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Marbling Orange ~21~

Category『Marbling Orange』
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~Rui~


金沢の仕事では新規契約も成立し、それなりの成功を収めた。AI化事業については商品開発課の社員にバトンを託し、今後は彼らを通じて進捗状況を確認していくことになる。どのような展開になっていくのかは蓋を開けてみないと分からないが、上手く軌道に乗ってほしいと思う。

宿泊先ではつくしが体調不良に陥るハプニングもあったが、予定していた日程に大きな変更はなかった。彼女と共有する時間は本当に楽しかった。今度は気候のいい時期に、もっとゆったりとした気持ちで旅行を楽しみたい。


せっかくの一泊旅行。
関係性を深められなかったことを残念に思う気持ちも、あると言えばある。触れ合いたいという欲求は、今の俺達には不純なことではないし。

でも、俺が大切にしたいのはつくし自身だから。
心や体に無理な負荷をかけることはしたくないし、何より彼女には笑顔でいてほしい。不調が起きたのなら、それは時機ではなかったということなのだろう。


それでも、気にかかっていることもある。
彼女が見せた憂いの影は、本当に体調不良に因るものだけだったのだろうか。安易にそれと直結して考えてしまったが、なんとなく腑に落ちない。
…だが、他に理由があるという確証もない。




休み明けの都内はクリスマスモード一色だった。もうすぐイブ。人が動けば、物流も動く。年末に向けて全国の商戦は過熱の一途をたどるばかりで、比例するように仕事は増えていった。

それなのに、だ。
日本で年を越す予定だった俺に、年内に渡仏してくるように指示を出してきた父。
…おそらく今回の目的は仕事ではない。



「田村は、どう思った?」
その日の夕刻、業務の合間に話を振った俺に、彼は資料を繰る手を止めて苦笑を返した。
「目的語を仰っていただけませんと」
「…あえて伏せたんだから察してよ」
田村は少し考え込むような素振りを見せた後で、彼女をこう評した。

「俗世に染まらない、純朴な方だと思います。そして、専務の本来の姿を見つめてくださる女性です。そういう方だからこそ、専務はお選びになったのでしょう。並んで歩くお二人は本当に睦まじく見えました」
ですが、と彼は続け、
「社長や奥様の心証は、私とは違ったものになるでしょう」
「良くないって言いたい?」
「お相手に求める資質が違っているのだと思います。牧野様は気持ちの優しい方です。こちら側の世界に溢れる害意に触れれば、そのお心を痛めることも多くなるでしょう。狡猾や強かという言葉と対極にある方ほど、心身を損なう可能性があります。……かつての奥様のように」
「……母が?」


初めて聞く話だった。思わず凝視した田村の表情には、わずかに躊躇いが混じる。彼は勤続30年以上になる社員だ。社長付きだった時期もある。両親のプライベートについても熟知しているのだろう。


「これまでにそういった話をお聞きになったことはありませんか?」
「…いや。どういう話か、聞かせて」
「当時、私は社長の担当ではありませんでしたし、奥様とも直接お話しできる立場にありませんでした。ですから、これから話す内容はすべて伝聞の情報ですし、私の主観も含まれています。それでもよろしいですか?」
「構わない」
情報が不正確である可能性を断り、田村は知っていることを話してくれた。


親同士が決めた二人の結婚は、入籍に至るまで何も問題ないように見えたこと。
結婚後に父の婚外子騒動が起き、過去の女性関係が明るみに出たこと。
騒動が収まってからも、二人の間にはなかなか子供ができず、次第に母は心を擦り減らしていったこと―。


「後継者を望む親族からの圧力や、周囲からの心無い言葉に奥様は深く傷ついてゆき、心身に不調をきたすまでになられました。精神的に不安定な時期が続き、一時は離縁の話まで持ち上がったようです。…ですが、そのタイミングでご懐妊が発覚し、話は白紙に戻ったとお聞きしています。

……結果的に、騒動の発端となった子供はDNA鑑定で親子関係を否定され、火消しは恐るべきスピードで行われました。奥様の情報については箝口令がしかれていました。当時の経緯を知っているのは社内のごく一部の人間です。専務がご存じないのは無理もないことと思います」
「…まぁ、子供に聞かせたい話ではないしね」
「そうした苦い経験があったためか、社長も奥様も、専務のお相手には家柄や教養だけでなく、メンタル面の強さも求めているように私などは思うのです」


