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Category第1章 紡いでいくもの
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社会人になってからの類はやっぱり多忙だった。
時にはフランスなどの欧州圏に出張することもある。
次に類に会えたのは、菜々美さん宅のお泊まり会から2週間後の、金曜日の夜だった。彼は翌日に近場ながら出張があるらしくて、時間的なゆとりがない中でのデートになった。
あたし達は都内のレストランで待ち合わせをし、いつものように食事を楽しむつもりだった。

明日から学校は夏季休業となり、あたしはしばらく自由の身になる。とはいえ、バイトのシフトはしっかり組んだし、休業明けの提出課題もそれなりにあるから、本当の意味では自由ではないけれども。
あたしは類に会うなり、菜々美さんや羽純ちゃんから懇々と言われ続けたことを、どう実践に移せばいいのかを考えあぐねてしまい、つい目線を泳がせたり、俯きがちになったりした。
敏い類には、それが不自然な行動に見えたみたいだった。

「どうしたの? …今日はずいぶん挙動不審だね」
「きょ、挙動不審って…」
テーブルの上に置いた手の上に、そっと類の手が重ねられる。たったそれだけのことなのに、あたしはその仄温かさに安堵し、ふっと緊張を和らげた。
「……嫌だった?」
あたしは類が何を指してそう言ったかが分からず、キョトンと彼の気遣わしげな瞳を見つめ返していた。
「えっと、…何が?」
「キス」
あたしは、あっと小さく声を上げる。
―こないだの…キス。

類はあたしの反応を肯定の意味に捉えたようで、すぅっと表情を曇らせた。
「ちっ、違うよ、類!」
「…違うって何が?」
類の眼差しはいつもよりも熱っぽさを帯びていて、あたしの心拍数をみるみる跳ね上げていく。
「だから、その、…嫌なわけがないじゃない。すごくドキドキしたけど…」
「じゃ、なんで、今日は目を合わせてくれないの?」
「それは…」
あたしは言い淀んでしまう。再び類の表情が曇るのが分かる。


―あぁ、ダメ。類にそんな顔をさせたいんじゃないの。
あたしは意を決して切り出した。
「あたしね、明日から夏休みに入るの」
「うん、知ってる」
「類が仕事で忙しいのは分かってるんだけど、…その、…二人でどこか遠出できたらいいな、なんて思ってて…」
―言った! 言えた!
あたしは恥ずかしさも相まって話しながら俯いてしまい、その瞬間、類がどんな表情を浮かべていたのかは分からなかった。


「…遠出って、泊まりで?」
類の問いに、あたしは項垂れたまま、小さくこくりと頷いた。
―そんなことを言い出すなんて、変に思われちゃったかな…。
類の返答は思った以上に時間がかかって、あたしはだんだん不安になってくる。それでも繋がれたままの手がいつもと同じように温かいのに力を得て、あたしは恐る恐る顔を上げた。
「………っ」
にっこりと微笑んでいる類の顔を見て、あたしの緊張もゆるゆると解れていく。
天使の微笑み。
…あたし、この顔に弱いんだよね…。
あたしは類の顔にすっかり見惚れてしまい、その口がぱくぱくと動いて、何か言葉を紡ぎ出しているのをすべて聞き逃してしまっていた。

「…つくし? 聞いてる?」
「あっ…ごめん。なに?」
「だから、流星群を見に行くのはどうって聞いたの。8月13日前後に、ペルセウス座流星群が観測できる」
―あれ? 星座観測の話だった?
「軽井沢にも別荘がある。星の観測にはもってこいの場所でさ」
言って、あたしの手を握り直した。
いつものように、指先を絡める繋ぎ方に変えて…。
「……二人きりになるのにも、いい場所だよ?」
―類っ!
あたしは、あたしの意図したことをちゃんと彼が汲み取ってくれたことを悟って、嬉しいやら恥ずかしいやらでまた俯いてしまった。



今年のペルセウス座流星群の観測のピークは8月12日午後10時。
月齢の好条件も重なり、良好な観測が期待できると何度もテレビが報じるにつれて、あたしの緊張はMAXに高まりつつあった。
食事をした夜、あたしは軽井沢に一泊旅行することを類と約束した。
付き合って初めて一緒に過ごす夜。
…なんか考えただけで、頭煮えそう。
だからできるだけそのことは考えないようにして、あたしはアルバイトや課題に精を出した。

同居している進は大学受験を控えた高3で、部活が終わった今はバリバリの受験生だった。
旅行のことはなかなか言い出せなかった。いっそ旅行じゃなく、こないだのようなお泊まり会だって言いたいけど、荷物の量が違うし、下手な嘘はバレてしまうような気がした。
どうやって話そうかを迷っていると、進の方から先に盆の予定に言及された。
「俺さ、友達が行ってる塾の強化合宿に参加してみようと思うんだけどいいかな。10日から13日まで三泊四日の合宿なんだけど、…ただ、参加費用が高いんだ」
「いいよ。どれくらいかかるの?」
「俺、そこの塾生じゃないから、6万円」
―ホントに高い…。
あたしはなるべく表情に出さないように、心の中だけで呟いた。だけど、支払えない額じゃないし、何より進の頑張りをあたしは応援したかったから、あたしは快くそれを受け入れた。

「夏にけっこうバイト入れたから大丈夫だよ。いつまでに準備したらいい?」
「本当は申込期間を過ぎてるのに無理言ってお願いしたんだ。できたら明日には持っていきたい」
「分かった。朝一でATMに行ってくるね」
あたしは進の合宿期間が自分の旅行日程と重なっていることを知り、迷った末に、旅行のことは内緒にしておくことにした。
「盆には父さん達のところに行く?」
「そうだね。久しぶりに顔を見せに行こうか」
パパ達は農作業があるから千葉を離れることができない。
毎日世話をしてやらないといけないんだって。作物もまるで子供みたいだよね?
先々の予定を立てながら、あたしは夕食の支度に取り掛かることにした。


予定通り8月10日の朝に進を塾の強化合宿に送り出すと、あたしはいそいそと旅行準備に取りかかった。
出かけるのは12日だから2日も早いのに、服はどうしようとか、小物はどれを持っていこうとかあれこれ考えて、うっかりバイトに遅れるところだった。
せっかくの天体観測が雨で中止になってしまわないように、あたしは祈った。何度も週間天気をチェックしたけど、それは問題なさそうだった。

問題があるとしたら…『初めて』のことだ。
あたしは、類の過去を、自分の至らなさをずっと気にしてきた。
…だけど、もうそれもいいやって思えてきた。
あたしは、類を信じている。類のことを誰よりも信頼している。
彼があたしを好きだというのなら本当にそうなのだろうし、結婚したいというのなら本気でそうしたいと思っていてくれるんだろう。
―少なくとも、いまは。

人の気持ちは流動的だ。
いま切実にそうしたいと願っていても、心変わりすることもあるだろう。
だけど、信じてる。
類が、生半可な気持ちであたしにそう言ったんじゃないってこと。
彼があたしの全部を望んでくれるのなら、それに応えたい。
それに、あたしも類の全部が知りたいって、純粋にそう思えるようになってきたから…。




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