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Marbling Orange ~11~

Category『Marbling Orange』
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~Rui~


約1ヶ月ぶりに戻った執務室のデスクには、機を見計らったように決裁待ちの書類が積まれていて、出社と同時にゲンナリとした気分になる。順次確認を進めるものの、安易に判をつける案件ばかりではない。改めて精査が必要だ。
十数件の処理を終えたところで書類の文字が踊り始め、目頭を押さえる。…眼精疲労、半端ないし。

隣室に控えている田村に、珈琲を依頼。
小休憩の間、朝の出来事をプレイバックする。



―今朝のつくし、可愛かったな。

起き抜けのパニック。安堵してからの涙。
困ったワンコみたいな顔。あどけない素顔。
別れ際のキス。次に会う約束。
花が咲きこぼれるような笑顔。

朝だけでたくさんの表情を見せてくれた俺の彼女。
この1ヶ月、会いたくて会いたくてたまらなかった。
やっと会えたのに、ズッコケた展開になるのは実に彼女らしい。


つい思い出し笑いをしていると、デスクサイドに珈琲を置いて田村が言った。
「昨夜はずいぶん疲れた顔をしていらっしゃいましたが、体調が戻られたようで安心しました」
「心配するなら、スケジュール調整して」
「申し訳ございません。あいにく、これが精一杯でして…」

今日もぎっしりと詰め込まれたスケジュール。
営業部とのランチミーティング、来週のコンペティションの準備、書類決裁の続き、夜には取引先との会食…。ため息が出そうになるのをぐっとこらえる。

「明日の夜は予定をねじ込まないように」
「…鋭意、努力いたします」
確証のないことには安請け合いをしない、田村らしい返答だ。
濃い目の珈琲を喉に流し込み、次の書類を手に取る。




初めての自宅訪問が不本意な形になってしまったことを、つくしはやはり残念がった。彼女専用のカードキーは、使われないまま財布の中に仕舞われている。

じゃ、仕切り直す?と問いかけたのは俺で、そうさせてほしい、と照れながら応じたのは彼女。明日、土曜日の夜は、俺のマンションで一緒に過ごすことになった。手料理をふるまってくれると言う。

今朝は話せなかったことをゆっくり話したいし、つくしの話も聞きたい。
…欲を言うなら、恋人らしいこともしたい。

今朝みたいに腕の中に閉じ込めたい。
柔らかく口づけて、甘い体温を感じたい。





話し合いの末、つくしとの交際に関して、父は俺に二つの条件を出した。

一つ、俺達の関係を見極める期間を2年間とすること。
二つ、その間も俺に相応しいと思える女性がいたら適宜引き合わせるので、これを拒否しないこと。

つまり、現時点でつくしとの交際に反対しない代わりに、パートナー候補の女性の紹介は続行するらしい。馬鹿にするな、と瞬時に吐き捨てそうになり、すんでのところでそれを堪えた。相手はこれでも一応、譲歩の姿勢を見せている。短絡思考で反発するのは得策ではない。


父からしてみれば、俺は視野狭窄なのだそうだ。昔から人付き合いが苦手で、交友関係も女性関係も限局的で、同世代の男性よりずっと人生経験の浅い俺が、結婚を口にするなんて時期尚早だと。実に失敬な見解だと思う。
人嫌いな分、俺は相手の心根をしっかりと観察しているつもりだ。

長年の片恋が報われて一時的に舞い上がっているだけで、冷静になれば結婚観も変わるだろう。由緒ある家柄、教養、美しさを備えた女性と交流を持つことで、狭まっている視野を広げ、人を見る目を養いなさい。

…要するに、父は、俺が非常に小規模な母集団からつくしを選んだに過ぎず、もっと大きな集団からベストの相手を選定すべきだと言いたいらしい。合理主義の彼が考えそうなことだが、無礼にも程がある。


2年間で俺が別の女性を選ばなかった場合、かつ、つくし自身やその家族の素行に問題がないと判断した場合に限り、俺達の結婚を認める。提示された内容を、目の前が緋色に染まるほどの怒りを隠して承諾したのは、父がこれ以上の譲歩をしそうになかったから。

両親は見合い結婚だ。それでも彼らは、親同士が決めた婚姻に、その後の結婚生活に概ね不満がなかったのだろう。
経験則は絶対だ。簡単に翻すことはできない。

父がこの条件提示をする間、母は一切口を開かなかった。
常に半歩下がり、父の考えを尊重してきた母、亜依子あいこ
俺が思うに、母にも母なりの考えがあるのではないかと思う。
でも、それを聞くことは今回も叶わなかった。



そういう取り決めがあったから、というわけじゃない。
でも、つくしとの関係をもっと深めたい。

身も心も繋ぎ合って、俺達は愛し合っているんだと実感したい。
彼女に愛されている、と強く確信したい。
たぶん、俺は、そこに不安を抱いているから。

つくしが、俺を好きでいてくれることは間違いない。
でも、それが親愛や友愛とは違うものなのか判別できない。
唯一無二の、決して揺らぐことのない絆だとは言い切れない。
…今はまだ。

恋人としての俺達は始まったばかりだから。
だから、安心したいがために、焦って、分かり易い証を求めてしまう。


ゆったりとしたペースで絆を深めていこうと思っていたのに。
つくしの迷いや躊躇いや不安を正しく理解し、解消して、一歩ずつ前に進んでいければと思うのに。
だけど、そうした歩みを静観してくれそうにはない父親の画策と、司の代わりじゃなく彼女の中の一番になりたいという焦燥とが、じわじわと俺を追い詰めていくのを感じる。


ちゃんと話そう。
この現状を。

全部、受け止めてほしい。
実は余裕なんてない俺の心の内を。






翌日の仕事は比較的スムーズに進行していた。田村も最大限の配慮をしてくれたし、イレギュラーな出来事もない。…ただ、こちらに問題はなくとも、あちらに問題が起きることは往々にしてあるわけで。


夕方、つくしから届いたメッセージは謝罪から始まっていた。
それは、今夜会えなくなったことを詫びる内容だった。


『お仕事、お疲れ様。
 ごめんなさい。今夜、行けなくなりました。
 ママが急遽入院することになってしまって。
 パパや進のことも心配なので、しばらく実家から通うことにします。

 今は処置中で、これから入院の手続きがあります。
 落ち着いたらまた連絡します。本当にごめんなさい。』


思わず天井を振り仰ぎ、ため息を吐く。

つくしが悪いわけでも、ママさんが悪いわけでもない。
ただ、タイミングが悪いってだけ。学生時代も彼女にはこうしたイレギュラーがつきものだったことを思い出す。

気を取り直して、了解の旨、返信をした。
まだ詳細の確認ができていない。ママさんの病状がどうなのか、つくしが不安がっていないか、ちゃんと確かめないと。






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