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Marbling Orange ~15~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


優紀から連絡があったのは、類と会った日の夜のこと。
あたしは自宅マンションで遅い夕食を摂っていた。
今夜のメニューは、忘年会続きで弱った胃に優しい豆乳鍋。

優紀は横浜にある文房具メーカーに就職し、事務として働いている。
社会人になってからは互いに多忙で、学生時分のようには会えなくなった。


「つくし、仕事はどう?」
「忙しくしてるよー。本業より連日の忘年会でクタクタだけど」
分かる!と優紀は笑う。
「もう何回、年を忘れたらいいのって感じよね」
「だね。出費もかさむし」
「しがない事務職の懐事情を分かってほしいよ」
優紀との会話はいつも軽快で楽しい。久しく会っていないのに、まるで昨日も会っていたかのような、しっくりくる感じがいい。


「実は、つくしに報告がありまして」
コホンと咳払いをして、優紀が切り出す。
「…このたび、彼氏ができました!」
「えーっ! よかったね。相手はどんな人?」
「それがねぇ、会社の同期というお手頃物件でして…」
優紀は笑いながらつらつらと相手のことを話してくれる。

新人研修の時から気の合う仲間だったこと。この半年間、同じ部署で仕事をするうちに、いいパートナーだと思えるようになってきたこと。

「どっちから?」
「向こうから。言ってもらえて嬉しかったなぁ。あたしから行くべきか迷ってたから」
おっとりして見えるけど、優紀は自分の意志がしっかりしていて、恋愛にも積極的だ。一人ウダウダして、機敏に動けないあたしとは違って。
「それでね! 来週のクリスマスに向けて、いろいろと準備したいわけよ」
「プレゼントとか?」
「そうそう。なんせ急だったから何も考えてなくて…。今週末、空いてない? 買い物に付き合ってほしいの」
「あっ……えっと…」


この週末は金沢への旅行が控えている。類は現地で仕事だけれど。あたしは優紀に事の次第を伝え、買い物には付き合えないことを説明した。
「そうなんだ。花沢さんと上手くいってるようで良かった!」
優紀の声は華やいでいるけれど、あたしのテンションはぐーんと下がっていく。
「実際は、そうでもなくてさ…」

付き合い始めから今日まで、類が忙しすぎてなかなか会えないこと。せっかく会える日でも、イレギュラーなことが起きてゆっくりできなかったこと。掻い摘んで説明すると、相手からは苦笑が洩れる。


「そっかぁ…。ママさんの入院、大変だったね」
「うん。もう元気になったけど、連絡受けた時はびっくりして…。親ももう若くはないんだなって実感したよ」
「だねー。金沢ではゆっくりできるといいね。一度行ったことあるけど、風情があっていい街だよ」
「そうなんだ。楽しみだなぁ」
「じゃあさ、明日か明後日、買い物に行こうよ。つくしだって旅行の準備が必要でしょ? ね?」

優紀に指摘されて、初めてそのことに思い至る。類へのクリスマスプレゼントも、旅行に必要なものも、雑務に忙殺されて全然考えていなかった。それに、優紀と会ってもっと話したいし、いろいろ相談もしたい。

「明後日なら行けるかも。何時に待ち合わせる?」
「6時半に渋谷でどう?」
「もしかしたら少し遅れるかもしれないけど、いい?」
「もちろん! …でも、都合悪くなったら遠慮なく言ってね。その時は一人で行くから」
「分かった」
待ち合わせの場所を確認し合い、あたし達は通話を終えた。




翌々日の夕方、渋谷駅前で合流したあたし達は、クリスマスカラーで一色の街中を歩き、それぞれの目的の店へ入った。優紀は、アウトドアスポーツが好きだという彼に、防寒アイテムをプレゼントすることにしたようだ。
あたしは旅行用に靴を新調することにし、歩きやすそうなショートブーツを購入した。冬の日本海エリアは寒さが厳しいので、レッグウォーマーも一緒に買い求める。
長考の末、類へのクリスマスプレゼントは靴下に決めた。類は何でも持っているけど、実用的な消耗品ならそこそこ重宝される…はず。


優紀には、すべてを打ち明けた。
上手くいっているようで、なんとなく上手くいかない、あたしと類のやり取り。彼女は何度も相槌を打ち、あたしの悩みを真摯に受け止め、こうコメントしてくれた。
「あたしね、つくづく良かったと思う。つくしが、花沢さんと向き合うって決めたこと」
「うん…」
「付き合うって決めた後も、まだ迷ってたじゃない? 自分でいいのか、とかさ」
「うん…」
「花沢さんの方は、もう、ず――っと前からつくしが好きだったんだよね。端から見てて、応援したくなるほど。でも、つくしの気持ちが追いついてないのを分かってて、今でもつくしのペースを尊重してくれてる。…それって並大抵のことじゃない。それだけ大事に想ってるんだと思うの」

…あ。
なんか、目頭が熱い。
やっぱり、あたし、類の気持ちに応えられてないよね。
こんなんじゃ、いけないよね…。

「でも、二人はそれでいいんだよ。無理に型にはめる必要はないの。ゆっくり温めて育てていく愛でいいんだよ。…旅行は素敵なきっかけになるよ。たくさん話して、たくさん笑い合って、また一歩近づいたらいい」
「…うん…」
「こら、泣くな。…花沢さんのご両親も、つくしのママさんも、そういう二人を知ればいつか分かってくれる時が来ると思うよ。…ね? 元気出しなって」



