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Marbling Orange ~16~

Category『Marbling Orange』
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~Rui~


出発の朝、東京の空は珍しく快晴で、気温も例年より高めだった。一方で、金沢の天気は曇り。夜までにはぐっと冷え込み、雪になる予報だ。つくしには、今冬一番の暖かい格好をしてくるようにと伝えてある。

乗り換えなしで目的地に直行できるため、今回の移動には北陸新幹線を利用する。列島縦断の所要時間は2時間半だ。つくしとは東京駅の北口で待ち合わせをしている。


人波の中から彼女が姿を見せたのは、俺と田村が到着して数分後のことだった。厚手のダウンコートに身を包み、トートバッグを脇に抱えている。俺と目が合うと、笑顔で駆け寄ってきた。
つくしと田村は初対面になる。二人が丁寧に挨拶を交わすのを待ち、改札を抜けてプラットホームへと移動する。東京が始発となるその便は、定刻通りに出発した。


先頭車両の一両は特別仕様の内装になっている。座席は本革でゆったりと幅広く、リクライニング機能付き。つくしには景色を楽しめるように窓側の席を勧め、二列に並んで座った。移動中は互いの動向を意識しないで済むように、田村とは席を離してある。
「類、このシートすごいよ…。ふかふか…」
つくしは高機能の座席に感動しきりだった。リラックスできるように背もたれを倒してやると、何やらあたふたしていて可愛い。
「気持ちよくお昼寝できそう」
「だね」
俺達は小さく笑い合う。


終始にこやかな彼女だったが、ふと、その両目が赤いのに気付く。頬に触れ、彼女の動きを止めて確かめると、大きな瞳が俺を見つめ返してパチパチッと瞬きした。…メイクで上手く隠してはいるけど、目の端が少し腫れていて、白目が充血している。

「目、赤いね。昨日ちゃんと眠れた?」
そう問いかけると、つくしはごくわずかに身動ぎをした。

違和感があった。
微かに。

だが、俺の疑念を打ち消すように、彼女はバツが悪そうに照れ笑う。
「それがねぇ…。旅行を楽しみにしすぎたせいか、よく眠れなくって寝不足で……」
「子供と一緒だね」
「そうなんだよねー。あたし、遠足の前とかもそうで。今日、遅刻せずに済んでホッとしてるの」
表向きは不自然な理由ではなかった。だから、俺は彼女の言うことを鵜呑みにし、それ以上の追及はしなかった。



車内サービスで、アテンダントに温かい珈琲をサーブしてもらう。それで体を温めながら、会えなかった間の出来事を報告し合った。つくしは、牧野家のその後の様子と、連日の忘年会の話と、親友の恋の話を。俺は、先週の大阪出張の話と、今回の金沢出張の詳細を。日々の電話やメッセージでは足りないほど、俺達には伝えたいことがたくさんある。

珈琲1杯分のカフェインの量では効果がないのか、彼女はまだ眠そうな様子だ。会話の間でかみ殺した欠伸がひとつ。…ふたつ。

パソコン作業を口実に話を中断してみる。ものの10分で、つくしは車窓の景色を眺めながら、こくり、こくりと船をこぎ始めた。寝たら?と声をかけると、彼女は淡く笑んでシートに背を預け、すぐ寝入ってしまった。
体が冷えぬよう、置いてあった彼女のダウンコートをかけてやる。俺はパソコン画面に目を戻し、仕事の続きをすることにした。


金沢駅に到着する10分前につくしを起こした。寝起きの良い彼女はパチッと目を覚まし、シートは素晴らしい寝心地だったと笑顔を見せた。元気を取り戻した様子に安堵し、車両の到着を待つ。

俺と田村が参加する日本酒の品評会は、市内のホテルで午後1時半から始まる予定だ。田村とは会場で合流することにし、駅舎の出口でそのまま別れた。不要な荷物は彼が一手に引き受け、今夜の宿泊先に届ける手筈となっている。



最初に向かったのは、日本三名園の一つとして知られる兼六園。
江戸時代より歴代の加賀藩主に整えられてきた美しい庭園は、国の特別名勝にも指定されている。訪問したい場所として、彼女が最初に挙げたのがここだった。

すっきりとしない天候ながらも観光客は多く、庭園の入口は混雑している。チケットを購入し、はぐれないように手を繋いで散策を始めた。
「あの日を思い出すね」
俺が言えば、彼女は小首を傾げて俺を見上げる。
「鎌倉の八幡様」
「あぁ。あの時も人が多かったよねぇ」


10月初旬、つくしと訪れたのは鶴岡八幡宮。
その時はまだ“友人”だった彼女。
混雑の中、許しを請わぬままその手を取った俺に、相手は明確な戸惑いを見せた。

―あれから2ヶ月半。
指先を絡めて手を繋ぐことも、身を寄せ合って歩くことも、自然な流れでできるようになった。彼女の歩幅に合わせて、歩くペースを落とすことにも慣れた。
少しずつ、俺達の“日常風景”が出来上がっていくのが嬉しい。


「あっという間に冬が来たねー」
つくしはふんわりと笑う。吐き出された息が、白く変わって流れていく。
「今日が雨じゃなくてよかった」
「うん。でも、雪が降りそうだ」
風は凪いでいるが、曇天は低く垂れこめて広がり、今にも降り出してきそうだ。雪化粧をした庭園も綺麗だろうね、と彼女は言った。


兼六園の冬の風物詩は、雪の重みで樹木が折れないようにする雪吊ゆきづり。この時期、背の高い樹木の上からは地表に向けて放射状に雪除けの縄が張られている。石灯籠も、松や梅も、築山も、すべての造形が完璧な調和を保ち、美しい景観を演出していた。



兼六園の散策が済む頃には昼近くになっていた。タクシーで、ひがし茶屋街近くにある食事処に向かう。そこでは、金沢名物、料理のランチを予約している。生麩田楽なまふでんがく治部煮じぶに車麩くるまふの揚げ物など、麩をふんだんに使った郷土料理は、物珍しさもあって彼女の食欲を大いに刺激したようだ。何度も「おいしい!」と顔を綻ばせ、つくしはコース料理をペロリと平らげた。


午後からは別行動になる。食事を終えると、金沢城に向かうと言う彼女とは店の前で別れ、俺は日本酒の品評会が行われる会場に直行した。今回の催しは地域振興の目的もあり、地元の多くの蔵元に出品してもらっている。

日本酒の消費量は年々減り続けており、利益を得にくくなった多くの蔵元が休業や廃業に追い込まれている現状がある。花沢との取引が成立すれば新たな販路を獲得し、資金援助を受けることができるようになる。また酒蔵の総大将である杜氏とうじの、長年の経験と熟練の技術をデータ化して、伝統の味を継承していく手法にも取り組んでみたい。

杜氏の仕事は非常に繊細だ。それ故に後継者不足の問題は深刻で、廃業と共に失われる味があるのは惜しいことだと思う。ただ杜氏は昔気質な人間が多く、AI(人工知能)化についてどれほど理解が得られるかは不透明だ。

花沢物産は輸入業だけではなく、国産品の輸出や伝統文化の保全にも注力している。そうした活動が後世に活きてくれればいいと思いながら、俺は今回の任に当たっている。






いつも拍手をありがとうございます。
前々から金沢を舞台に話を書きたいと思っていました。
いつか再訪できれば、と思います。
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