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Marbling Orange ~23~

Category『Marbling Orange』
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~Rui~


真島凛子さんが花沢本社を訪ねてきた時、当然ながら只ならぬ事態を想定して応接室に向かった。…得てして、彼女はよくない知らせを運んできた。


田村と共に入室すると、真島さんはソファから立ち上がり一礼をした。緊張からか、その表情はやや硬い。略式の挨拶を交わして全員がソファに腰を落とすと、彼女は単刀直入に用件を切り出した。

「先週の金曜日の夕方、藤賀亜依子さんと仰る女性が当社のオフィスにお見えになりました。氏名はこのように書きます」
「………っ!」
体の中心を衝撃が駆け抜ける。

「思い違いでしたら申し訳ございません。この方は、花沢さんのお母様ではありませんか? お見送りの際にお見かけしたのですが、面差しがよく似ていらしたのでもしかして…と」
「そうです。藤賀は母の旧姓です。…母が、つくしに会いに行ったんですね?」

真島さんは素早く頷き、冷静に状況を説明する。
「藤賀さんは来店時に、担当には牧野さんを、と仰ったそうです。面談室には牧野さんだけが入室しましたので、二人の間でどのような会話が交わされたかは分かりません。面談は10分ほどで終了しました。
ほどなく終業時刻になると、牧野さんは慌てた様子で退社していきました。その時、顔色が良くなかったので何事かと声をかけたのですが、笑ってごまかされてしまいました」


俺は田村に目配せする。彼は意図を察してすぐ退室した。
母の行動履歴を調べてもらうためだ。

帰国の予定など聞いていない。
…だが、本当にそうだったなら。
金曜の夜、母が彼女を呼び出し、何かを要求したのなら。


―旅行当日。

赤くなっていたつくしの瞳。
新幹線の中で見た、疲れ切った寝顔。
宿泊先での急激な体調悪化。

胸の奥に燻ぶっていた違和感が再燃する。
つくしはショックを受けていた。
…母の来訪によって。
そう考えれば、すべての事象に説明がつくのではないか。


「今朝知ったのですが、金曜日の夜、当社ビルの前には白いロールスロイスが停まっていたそうです。牧野さんが乗り込む姿が目撃されています。同僚の社員がそれを彼女に訊ねると、お客様に依頼されてのことだと答えていました。
社外で依頼主に同行するのは業務上よくあることなので、話はそこで終わったのですが、花沢さんのお母様が待っていたのだろうと私は考えています。…この件は、ご存じなかったでしょうか」
俺は頷いて肯定を示す。
「母が帰国していることも知りませんでした。…つくしも、何も言いませんでしたし」
「そうですか…」
「話の続きをお願いします」
はい、と頷いて、真島さんは再び話し始める。


「今日の牧野さんはいつもと様子が違っていました。すごく思いつめた表情をしていて、言葉数も少なくて、普段はしないようなミスもあって…。そのようなことは初めてで、週末に何か良くないことがあったのだろうと思いました。花沢さんのお母様の訪問が関係しているかもしれないと考えました。
……でも、相手から打ち明けられない以上、プライベートの深い部分にまで踏み込んでいいものか迷ってしまったんです。そうしたら先ほども、ロールスロイスが彼女を迎えに来ていて…」
「今日も!? それで、つくしは…」

真島さんは神妙な面持ちで頷く。
「外回りから帰って来た時、偶然見かけました。距離があったので、牧野さんはこちらには気付かないまま車に乗り込みました。40分ほど前のことです。
……余計なお世話だということは重々承知の上です。ですが、なんだか嫌な予感がしたので、お知らせだけでもした方がいいと私は思いました。花沢さん個人の連絡先は知りませんでしたし、会社の方に電話を掛けても取り次いでいただけなかったので、直接こちらに伺うことにしたのです」

