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Marbling Orange ~13~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


入院患者の感染症予防の観点から、ママが入院した総合病院の面会時間は午後に限られている。あたし達は、許可された時間に病室を訪れた。そこは二人部屋だったけれど、もう一方のベッドは空いたままだったので、ママは気兼ねすることなく最初の一夜を過ごせたらしい。

「みんな、来てくれたのね」
「具合どう? まだ痛む?」
「まだ違和感はあるけど、昨日の激痛に比べたら全然! お医者さんってやっぱり凄いわねぇ~。パパーッと治しちゃうんだから」

ママは点滴に繋がれていたけれど上半身を起こしていて、顔色は昨日よりも良かった。午前中の診察では、経過が良ければ3日後には退院できると説明されたそうだ。


看護師さんも交えて話をし、着替えを備え付けの棚に納め、頼まれた品を買いに1階の売店へと向かう。買い物を済ませたタイミングで、類から病院に到着したという連絡が入った。あたしは夜間・休日用の出入口に向かい、彼を出迎えた。

「来てくれてありがとう」
「ママさんは?」
「うん。大丈夫そう」

日曜日にもかかわらず、類はスーツ姿だった。これから本社に出勤して、溜まったデスクワークを片付けるのだという。類にはいつも纏まった休みがない。それなのに、こうしてママのために時間を割いてくれる心遣いが嬉しかった。



類を伴って病室に戻ると、3人とも笑顔で出迎えてくれた。事前に、彼が見舞いに来ることを話しておいたのだ。
「類さん! お久しぶりです」
最初に声を上げたのは進だった。嬉しそうに顔を輝かせ、彼に駆け寄る。
「久しぶり。しばらく見ないうちに、背、伸びた?」
「はい。大学に入ってからもちょっとだけ」

類は進と二言三言交わすと、ベッドの方へと歩み寄った。さっきまですっぴんだったママは、急ごしらえで薄化粧をしている。パパはそわそわと所在なげだ。
「ご無沙汰しております」
「遠くまで、わざわざありがとうございます。まぁ…本当に、ご立派になられて…」
「一緒にカードゲームをしていた頃が懐かしいねぇ」
二人の言葉に、類は穏やかに笑んで応える。

「ママさん、体調はいかがですか?」
「一時はどうなることかと気を揉みましたが、もうすっかり」
「経過がいいようで良かったです。…これ、お見舞いです」
「あっ、こりゃどうも…。重ね重ね、申し訳ないねぇ」

類が差し出した見舞いの品の紙袋を、ママの傍にいたパパが恭しく受け取る。パパは不躾なほど彼を上から下まで眺めて、ほぅ…と感嘆にも似たため息を小さく吐いた。

…分かるよ。
類のビジネススタイル、本当にカッコいいよね。
あたしもこっそり見てしまうし、いつまででも眺めていたいもん。



社会人になっても、類は類だ。その根幹は大学生の頃とさほど変わっていない。物腰は柔らかく、時にユーモラスで、こちらを温かい気持ちにしてくれる。
類との久しぶりの再会に、最初はわずかに緊張していたパパ達だったけれど、会話が弾むにつれて、前みたいに打ち解けてきたのが分かった。

頃合いだと思ったのか、類はあたしに目配せをした。
リミットが来たのだろう。あたしが頷くのを確認し、彼はいとまを告げた。

「まだまだお話ししていたいところですが、仕事がありますので今日はこれで失礼します。どうぞ、お大事になさってください」
「お忙しいのに、お見舞いに来てくださってありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」
「はい」
「類さん、またね」
「あぁ」
パパや進とも挨拶を交わし、病室を出ていく類の背を追いかけた。
「あたし、お見送りしてくるね」



類と共に車が待機する場所まで移動し、短いやり取りを交わして、彼を見送った。折り返して病室へと戻ると、パパと進の姿がなかった。

「あれ? 二人は?」
「ティールームのほうに行ったわ。珈琲飲んでくるって」
「そっか」
「類さん、もう行ったの?」
「うん。仕事、すごく忙しいみたいで」
「そう…。気を遣わせて悪かったわねぇ…」

