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Marbling Orange ~17~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


お食事処の店先に迎えのタクシーが到着すると、仕事に向かう類を見送った。夕方、品評会が終わったら連絡するという彼に笑顔で応じる。それまでの数時間は別行動で、引き続き市内を散策するつもりだと伝えている。タクシーが角を曲がって見えなくなると、あたしは大きく息を吐いた。

料理はどれも美味しかった。初めての触感や優しい味つけには素直な感動を覚えた。…でも、本当のことを言うなら、朝から食欲を感じていなかった。類に心配をかけたくなくて、懸命に箸を進めたけれど。

ハイペースで詰め込んだせいか、胃が限界を訴えてシクシクと痛む。腹ごなしに、次の目的地までは徒歩で移動することにした。購入したばかりのショートブーツは足によく馴染み、どこまででも歩いて行けそうだった。

先ほどタクシーで走った道を戻るルートで、金沢城方面へと向かった。午後になっても気温は上がらない。兼六園を散策した時よりも、吹き付ける風が冷たくなってきている。雪になるのは夜の予報だけれど、もしかしたら降雪は早まるかもしれない。


誰に気兼ねすることなく、黙々と道なりに歩いていると、昨夜の出来事がじわりと思考を侵食し始めた。
藤賀さん、改め、花沢亜依子さんとの対面。
フランスからの帰国は極秘に行われ、息子である類にも知らされていない。彼女は何の前触れなしにあたしのオフィスに現れ、終業後の約束を取り付けると疾風のように去った。しっとりとした声で紡がれた言葉は、あたしの脳裏に深く刻まれている。



*********



「突然、会社に押しかける形になって申し訳なかったと思います。どうしても、今夜、あなたと話がしたくて。…お仕事の後、少し時間をいただけるかしら」

柔らかな口調なのにどこか有無を言わせぬ強引さで、彼女はあたしに返答を促した。“どうしても、今夜”なのは、明日、あたしが類の金沢出張に同行することを知っての発言だろう。応じるより他に手立てはなかった。

定時にオフィスを出たあたしを待っていたのは、ロールスロイス・ホワイト。高校時代に類に乗せてもらっていた車の型式とは異なり、この車体はややコンパクトだ。運転手さんに招かれるまま乗り込むと、類のお母さんは手元のファイルから目線を上げ、笑顔であたしを出迎えた。

彼女がその微笑の下で何を思っているのかはまったく読み取れない。だからこそ、怖い。L字型のシートに斜めに対面する形で座ると、そのまま会話はスタートした。


「今夜のことは、あなたの胸だけに留めておいてくださるかしら。私の考えや行動については主人も知りませんし、類に話すつもりもないのです」
「…はい」
「ご不快に思われるかもしれませんが、牧野さんのことは独自に調べさせていただきました。できるだけ仔細まで突き詰めたつもりですが、もし誤っていることがあれば、その都度ご指摘くださいね」
「…はい」
彼女はそう前置きし、ファイルに挟んだ資料を繰りながら、あたしの過去を詳らかにしていった。調査結果は恐ろしく正確で、訂正箇所などほとんどないようなものだった。



「英徳学園高校には準特待生として入学されたのですね。ただ、ご家庭の経済状況は厳しく、免除にならなかった分の学費が家計を圧迫していたとか。土日も休みなくアルバイトをしながら、特待条件を守るために上位の成績を保つのは大変なことだったと思います」

「高校2年生の時、道明寺司さんと校内で対立したため、周囲からも攻撃されるという憂き目に遭われたそうですね。類がそれを庇ったことであなたと親しくなったという経緯に、私は大変な驚きを覚えたものです。
ご自身の信念を曲げず、後に道明寺さんとも和解に至ったことから、あなたには“英徳のジャンヌ・ダルク”という異名が付けられているそうですよ。ご存知でしたか?」

「その数ヶ月後には道明寺司さんの恋人となり、母親の楓さんからも承認も得て、あなたは非公式ながら婚約者の立場にまで昇りつめましたね。所詮は学生同士の恋だと、周囲はあなた達の行く末を冷静に見ていましたが、3年前の騒動が起きなければ、お二人は成婚に至っていたのだろうと私は思います。
…楓さんとは以前から個人的に親交がありますので、ここでは彼女の見解も参考にしています」


その言葉に合点がいく。
かつて、あたしとは敵対関係にあった道明寺楓・元社長。時間の経過とともに、あたし達の関係性はいい方向へと変わっていった。

それでも、重篤な神経疾患の発覚と突然の引退劇が、すべてをゼロにしてしまった。3年前、病床に伏した彼女からは謝罪を受けている。
あたしと道明寺が望む未来を、その幸せを、ただ願うだけの母親ではいられないことを許してほしい、と―。



