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Marbling Orange ~18~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


金沢城公園をぐるりと囲むお堀通りを南下していくと、進む先に県立美術館が見えてきた。この美術館に隣接するのは、午前中に訪問した兼六園だ。向かい側に建つ現代美術館とどちらに入場するかを迷い、県立美術館の方へと足を向けた。寒空の下、ずっと外を歩くわけにはいかなかったのだ。

来場者の年齢層は高めで、館内は静かな空気に満ちている。あたしは2階に上がり、テーマ別に展示された古美術品をゆっくり鑑賞して回った。展示品の中では、古久谷こくたにと呼ばれる独創的な色使いの陶磁が目を引いた。江戸時代前期、50~60年ほどの期間で生産された九谷焼の初期作だ。

古い歴史を持つ美術品には人を惹きつける魅力があると思う。そこに悠久の時を垣間見るからだ。あたしが生まれるよりずっと前にこうした複雑な技術が生まれ、後世へと伝承されてきたことを思うとひどく感慨深い。



すべての展示品を見終えて時刻を確認する。もうすぐ午後4時。でも、まだ類から連絡がある時刻じゃない。疲れと冷えで足がだるくなっている。あたしは美術館の1階にあるカフェで一休みすることにした。

昼食を摂ってからずいぶん時間が経つのに、まだ消化が追い付かないみたいで胃が重い。ショーケースの中には美味しそうなスイーツが並べられているのに、ちっとも食指が動かない。あたしは紅茶だけオーダーした。


壁一面に張られたガラスの向こう側の空を見る。いよいよ暗くなってきたと思ったら、白いものが横風にまじり始めたのが分かった。
…雪だ。雪片はまだ柔らかく、地面に触れるとすぐ融けて見えなくなる。


温かい紅茶で一息つくと、また昨夜の記憶が甦ってきた。
車中で類のお母さんが準備してくれたのは、たぶんレモンバームティーだったと思う。そのリラックス効果は微塵にも感じられないまま、あの時のあたしは極度の緊張状態へと移行しつつあった。



*********



豪奢な内装のリムジンの車中に爽やかな檸檬の香りが広がるのが、なんだかひどくミスマッチだった。お互い無言のままにハーブティーで喉を潤す。頃合いを見計らって、類のお母さんが話を再開した。

「次に、あなたの人柄や交友関係について調べてみました。周囲からの評価はニ分されていて、実に両極端でしたね。堅実で気立てがよく、曲がったことを嫌う人柄だと評される一方で、男性に媚び、利用してのし上がろうとする卑しい人種だとも評されていました。あなた自身もお分かりでしょうけれど、低評価を下したのは英徳高校や大学の関係者です。それでも、そうした声より高評価の声の方が多かったことも、ここでは申し添えておきます」

柔和な表情だけれど、彼女の口調は淡々として感情を表さない。

「職場での勤務態度は真面目で、仕事も丁寧。クライアント側の評判もいいようです。暮らしぶりも非常に慎ましやかだと。……つまり、総合的に評価するなら、あなたは良識的で、自立心が強く、財力や権力に左右されない女性なのでしょう。
そうでなければ、激しい気性で知られた道明寺さんや、無口で気難しい息子が、無私の心で仕事と向き合い、周囲との同調を図れるようになるとは思えません。あなたは、彼らをあのように前向きにさせる原動力になり得たのです。……ですから私は、あなたの人柄については問題ないものと結論づけました」

最終的な評価に、あたしは小さく安堵の息を洩らした。それでも素直に喜べないのは、会話の先に待つ言葉を恐れているから。

「男性に関する話題もありました。これも人柄に関係したことなのでしょうが、異性からのアプローチは多かったようですね。あなたに好意的だったという男性の名が数人挙げられています。
道明寺司さんとは4年ほど交際し、後に婚約関係を解消。その後、類と交際を始めるまで、お付き合いされた男性はいなかったようですね。……ここまでで、誤っている部分はありませんか?」

手元の報告書に、どれほど詳細なことが書かれていたかは分からない。たぶん割愛された情報もある。ただ、口頭で確認された事項に誤りはなかったため、あたしは小さく「はい」と答えた。相手はにっこりと微笑むと、そのファイルを閉じた。
…ここからが問題だった。