親とて若かりし時代があったのだから、そうした紆余曲折があっても不思議ではない。そう思いながらも、今は穏やかな母に苦々しい過去があったことに胸がざわつく。
と、同時に湧き上がってくる疑問―。


「…田村は、どうして俺の意志を尊重してくれるの? …母のことも口外不可だったんだろ?」
相手の顔をひたと見据える。
その表情に変化がないか。…嘘が隠れていないか、仔細まで探るように。
「両親の意向には妥当性があることを田村は理解している。母にも同情的だ。だが、つくしのことも評価してくれている。……真意はどっち寄り?」
問われた方は俺の目を見返し、柔和な笑みを見せた。



「初めてお会いしたのは、専務がまだ小学生の頃でしたね」
「…何? 急に」
「まぁ、最後まで聞いてください。…奥様によく似た顔立ちには表情がなく、ひどく内向的だという印象を受けました。成長されるにつれ、コミュニケーション能力の欠如が顕著になってきました。専務が高校生になり、私がその教育係を任されることになった折は、正直、部署換えを願い出ようかと思ったくらいでした。あなたの教育係などとても務まるはずがないと…」

そうまで言われてしまえば苦笑するしかない。
確かに、俺は扱いにくい子供だっただろう。

「専務は理解が早く、与える課題を淡々とこなしてくれましたが、あくまでも義務的な行動で、そこには意欲も活力も感じられませんでした。感情を揺らすことのない、人形のような瞳をしていると思いました。そうした方にこの花沢の事業を継承できるものなのかと、私は、長い間疑念を抱き続けてきたわけです」


田村の話していることは、おそらく、周囲の誰もが思っていたことだろう。
将来への展望もなく、物欲もなく、ただただ無味乾燥だった日々―。

「その後、転機が訪れましたね」
「…あぁ」

外界に心を閉ざし、怠惰な時間を送る俺に、ガツンと大きな一撃を与えてくれた君。
なぜか気になる存在で、いつしか大切な友人になって、今では唯一無二の愛しい女性ひとになった―。


「牧野様との出会いを経て、専務は人間的に大きく成長されました。その瞳に確固とした光が宿りました。後継者としての自覚も芽生え、研修にも意欲的になり、様々なスキルを習得されて現在に至ります。そうした変化をもたらした女性を生涯のパートナーにと望まれるのなら、これを反対する理由などありません。この私にできることならば、どのようなことでも喜んで致しましょう。

…ですが、過去の事例を挙げましたように、専務のパートナーになる方にはそれなりに過酷な試練が待っております。牧野様は、害意のある者にとってはつけ入りやすいウィークポイントをいくつもお持ちです。ご家族のことであったり、道明寺家との関わりであったり。

社長や奥様は闇雲に牧野様を否定しているわけではなく、時として受ける世間からの心無い仕打ちに、彼女が耐えうるのかどうかを見極めようとされているのではないでしょうか。……どっち寄りの人間かと聞かれましても非常にお答えしにくいのですが、あえて申し上げるならば、私は会社の将来のために最善策を取りたいと考えております」


すべては『花沢』のため―。
生真面目な男の答えそうなことだ、と思わず笑いがこみ上げた。


「…ありがとう」
シンプルな謝意に、相手の目が大きく見開かれる。
「事情はよく分かった。田村の意向も尊重して、両親とは決裂しないように努める」
「専務のこうした部分も牧野様の影響ですよね。面と向かって御礼など、こちらが照れてしまいますよ」
「俺だって礼を言う時くらいある」
「はて……そうでしたかね?」
そう言って笑い合っていた時だった。


内線電話が鳴る。傍にいた田村が応じる。
彼は受話器の送話口を押さえてこちらを向き、短く用件を告げた。

「1階受付からです。真島凛子様と仰る女性がお見えになったそうです。専務に急ぎ伝えたいことがある、と」

その名の響きには覚えがあった。
先月会ったつくしの同僚のことだとすぐ思い至る。
…と、同時に、妙な胸騒ぎがした。

「応接室に案内するように伝えて。俺もすぐ行く」






いつも拍手をありがとうございます。
花沢夫妻の過去について掘り下げてみました。
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