ママは少し疲れた表情をしていた。
談話の時間を長くとりすぎたのかもしれない。
「疲れた? 横になる?」
「そうしようかしら」
リモコンを操作してベッドの背を水平に戻すと、ママはごろりと横になった。畳んだままの布団を肩までかけてやると、ありがと、と小さく声がする。

点滴バッグの残液が少ない。そろそろ看護師さんが新しいものと交換に来るだろう。そんなことをぼんやりと考えていると、唐突に問いかけられた。


「つくし。あんた、類さんとお付き合いしてるの?」
「えっ…」


類が見舞いに来ることを伝える時、交際についても話しておくべきか迷った。昨夜の電話での一件もあり、そうするのが筋であるように思えたからだ。でも、入院という非常時に話すべき内容ではないようにも思えて、結局は言えずじまいだった。
類にそれを伝えると、彼も同意してくれたため、そのことは先程の話題に上らなかったのに…。

「どうして、そう思うの?」
「ん~。二人の間に流れる空気が違うのよね。上手く言えないけど。…それに、いくら昔親しくしてたからって、命にかかわる病気でもないのに、類さんがわざわざ見舞いに来る道理がないじゃない」
それもそうかと、あたしは自分の浅慮を恥じる。
やっぱりちゃんと話しておくべきだった。
「…えっと。…先月から」
「そう…」
「ごめんね。報告が遅れて…」

事実を知っても、ママはとても冷静だった。そのまま黙り込んでしまう。一昔前なら、その報告を聞き、諸手を挙げて喜んだだろう。でも、喜んでいるでも怒っているでもない、その微妙な表情にあたしは不安を抱いた。


「…ママ?」
沈黙に耐えかねて呼びかけると、ママはじっとあたしを見上げた。
それは初めて見る目だった。
「私はね、どうかと思うのよ。…ああいう人達とのお付き合いは」
予期しなかった厳しい口調に、心が不穏に揺れる。

「類さんがダメってわけじゃないの。昔から変わらず穏やかで、偉ぶってなくて、本当に素敵な人だと思う。……でも、二人がどんなに想い合っていても、ひとたびお家騒動が起きれば全部なかったことになるのよ。本人達の事情なんか、お構いなしに。……あんた、また、同じ苦しみを味わいたいの?」
「…………」
「だからって道明寺さんのこと、恨んだりしてないわ。最後の最後まで、本当によくしていただいて…。あちらさんのご結婚のことは、会社のためにはあぁするしかなかったんだって溜飲を下げたわよ。……でも、何でもかんでも“仕方ない”の一言で済まされるほど、あんたの心は強くないでしょ?」

ママの言葉の一つ一つが胸に刺さる。
あたしは何も返せない。
反論するための確たるものが手中にない。


「二人の交際のこと、向こうのご両親は知ってるの?」
「…たぶん」
「類さんにちゃんと確かめなさい。…普通に考えれば、庶民なんて歓迎されないんだから」
「…そう、だね」

あたしの気分はどんどん沈んでいく。
果てしなく、深く。

「…後悔したのよ。私は。…玉の輿だなんてバカげたこと考えて。…それが実際にどんなことかを知りもしないで」
ママの声には悔しさが滲む。
「3年前、道明寺さんと別れさせられて、あんたがどれだけ長い間苦しんだか……。お金持ちはね、優先順位が違うの。家が大事で、会社が大事。つくしのことを一番にはしてくれない。そういう世界にいる人達なのよ。……我が子には、あんな思い二度とさせたくないって、母親なら思うわ」


あの時のママの涙を思い出す。
あれは、きっと、悔し涙でもあったのだ。
『つくしは悪くないのよ』
『あんたは、私達の自慢の娘なんだからね』
ママは頻りにそう繰り返して、涙をこぼすあたしの背を撫で続けた―。



「まだ日が浅いなら、類さんとの交際については考え直しなさい。…好きだけじゃどうにもならないのよ」
「…うん。…考えてみるね」

それ以外に、どんな言葉を返せばよかっただろう。
ママの気持ちも、あたしには分かるから…。


その時、病室のドアがノックされた。
パパ達がティールームから戻ってきたのだ。
ママとの話はそこで打ち切られ、あたしは急いで笑顔を取り繕った。






いつも拍手をありがとうございます。
母・千恵子からの思わぬ反対に、つくしはどう応えるのか。
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