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Marbling Orange ~12~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


進から急を知らせる電話がかかってきたのは、土曜日の昼下がり。ママが職場で激しい腹痛を訴えて倒れ、救急車で総合病院に運ばれたという内容だった。
今の実家は埼玉県内にあり、あたしの住むマンションからは移動に2時間ほどかかる。あたしは急いで病院に向かった。

詳しい検査の結果、痛みの原因は尿管に詰まった結石だと判明した。結石の大きさからして自然な排出が望めないため、石を破砕する緊急の手術が必要で、数日から1週間程度の入院になるという。強い痛みのためにママの顔色は蒼白で、話もできなくて、本当に辛そうだった。


手術中、処置室の外で待っている間に、類にメッセージを送る。彼からはすぐに返信があった。急病は仕方ないことだと分かっていても、ひどく落胆してしまう自分がいた。
どうして、あたし達が会う日にはイレギュラーなことばかり起きてしまうんだろう。…でも、今はそんなこと言っていられない。

パパは家事が苦手だし、進は大学のゼミの研修が忙しい時期だ。
ママが退院するまで、あたしが家のことをしっかりやらなくちゃ。もちろん、ママのお世話も。でも、あたしも仕事は休めないから、ここから都内の職場までなんとか通うしかない。

結石の処置は問題なく終了した。術後の経過も良さそうでホッとした。ママとは体の負担にならないように少しだけ話をして、後のことは看護師さんに任せて、あたし達は家に帰った。帰り着く頃にはとっぷりと日は暮れていた。



閑静な住宅街にある軽量鉄骨の二階建て。庭付き。そして駅近の優良物件。
牧野家が所有するこの一軒家は、パパとママが建てたものではない。あたしと道明寺が別れることになった時、彼が両親に受け取らせた慰謝料で建てたものだ。

道明寺は、あたしの家族にも約束が守れないことを深く詫びた。受け取りを固辞する両親に、是が非でもと主張して慰謝料を納めさせた。そのお金で家を建てることを勧めたのも彼だった。住むところさえしっかりしていれば、仕事に困っても路頭に迷うことはない、と言った彼の言葉には説得力があった。

パパも、ママも、進も道明寺のことが好きだった。その好意は若干崇拝に近い形だった気もするけれど、家族の前でのあいつは、誠実でいつも気さくな男だったから、ああいう別れ方をした今でも、家族には好印象しか残っていないようだ。


でも、あの時、ママはあたしに『ごめんね』と謝った。道明寺との別れがつらくて苦しくて、毎日涙が止まらなくて。食べることも眠ることも何もできなくなって、あたしは身も心もボロボロになってしまったから。
そんなあたしがひどく不憫だったのだろう。『あんたにこんな苦しい思いをさせてしまうのなら、英徳に行かせるんじゃなかった』と、ママも一緒になって泣いていた。



でも、そうじゃないんだよ。
あたしは、道明寺に出会えてよかった。
たとえ別れる運命だったとしても。

初めてのキスも、ハグも、…それから先のことも。
あたしのすべては彼のもので、彼のすべてはあたしのものだと思える幸せな瞬間があった。

あいつが好きだった。
本当に、大好きだったの。


幼くても、拙くても、あたし達は精いっぱいの恋をした。
そこに後悔なんてない。思い出すとまだ胸が苦しくなってしまうけれど、あの恋をなかったことにはしたくないし、できない。



だから、あたしは、もう恋なんかできないだろうと思っていた。
あの時以上の情熱をかけられる男性ひとには、きっと出会えない。
頑ななほど、そう思っていた。

閉ざされたままの心の扉を、類が優しくノックしてくれるまでは。
深い悲しみに静かに寄り添い、あたしを見守り続けてくれた、類が―。




家の冷蔵庫に何があるか分からなくて、帰りに寄ったスーパーで適当に買い物をした。帰宅し、真っ暗なままのキッチンに灯りをつけ、居間の暖房を入れる。おしゃべりなママがいない家は、火が消えたようでやっぱり寂しい。

「パパは洗濯物を取り込んできて。終わったらお風呂掃除ね」
「分かった」
「進は土鍋を出してくれる?」
「うん。手伝うから指示して」
「じゃあ、まず野菜洗って」

家事を分担し、寄せ鍋の支度をして食べた。食事を終えたら、ママの入院に必要な物を準備し、進に頼んで病院まで届けてもらった。パパ達が順番に入浴している間に片づけをし、自分の寝支度を整え、ようやく落ち着いたのは午後11時過ぎだった。



まだ居間でテレビを見ている二人におやすみを言い、2階の自室に戻って類に電話をかけた。相手はすぐ応じてくれた。
「今日はごめんなさい。せっかく都合つけてくれたのに…」
「気にしないでいいよ。ママさんの具合はどう?」
「処置がうまくいって、痛みは治まってきたみたい」
良かった、という声がとても柔らかくて、あたしは肩の力を抜く。類の声の響きには不思議な力があって、聞いているだけでリラックスできるんだ。

「明日、お見舞いに行くよ」
「えっ、いいよ。忙しいのに…」
「久しぶりに会いたいし、ちゃんと挨拶しておきたいから」
「あっ…。うん…」

大学生の頃、類はしょっちゅう牧野家に入り浸っていた。前に住んでいた古いアパートをちょくちょく訪ねてきては、あたし達のことを何くれと気にかけてくれていた。類が来たら、みんな喜ぶだろうと思う。


「…そういうの、嫌?」
彼の声のトーンが急に低くなるから驚いて、指示語の意味を図りかねた。
「えっと…そういうのって?」
「パパさん達に、俺達のこと伝えるの」
「そんな! 嫌だなんてことないよ」

ただ、あたしは、家族に類とのことをまだ伝えていなかったから。
離れて暮らしていて話す機会がなかったし、今夜伝えるのには間が悪いと思っただけで、それが嫌だなんて全然…。

「あたしや家族のこと、ちゃんと考えてくれるんだって分かるから、嬉しいよ?」
「…そう?」
「そうだよ。…どうしたの? 元気、ないみたい…」
電話の向こう側で、類の気持ちがどんどん沈んでいっている気がして、あたしは不安になる。それは、これまでにない反応だったから。
「ん…。ちょっと、疲れてるのかも」
「あっ……ごめんね。こんな遅くに電話して…」
切るね、と慌てて言うと、それを押しとどめる声がする。


「つくし」


類に下の名前を呼ばれるのは、まだ慣れなくて、こそばゆい感じがする。でも、その短い響きの中に、彼の気持ちがぎゅっとつまっているのが分かるから、胸の奥が甘く疼いて切なくなる。もっと、もっと呼んでほしいと思う。


「…会いたい」


あたしも、同じ気持ちだった。
今夜、類に会いたかった。
いろんな話をしたかった。
…その大きな手で、あたしに、触れてほしかった。


あたしも、と応えた声にはもう返事がなかった。
通話はまだ繋がっているのに、向こう側は無音だ。
呼びかけても反応がないので、類はそのまま眠りに落ちてしまったらしい。
…疲れてるんだ。本当に。

「おやすみなさい。ゆっくり休んでね」

その声は、眠ってしまった彼に届きはしないと分かっている。
でも、あたしは心をこめてそう言った。
…夢の中でも逢えたらいいのにね。






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