一連の流れから、真島さんは今の状況を良くないものと判断した。
それだけ、つくしが追いつめられているように見えたのだろう。


どうして、気付いてやれなかったのか。
どうして、俺に話してくれなかったのか。
そんな後出しの問いばかりが脳裏をめぐる。

田村はまだ戻らない。
できるだけ早く、母の居場所を突き止めてほしい。


「情報提供に感謝します。母の行動は与り知らないことでした。今、秘書に調べさせているので、所在が分かり次第そちらに向かいます」
真島さんは案じ顔だ。つくしのことを心配している様子が窺える。
「…お母様は、二人の交際に反対なさっているのですか」
「残念ながら、現状ではそうです。両親とは、今後に向けて話し合いをしている最中でした」
「そうでしたか。…だからこそお母様は、牧野さんの方に直接の働きかけを行ったのかもしれませんね」

かつて、司の母親も同様の行動を取った。
早急に息子と別れるようにとつくしに迫り、高額の手切れ金を提示した。

自分の母親も、あの頃の司の母親と同種の人間だったのだと思うと、ひどくやるせない。心のどこかでは、母がこちら側についてくれるものと期待していた。だからこそ失望感も大きい。


「庇うつもりはありませんが俺には意外でした。今回の件で、母が主体となって動いていることに」
「そうなのですか?」
「そうした行動を取るとしたら父の方だろうと踏んでいたんです。多忙な父に代わって、その部下が動くだろうと。…母は普段からあまり自分の考えを示しませんし、どちらかと言えば消極的な性格なので」
「今回の行動は予想外だったのですね。……でも、それだけ、花沢さんのことがご心配なのかもしれません」
「…心配?」
「息子を案じない母親はいないと思います。ましてや、それが結婚を考えるような相手なら尚のこと、関心が強いのではないでしょうか」

真島さんの言葉には説得力があったが、素直に頷くことはできなかった。
花沢家の内情は、一般家庭のそれとは異なる。“普通の”父親なら、“普通の”母親なら、という通説は使えない。手前勝手な思惑で母がつくしを傷つけるようなことをしたら、俺は決して許さないだろう。


真島さんは、自分が会いに来たことはつくしに黙っていてほしいと申し出た。余計な詮索をする人間だと思われたくない、というのがその理由だった。もちろん俺は承諾した。

さらに話をしているうちに、田村が戻ってきた。彼は様々な伝手を利用して母の所在を突き止め、小声でそれを耳打ちしてきた。
『本邸に戻っておられます』
その一言で、次の行動は決まった。俺は立ち上がった。



本邸に戻るまでの数十分は恐ろしく長く感じられた。帰宅時のラッシュに巻き込まれ、車は遅々として進まない。平日の夜に俺が本邸に戻ることは稀だ。だからこそ母は話し合いの場に選んだのだろう。

使用人頭の河野を筆頭に数名が玄関に立ち、緊張の面持ちで俺を出迎えた。強い勘気を悟ったのだと思う。母の居場所を問えば、自室にいるという答えが返る。足早に奥の部屋に向かう。

河野が俺の後を追いながら何ごとか話しかけてきたが、それを聞き入れる余裕はなかった。「どうか冷静に」と怒りを宥めようとする言葉にカッとなり、口出しするなと鋭く怒鳴った。


ノックなしにその部屋のドアを開けば、テーブルを挟んで対峙する二人の姿が視界に飛び込んできた。つくしは大きく目を見開き、小さく俺の名を呼んだ。
対して、母はまるで動じた様子がない。その冷静さは、むしろ、俺の中の怒りを増長させた。

「…これは、どういうことですか?」

母はそれを往なすように、涼やかな表情で俺に微笑んでみせた。
「ご覧の通りです。牧野さんと話がしたかったので、お時間をいただきました」
「なぜ俺を介さないんですか? こんなふうにコソコソ隠れて会ったりして」
「あなたがいると訊きたいことが訊けないからです。それに、二人で会ってはいけませんか?」
「それはあなたのこれまでのスタンスに依るでしょう。…彼女に何を言いましたか? 身を引くようにと迫ったのではないですか?」
「えぇ。申し上げました。あなたと別れてもらえないかと」


悪びれることなく発されたその言葉を、苦い思いとともに噛みしめた。
どうして理解してもらえないのか。
そもそも理解の及ばない話をしているのか。
その相手が父ではなく母だからこそ、余計に苛立ちは募っていく。