「ここからは、あなたのご家族のお話です。…お父様は消費者金融から借金をなさっていた時期がありましたね。競馬で失ったのは300万円。失職中、仕事を求めて海辺の町に引っ越された折には、借家の持ち主にも生活費として数十万円の借金をなさっている」

「この時の借金を肩代わりされたのは道明寺司さん。その後も安定した収入が得られるようになるまで、生活費の援助を受けていましたね。一部は返金されたようですが、その多くは未返済のままのようだと報告にあります。これに間違いはないでしょうか?」
「…はい」

こと、お金に関して、両親は世間に顔向けできないような失策を何度も犯している。家計はいつでも火の車だった。それを知られていると思うとひどく耐えがたく、あたしは静かに恥じ入った。類のお母さんは、うつむいたあたしに構うことなく事実確認を続けていく。

「英徳高校の3年次の学費1年分、大学の学費4年分も、寄付金込みで道明寺さんが支払われたそうですね。また、婚約解消の際には慰謝料も受け取られています。道明寺さんが牧野さんやご家族のために支払った金額の合計は、軽く1億円を超えるという試算がこの報告書にはあります。
道明寺家にとってはそれすら些末な金額にすぎないのでしょうが、第三者の視点で見れば、これはあまりに法外な金額だと思われます」
「…その部分については、弁解をさせていただけますか」
「えぇ、どうぞ」
相手からはにこやかな返答がある。
あたしは恥を忍んで、経緯を説明した。


「大学については英徳に進学せず、国立を受験するつもりでいました。それ以前に、高校の段階で自主退学すべきでした。両親には支払い能力がなくなっていたからです。ですが、それを実行する前に、私の学費は前払いの形で納入されていました。
一度納入されたお金は返金できないとのことで、結果的に道明寺さんのご厚意に感謝して、高校と大学を英徳で卒業することになりました。…彼のおかげで、素晴らしい学びの機会を得たと思います。それでも、私も、家族も、最初からその心づもりでいたわけではないんです」

「慰謝料の受け取りについても、両親は何度も固辞しました。もう十分すぎるほどの温情をいただいているのに、その上、金銭を受け取るような恥知らずなことはできないと言って。私も、弟も、同じ気持ちでした。……婚約解消は確かに寝耳に水の出来事でした。でも、病気は誰にでも起こり得ることです。家族の病気のことで、道明寺さんが責任を感じる必要はありません。
ですが、謝罪だけでは彼の気が収まらなくて、最終的には慰謝料を受け取ることになりました。相手からの勧めもあり、そのお金で現在の住居を購入したことも事実です」
「なるほど。金銭の授受についての経緯はよく分かりました」

相手はそう言って一旦ファイルを閉じ、あたしに温かい飲み物を勧めた。強い緊張のためか、口の中はカラカラだった。準備してもらったカップを受け取る時、あたしの手は細かく震えていた。



*********



類を見送った場所から、歩き続けること1時間。ふと回想から立ち戻れば、あたしは金沢城公園の入口に到着していた。ここでも多くの観光客が笑いさざめき、冷たい北風に首を縮めながら続々と園内に入場していく。
寒風の中にあっても、体はほどよく温まっていた。ここまでずっと歩いてきたので、血の巡りが良くなっているのだろう。


だけど、今、この手を包んでくれるあの温もりがほしい。


類が、恋しい。
すごく。
叫び出したいほど。


チケットを買うため列に並ぼうとし、やっぱり観光の気分にはなれなくて、そっと踵を返す。あたしは、再び歩き始めた。






いつも拍手をありがとうございます。
次回も、つくし視点で亜依子との対面を振り返ります。
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2 Comments

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2021/02/03 (Wed) 17:01 | REPLY |   
nainai

nainai  

と*****様

こんばんは。コメントありがとうございます(#^^#)
楽しみと仰っていただけて嬉しいです。

いやはや、物語は苦しい展開へと突き進んでおります。相手の母親との対峙は、つくしにとってはトラウマでしょう。花沢亜依子は、道明寺楓とは違うタイプの人間として描いていますが、こういうふうに理詰めで攻められたら、そら、泣きたくもなります。反論できない部分を遠慮なく指摘されていますし。
心の中で、“つくしちゃん、ごめんね…(/ω\)”と申し訳なく思いながらの執筆でした。

さて、ここからどう盛り返すか。腕の見せ所なので気合は入れています。読み応えのある展開にしていきたいと思っております。どうぞ最後までよろしくお付き合いくださいませ(*^^)v

2021/02/04 (Thu) 00:18 | REPLY |   

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