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Marbling Orange ~14~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


ママの病状経過は順調だった。破砕された結石が体外に流れ出たことが確認でき、血尿も治まったので、本人の希望もあり3日後の水曜日に退院した。
パパや進の協力もあって、あたしが実家にいたのは火曜日の朝までだった。埼玉の実家から都内に通うこともできなくはなかったけれど、時間的な負担は大きかったので、パパ達にママのことを託せるのはありがたかった。

ママとは、あれ以降、類の話はしていない。だからって、別にぎくしゃくもしていない。至って普通。
パパと進にそれとなく事情を打ち明けたところ、類が帰った後、あたしと二人きりにしてほしいとママに頼まれていたそうだ。唯一、ママだけが、強固な意志を持ってあたしと類の交際に反対していた。


『ママはねぇ、つくしが大事なんだよ』
パパは静かに切り出した。
『3年前、道明寺さんとのことで、つくしがひどく傷ついたのを目の当たりにして、ママはずっと自分を責めていたよ。英徳に行かせるんじゃなかった。結局は普通が一番なのよって…。ママは、一旦こうだって思い込んだら強いからねぇ』

“普通”の恋愛にだって、不測の事態は存在すると思う。色々な事情が別れの原因になり得るし、絶対に幸せになれる保証だってない。
でも、そう反論したところで、今のママにはきっと届かない。その考えを改められるだけの絶対的な何かが必要になるのだろう。




師走の忙しさも相まって、あたしはすぐ日常業務に立ち戻った。
加えて、この時期は忘年会シーズン。会社で下っ端のあたしは、どうしても幹事を任されることになる。忘年会の出欠をとって、会場を予約して、参加費を徴収して…の繰り返し。

会食の相手は、会社で一緒に働いている人達だったり、付き合いのあるデザイン事務所の先生達や工事の関係者だったり。でも、類に禁酒を言い渡されているあたしは、ノンアルコールで酒宴の場を切り抜けた。どうしても困った時には、酒豪の凛子さんが、あたしの代わりに盃を受けてくれた。


類の方も多忙を極めている様子だった。お歳暮・クリスマス・正月シーズンは、全国で商戦が激化する。年間の売り上げにも影響する大事な時期だ。帰宅すらできずに、執務室横の仮眠室に寝泊まりする日もあるらしい。短期の出張も続いている。

連絡だけはマメに取り合っていたけれど、ふと気がつけば、類と最後に会ってから2週間が過ぎていた。今年も残すところ20日を切っている。

…こんなに会えないものなんだな、と思う。
同じ都内で暮らしていても、同じ区内で働いていても、会えないものは会えない。近距離恋愛のはずなのに遠距離恋愛と変わらない。眠りに落ちる前、ため息をつくのが習慣化している。


ママに言われたからじゃないけれど、類のご両親の意向について彼に訊ねてみた。2年間の見極め期間があることにプレッシャーを感じずにはいられない。それでも、端から反対されるよりはいいと思えた。
迷った末に、あたしもママの言葉を彼に伝えた。類は、「そう思われても仕方ない」と一定の理解を示しつつも、「そうではないことを証明してみせる」と、あたしの家族への丁寧なフォローアップを約束してくれた。




そんなある日、類から、久しぶりにあの店でランチをしようと誘われた。その店は、あたし達が秋に交際を始めるまで、隔週のランチで利用していたカフェだった。きっと、夜よりも昼の方が都合をつけやすかったのだろう。

先に着いたのはあたしだった。応対してくれたウェイターさんは、あたしの顔を見ると奥の予約席へと誘導してくれた。「お久しぶりですね」なんて言われて微笑まれるから、少し恥ずかしかった。


だけど、類は、約束の時刻を過ぎても姿を見せなかった。
何度も腕時計に目を落とし、入口の方へも視線を振る。入店してくるのは他のお客さんばかりで、時間だけが虚しく過ぎていく。でも、類だって遅れる事情があるのだろうし、仕事中だったらと思うとこちらから連絡するのは憚られた。


…どうしよう。
もう会社に戻らないと、午後の仕事に間に合わない。
いよいよタイムリミットが迫る。


お店の人には申し訳ないけれど、食事はせずにここを出ようと決めた時、先程のウェイターさんが慌てた様子でテーブル席に近づいてきた。何やら紙袋を抱えている。
「花沢様よりご連絡がありました! 迎えのお車がもうすぐ到着されるそうです!」
「えっ」
「お支払いは済んでおります。こちらのランチボックスをお持ち帰りください」
それは、お店が一般向けにも行っているテイクアウトサービスで、手渡された袋の底面からは、パッケージされた料理の温もりが伝わってきた。


ウェイターさんに促されるまま店を出ると、まさにそのタイミングで類の車が横付けされた。開かれた後部席のドアに飛び込む。そこには類がいて、顔を合わせるなり謝られた。
「ごめん。間に合わなかった」
「いいよ。会えて嬉し…ぃ…」
あたしが言い終わらないうちに腕を引かれ、ぎゅっと抱きしめられる。スモークガラスが外界の視線を遮っているとはいえ、昼間のハグはかなり照れてしまう。



…あ。
類の匂いだ。



鼻腔を満たす彼のフレグランスが、なんだか懐かしく感じた。
そのくらい長い間、あたし達は離れていたんだと実感する。


「今週末、予定ないって言ってたよね?」
「うん…」
「俺、金沢で仕事があるんだ。新規事業の関係で」
「石川県の?」
「そう。兼六園のある金沢市」

類は腕の力を緩めて距離を取り、あたしの顔を真っすぐに見据える。
彼はひどく疲れた顔をしていた。ちゃんと食事をしているのか、休めているのか、とても心配になる。

「日本酒の品評会が土日で開催されるから金沢で一泊する。つくしも来てくれない?」
「あたしも?」
「仕事を手伝ってほしいわけじゃない。向こうで空き時間が作れそうだから、一緒に過ごせたらいいと思って。…どう?」


彼は彼なりに、この会えない状況を打破しようとしてくれている。そう思うと嬉しかった。ママからの忠告を忘れたわけじゃない。…それでも、あたしの心は決まっていた。「行きたい」と応じれば、類は目元を優しく和ませる。


「土曜日の朝、車を迎えに行かせる」
「いいよ。自分で駅まで行ける。待ち合わせは東京駅でいい?」
「じゃ、北口に集合で。当日の予定はあとで送る」
タイムスケジュール表は、いつも秘書の田村さんが準備しているらしい。
「移動中は田村も同行するけど、気にしないで。チケットもこっちで管理するから。泊まる準備だけしてきて」
「分かった」
類はどんどん早口になる。
あたしのオフィスが入っているビルまで、もう少しで着いてしまうから。


彼はもう一度あたしを抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。
「土曜日、楽しみにしてる」
「うん」
あたしも広い背を抱き、頷いて同意を示す。

…仕事に戻りたくないな。
あたし達はいつも限られた時間の中で、忙しなく気持ちを確かめ合う。

「分かってるとは思うけど、同じ部屋だからね」
「…うん」


ちゃんと分かってるよ。
これは、類からの二度目のお誘いなんだってこと。






いつも拍手をありがとうございます。
次なる舞台は金沢です(#^^#)
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