「類からお聞きになっているでしょうか? 二人の交際に対する、主人と私の意向については」
「はい…」

類は、交際を見極めるため2年間の猶予期間があることをあたしに説明した。ご両親の意向を知って、ショックを受けなかったわけではない。でも、端から交際を反対されるより、今後の可能性を示された容認の方がまだいいと思えた。

…そう思うようにしていたけれど、本当は解釈間違いだった? 
ご両親は見極めなどするつもりはなく、最初からあたしに“No”を突き付ける気でいたのかも…。


「花沢とは見合い結婚です。早くから親に定められた結婚でした。三歳年上の花沢とは二十歳の時に引き合わされ、私が大学を卒業した年に入籍しました。その後、類を出産し、現在に至ります。
……藤賀家の家訓が非常に厳格だったこともあり、私は恋愛らしい恋愛をした経験がありません。色事に疎い私ですから、あなたにぜひ教えてもらいたいことがあります」

彼女の瞳が、冴え冴えとした光を帯びる。それは、かつて無感情だった類の視線にも似て、あたしの心を意図的に追い詰めようとしていた。桜色の唇が動く。


「なぜ、類なのです? あの子が、ずっとあなたの傍にいたからですか? 都合がよくて便利だったから?」

否定的な理由付けに、一瞬、息が止まる。

「あなたにとって、類は、道明寺さんの身代わりに過ぎないのではなくて?」


相手はまったく語調を変えずに、厳しい質問を繰り出す。
それは違うと言いたい。
強く、否定したい。
だけど、放たれた言葉の衝撃が大きすぎて、声が出ない。
間髪いれず、次の質問が来る。


「一生に一度の恋は、何度もできるものではありませんよね? 道明寺さんとあなたの恋はそうしたものだった、固く結ばれた絆だったという証言がいくつもあります。懸命な二人の姿に感銘を受け、その在り方に共感や羨望を抱く人が多かったのでしょう。…あなた達の関係は、多くの人にとっての理想形だったのです」

だから、あたしと類の恋は一生に一度のものではない、と否定されているんだろうか。相手の意図を知り、ひどく打ちのめされる。

「あなたはまだ若く、これからもたくさんの出会いや人生の岐路を経験するのでしょう。類でなくとも、あなたの美点を評価し、パートナーにと望む男性は今後いくらでも現れると思います。
……それに、もしもこの先、道明寺司さんが今のパートナーと離縁されてあなたに復縁を迫ったら、あなたはどうなさいますか? かつての恋人を前にして、心を揺らすことはありませんか?」


全身から汗が噴き出す。
体のどこもかしこも痺れたように動かない。
矢継ぎ早に質問され、断定され、焦るばかりで思考が纏まらない。

実際のところ、そんな仮定は無意味だと思う。
でも、類のお母さんにとって、道明寺の存在は懸案事項なのだろう。
だから、ちゃんと答えるべきだと思った。



類は、道明寺の代わりなんかじゃない。
類は類だ。他の誰でもない。

あたしにとって都合がよかったから、好きになったわけじゃない。
類の温かさと優しさに惹かれ、彼と過ごす時間がすごく幸せで、だから、この先も一緒にいたいと願ったの。

あたしの存在は、ご両親に受け入れられていない。
過去の事実は変えられない。あたしはあたしでしかない。
でも、それが問題視されているのなら、どんな言葉で自分の想いを説明すれば正しいの?



「…道明寺さんとの復縁は、ありません」
唇が、震える。
「あの時、私達は十分に話し合い、納得した上で別れを決意しました。確かに、一生に一度と思えるような恋でした。……でも、もう終わってしまったことです」

―それなら、どうして、彼に子供が生まれたと知った時、ひどく動揺してしまったの?
―あんなに心を揺らしておいて、もう無関係だと切り捨てるのは偽りじゃないの?