「なぜ相手ばかりを責めるんですか? 過去の非を探して、それをあげつらおうとするんです? 俺の方にまったく問題がないと思っているなら、その認識こそ改めた方がいい」
「言いたいことは分かります。あなたに色々あったことは、こちらでも把握していますし。…それでも、社会にはそのようなフェア精神は期待できません。概ね、人は相手のバックグラウンドを意識するものです。それは牧野さんも学生時代に経験済みのことだと思いますし、あなたも社会に出て実感していることではないですか?」
「周りがそうだからといって、つくしに対して、あなたまでがアンフェアであっていい理由にはなりません。彼女自身を見てください。偏向した考え方しかできないのであれば、話し合いなどできないと思います。今後、二人きりで会うことは慎んでください」


母は、言葉を継がなかった。
会話が途切れる。
無言の対峙が続く。


俺の視線を真っ向から受け止める鳶色の瞳は、あくまでも穏やかだった。おそらく人生で初めて、母と意見をぶつけ合っているというのに、相手にはまるで戦意がない。
その感覚はどこか捉えどころがないもので、俺は次の一手を考えあぐねた。



結局、先に視線を外したのは俺の方だった。
心配そうに俺を見つめるつくしの方へと足を向ける。
「帰ろ」
「で…でも…」
「もういいから。荷物はこれだけ?」
ショルダーバッグを攫い、つくしの手を取って立ち上がらせる。
それを引き留める声は上がらなかった。


一刻も早く、この場から彼女を連れ出してやりたかった。
だが、土壇場で、つくしは芯の強さを発揮した。


「類。待って」
俺の手をぎゅっと握り返し、ここに留まる意志を示す彼女。
「ちゃんとご挨拶しておきたいの。お願い」
「………分かった」
つくしは母の方へと向き直った。俺の手は離さないまま。


「今日はお話を聞いてくださり、ありがとうございました。お食事、とても美味しかったです。……私達のことを理解していただくには、まだ時間がかかると思います。ですから、分からないことは遠慮なく訊いてほしいです。どんな質問にも真摯にお答えします」

声には潔さが滲む。

「類さんと別れることはできません。簡単に諦められる恋なら、あの日、この手を取ることはしませんでした。……たくさんの困難があることは最初から分かっていました。それでも、これからの日々を類さんと歩いていきたいんです。私は、その意志を貫こうと思います」

熱いのは彼女の心だけじゃない。
この恋を諦めないという力強い宣言が、俺の心をも熱くする。



その言葉を待っていた。
……ずっと。






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4 Comments

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2021/02/14 (Sun) 11:34 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

おはようございます。
コメントありがとうございます(*^-^*)

自分の意志をはっきりと亜依子に伝えたつくし。不安な胸の内は明かしてこなかった類ですが、つくしの言葉が本当に嬉しかっただろうと思います。今作も一人称視点なので、亜依子の心情はまだ明確になっていませんが、それはおいおいと…(#^^#) 

そろそろ物語も終盤です。まだまだ推敲を頑張らねば、です。どのような結末に向かっていくのか、温かく見守っていてくださいね。

2021/02/15 (Mon) 08:34 | REPLY |   

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2021/02/15 (Mon) 16:46 | REPLY |   
nainai

nainai  

と*****様

こんばんは。コメントありがとうございます(#^^#)
更新ギリギリまで推敲作業をしていたので、返信が遅くなりました💦

オリキャラ達の躍動が光る回でした。凛子はファインプレーでしたね。亜依子は相変わらず複雑なスタンスを示しています。彼女達は私にとって愛すべきキャラクターです。より人間らしく、よりリアルに描き出したいと思います。

類視点での第23話は、個人的に気に入っている回でした。やっぱり類スキーとしては、類に幸せを感じてほしいわけです(*^-^*) やっとここまで来た…としみじみしています。最終話まであと少し。二人の恋物語をお楽しみくださいね。

2021/02/16 (Tue) 00:18 | REPLY |   

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