ってあの人ですよね? モデルの静」
「……うん」
羽純ちゃんは静さんのことまで知っていたらしい。


あの人達って本当に有名人なんだって実感する。それにあたしは、間違いなく静さんへのコンプレックスを抱えている。だって、あの静さんだよ? 
その彼女の後に選んだのがあたしって、どんだけ類は悪食あくじきかって話にならない?
自分に自信なんて持てないよ。
類は、あたしなんかのどこがいいんだろう。…どこに魅力を感じてくれているんだろう。たくさんの優しい言葉を囁かれていても、こういうときはそれが思い出せない。
結局はその疑問に行き着いて、あたしは小さく嘆息する。

「気になるなら、訊けばいいじゃないですか」
「…訊くのが、怖いの」
「でも気になるのよね? う~ん」
菜々美さんは唸るようにして考え込んだ後で、あたしに言った。
「あぁ、もう、ダメ。わたし、考えるのには向いてないわ」
「じゃ、わたしが思うことを提案していいですか?」
いままで話の主導は菜々美さんが握っていたから、羽純ちゃんが身を乗り出して許可を求める。菜々美さんは頷いた。

「…つくしさん、次会うときにお泊まりの約束をしてきてください」
「へ?」
あたしの口からは変な声が洩れ出る。
「もう夏休みに入るじゃないですか。時間ならたっぷりありますし」
「でも、お泊まりって…」
「小旅行はどうです? いつもと違う環境下ならちょっと解放的になれて、訊けなかったことも訊けるかもしれませんよ?」
「あ~。それいいね!」
菜々美さんが親指を立てて、GOODのサインをする。

「それって…」
「そうです。もちろんソレも込みの話です」
あたしがまごついて返事をせずにいると、羽純ちゃんは今度こそ怒った顔で、あたしに指を突き付けた。
あたしはぎょっとして、羽純ちゃんのその指を凝視してしまう。
「もうっ! 普段学校ではあんなにデキる人なのに、恋愛事になった途端、こんなヘタレだったなんて心外ですよ! いいですか? 花沢さんは待つと言ってくれても、交際にOKを出しておきながら、何ヶ月も据え膳とかあり得ないです。それだけ相手に大事にされてて、何が不満なんですか? ここはつくしさんから一歩、歩み寄るべきです! 自分に自信がないとか、過去の女性とかはもう抜きにして、今を大事にしてください。今を!! そのうち、愛想尽かされちゃいますよ!」
これだけの長台詞をほとんど息継ぎもせず、羽純ちゃんは一気に言い放った。
あたしは唖然とするしかない。


「あたしも羽純に一票」
菜々美さんがゆるく右手を上げる。
「…昨日、彼が言ってたんだけどね」
そう前振りをして、まだ不安げにしているあたしに微笑みかける。
「花沢さんって、ほとんど笑わない人なんだって? 仕事はすごくできるけど、いつもクールで感情を見せないから、冷血漢だって思われてるみたい。…それがつくしちゃんに見せる表情が、あんまり優しくて幸せそうだから、彼、初めは見間違いだと思ったみたいよ」
―ホントに? 幸せそう?
あたしは、最近ではいつも類の笑顔しか見ていないから、冷血漢っていう言葉にはすごく違和感があった。
類はああ見えて感情豊かな人だ。そして実は笑い上戸でもある。
―あたしは、そういう類の一面をよく知ってる。


あたしはこんな時だというのに、類の柔らかな笑顔を思い出して、ぽわんと現実逃避してしまっていた。気づけば、すぐ横で羽純ちゃんが怖い顔をしている。
「…なんか、すごく、ムカついてきたんですけど…」
「抑えて、羽純っ。…とにかく! できるだけ早く初めての壁を乗り越えなね。そうすれば、つくしちゃんの不安のほとんどは解消されるはずだから。…早く花沢さんを安心させてやりなよ?」
菜々美さんがウインクをして、羽純ちゃんが大きく頷く。
あたしは二人に詰め寄られて、逃げ場を失くした猫みたいになりながらも、ようやく…ようやく、一歩を踏み出す決心をしたんだ。




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