「類さんとは長く友人関係にありました。特別なパートナーとして意識するようになったのはこの秋のことです。でも、私達は……これまでたくさんの思い出を共有してきましたし、穏やかな愛情と深い信頼関係を育んでいるところです」

…どうしよう。
声が上ずって、ちっとも上手く話せない。
それに、言いたいことの半分も言い表せてない気がする。
でも、どう言えば…。



ため息が吐かれた。短く。
類のお母さんは、それらの言葉では納得できなかったみたいだ。
彼女の瞳からあたしへの興味が失われていく。見切られた、と感じた。
次に述べられたのは冷ややかな宣告だった。

「あなたには覚悟が足らないように感じます。……類とは、別れてくださるかしら」
心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような強い痛みが走る。目の前の麗人は、優美な微笑は崩さぬまま、あたしの存在を彼の人生から切り離そうとしていた。
「猶予の期限まで待つより、今ここで伝えておいた方があなたのためだと思います。2年もの時間を無駄にせずに済みますからね」

どうしよう。話が終わりに近づいてる。
早く何か言わなきゃ。反論しなきゃ。
それなのに思考が空転する。

「明日は金沢に行かれるそうですね。あと一夜ばかりの夢は許して差し上げましょう。どうぞ楽しんでいらして? ……話は以上です」



気が付けば、リムジンは停車していた。類のお母さんに儀礼的に挨拶を述べられ、ドアを開けた運転手さんに促されて降車すると、そこはあたしのマンションの前だった。

走り去る車を呆然と見送るあたしの手の中には、彼女の連絡先が書かれた紙片がある。気持ちが固まったら連絡してほしい、と。



*********



温かいものが頬を伝い落ちていく。
その感覚に、あたしは現実に立ち戻った。
急速に周囲の音が戻ってくる。

カフェの片隅。
ガラス越しの冬景色。
鳴らないスマートフォン。

昨夜はあれからずっと涙が止まらなかった。類のパートナーには不適格だと烙印を押され、絶望的な気分でどうにかなってしまいそうだった。
あたしはハンカチを目元に押し当てる。


どうして、ちゃんと言い返さなかったの。
類じゃなきゃ嫌だって。
なんで、自分の気持ちを強く主張できなかったの。

でも、あたしが類に相応しいなんて口が裂けても言えないよ。
綻びばかりの過去。後ろ盾もない。メリットなんて何もない。


あたしに許された時間は今夜だけ?
もう、類には会えなくなるの?
そんなの嫌だよ…。類…。






いつも拍手をありがとうございます。
心が痛む回でした…。
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4 Comments

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2021/02/04 (Thu) 22:27 | REPLY |   

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2021/02/05 (Fri) 08:56 | REPLY |   
nainai

nainai  

み****様

こんばんは。まだまだ寒いですねぇ。
コメントありがとうございます(*'▽')

今作のキーパーソンである類ママ・花沢亜依子。私の過去作品にはない人物像で…と考えていたら、このような展開になってしまいました。“すごい…”と仰っていただけたなら、頑張って書いた甲斐がありました(^^ゞ
つくしを公正に評価しつつも、事実を羅列し、グレーゾーンは許さない亜依子。突きつけられた厳しい判断に、つくしはどう対処するのでしょうか。せっかくの金沢旅行だったのに…ですよね。

物語もいよいよ後半です。ここからどう盛り返していくのか、その過程を楽しんでいただければと思います。最終話までよろしくお付き合いくださいませ。

2021/02/05 (Fri) 20:30 | REPLY |   
nainai

nainai  

と*****様

こんばんは。
連日のコメント、ありがとうございます(#^^#)

第18話も心が痛む回でした。亜依子さん、つくしにもうちょっと反論の余地を与えてあげて~と思いますよね💦 あんなに矢継ぎ早に攻められたら、誰だって動揺したり口ごもったりするものです。

実は、今回のコメントで、と*****様はとてもいい指摘をされていました。So Good!と心で叫びましたが、それをここで触れてしまうと先々のお楽しみが減ってしまうので、今は内緒にしておきます(/ω\)

つくしを窮地に立たせてしまった分、ここからは折り返しのターンとします。もちろん最後はハッピーエンドで! 今夜の更新もお楽しみください。

2021/02/05 (Fri) 20:46 | REPLY |   

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