最後に優紀が誘ったのはランジェリーショップ。可愛らしくセクシーなデザインの数々に圧倒され、入店するのにも気が引けてしまう。
「つくしも選ぼうよ」
「あ、あ、あたしは、いい…」
「ここのメーカーお勧めだよ。可愛くて着け心地よくて。お気に入りの一品と出会えるかもよ?」
優紀は慣れた様子でショップ店員と会話し、商品を選び始める。あたしは戸惑いつつ店内を見回し、自分好みのデザインを探してみた。

ビビットカラーじゃなくて、装飾が多くなくて、セクシーすぎないもので…。
自分なりの条件を挙げながら目を移していくと、思い描いたイメージにぴったりの上下を発見してしまった。あたしのささやかな胸を可愛く彩ってくれそうな、素敵なデザイン。もはや一目惚れだった。

思わず商品を手に取って詳細を確かめたところで、声をかけられた。
「ご試着なさいませんか? きっとお似合いになると思いますよ」
店員さんの勧めに従ってサイズを確認してもらい、実際に試着してみるとすごく気に入ってしまった。あたしは、色違いの2セットを購入することにした。決して安価ではなかったけれど、即決したのは後悔しないだけの価値があると思ったから。



楽しい時間はあっという間に過ぎた。帰りの電車は路線が別だ。渋谷駅に戻り、そこで優紀と別れることにした。
「あー。楽しかったねぇ」
「誘ってくれてありがと。いい気分転換になったよ」
「あたしこそ。やっぱりつくしといるとホッとするなぁ」
優紀はそう言って紙袋の中を探り、ラッピングされた袋を差し出した。

「これ、あたしからつくしに。クリスマスプレゼント!」
「えっ。そんなのいいのに…」
「買い物に付き合ってくれたお礼と、今後の激励を込めて」
優紀がいつ購入したのかは分からないけれど、袋にはコスメグッズの店のロゴが印字されている。あたしはプレゼントを受け取り、お礼を言った。
「素敵な旅行になるといいね」
「優紀も、素敵なクリスマスになりますように」
あたし達は互いを励まし合い、グータッチをして別れた。


優紀からのクリスマスプレゼントは、フェイスパックとボディクリームだった。乾燥の気になる時期、ちゃんと肌のお手入れもしておくように、ということらしい。そういえば桜子にも同じことを言われたな…と苦笑する。友人の気遣いをありがたく受け取り、さっそくそれらを試してみることにした。

今日は木曜日。
明日を乗り切れば、いよいよ旅行当日だ。


類と迎える初めての夜。
大丈夫。
ちゃんと心の準備だってできている。




…だけど、そうは問屋が卸さないのが、あたしと類の恋路みたいで。




翌日の就業間際、あるお客様が会社の窓口を訪れた。その方はアポイントメントなしで初めて来店されたのだけど、接客担当としてあたしを指名したいと仰ったという。

藤賀ふじが亜依子さんというその女性のことを、あたしは知らなかった。隣のデスクの凛子さんに聞いても反応は同じで、過去の顧客リストにも名前は載っていない。他のお客様の紹介で担当に指名されることもあるので、今回もそういうケースなのだろうと思っていた。

でも、それは違っていた。相談室で藤賀さんと初めて対面した時、あたしは名乗られるよりも前に相手の正体を悟った。
なぜなら、その美しい女性の顔は、彼の面差しによく似ていたからー。


あたしの心臓は瞬間的に大きく跳ねた。
この女性は、きっと、類の―。


「ご指名いただき、誠にありがとうございます。相談係の牧野と申します」
儀礼的に挨拶を述べる。…相手はそんなこと百も承知だろう。
藤賀さんは、あたしが差し出した名刺を両手で受け取ると、机の上にそっと置いた。左薬指に光る結婚指輪が目に留まる。

「初めまして、牧野さん」
しっとりとした声が、あたしの鼓膜を震わせる。
「花沢亜依子と申します。類の母親です。先程はこちらの都合で旧姓を名乗らせていただきました」
柔らかな微笑が類のそれと重なる。それほど二人はよく似ていた。


やっぱり! この方が、類のお母さんなんだ。
旧姓を名乗ったのは、このオフィスで『花沢』の名を出すのが憚られたからだろう。


静かな宣告に、汗が噴き出す。
目の前の麗人から放たれているのは、鉄の女と呼ばれた辣腕社長に勝るとも劣らない特異的なオーラ。あたしという存在を、決して快くは思っていないと分かる瞳の色。
相手の纏う雰囲気にすっかり気圧され、あたしは言葉を失う。


「突然、会社に押しかける形になって申し訳なかったと思います。どうしても、今夜、あなたと話がしたくて。…お仕事の後、少し時間をいただけるかしら」






いつも拍手をありがとうございます。
折り返し地点の第15話。ここで今作のキーパーソンの登場です。
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2 Comments

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2021/01/29 (Fri) 20:03 | REPLY |   
nainai

nainai  

あ***様

こんばんは。コメントありがとうございます(#^^#)
次の更新から後半戦です~。

想いは通じ合っているのに、なかなか仲を深められない類とつくし。優紀に「そのままでいい」と肯定されたことで気持ちを持ち直したつくしでしたが、類の母親が姿を見せます。もう、何を言われるやら…。ジレジレ、フルスロットルです(;^ω^)

私も研修旅行で金沢に訪れたことがあります。風情のある街ですよね。“次なる舞台は金沢”という宣言通りの展開には進んでいきますので、どうぞご安心ください。今夜の更新をお楽しみに。

最終話に向けては、右肩上がりの展開になればなぁと思います。押し上げていくので、最後までよろしくお付き合いくださいませ(*^^)v

2021/01/30 (Sat) 21:25 | REPLY |   

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