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Marbling Orange ~24~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


自分の想いを余すことなく伝えるのは、どうしてこんなに難しいんだろう。
そう思いながらも懸命に捻出した言葉は、亜依子さんにあっさりと受け流された。

「分かりました」
…えっ!?
「貴重なお時間をありがとうございました。お帰りいただいて結構ですよ」

どういう意味だろう…。
“分かりました”って、今話したことを了承してもらえたってことでいいのかな?


相手の反応に戸惑っていると、類にもう一度強く手を引かれ、よろけながら足を踏み出した。類はこれ以上何も言うつもりがないらしく、そのまま玄関へと突き進んでいく。慌てて背後を振り返ると、亜依子さんはもうこちらを見ておらず、その真意を表情から読み取ることはできなかった。

あたし達は立ち止まることなく邸内を横切り、玄関を出た。使用人頭の河野さんは物言いたげにしていたけれど、類はそれを黙殺し、話しかける隙を一切与えなかった。




待機していた車に乗り込み、それが走り出してしばらく経った頃、彼に静かに問われた。
「…なんで話してくれなかったの」
怒りだけじゃない。
その声音には複雑な感情が入り混じっている。
「口止めされたから?」
「うん…」
「それでも、俺には話してほしかった。…隠し事はされたくなかった」
「…ごめんなさい」

車に乗り込んでからも手は繋いだままだ。
だけど、類は、一度も目を合わせてくれない。長い脚を無造作に組み、車外に視線を投げたまま、こちらを向こうとしない。

「類はどうやって知ったの? あたしが、類のお母さんと会ってること」
「経緯は教えない」
「……あの……やっぱり怒ってる、よね」
「俺がどう感じるかは自由だろ」

返答はひどく素っ気なくて、取り付く島もない。近年、類にこうした態度を取られたことがなくて、ますます戸惑ってしまう。自分が悪いと分かっていても、謝る以外に何を言えばいいのか分からない。今は弁解するタイミングではないと判断し、前を向いてあたしも黙り込んだ。



行先を訊ねたわけではないけれど、車は類のマンションに向かっているようだ。やがて目的地に到着し、促されて降車した。無言を貫く彼の後ろを、少し距離をあけてついていく。エントランスホールのコンシュルジュは一礼して類を出迎え、彼について歩くあたしにも丁寧に頭を下げた。それが妙に気恥ずかしい。

類がカードキーで自室の玄関扉を解錠する。
室内に招き入れられると、あたしはこの沈黙に耐え切れなくなった。


後ろから類に縋りつく。
締まった胴に両腕を回し、広い背に頬を押し付けて。
拒絶はされなかった。

ジャケットから甘く香る、彼のシトラスノート。
それが波立ったあたしの気持ちを落ち着かせてくれる。
巻き付けた腕を軽く叩かれると、話すことを許された気がした。


「…ごめんなさい。心配かけて。…あたし、すごく意固地になってた」
「意固地?」
「別れてほしいって言われてから、ずっと、類のこと考えてた。でも、話さないように言われたのに、類に話してしまったら、一人では何もできないんだってレッテルを貼られる気がして…。自分で解決してみせるって勝手に意気込んでしまったの…」

ため息が落とされる。小さく。

「それが相手の魂胆だって思わなかった? あんたが一人で悩んで、碌でもない返答に行き着くのを待ってたんだよ。どうせ過去のことをあれこれ穿り返されたんだろ?」
「うん…。ちゃんと答えたつもりだったけど、あたしには覚悟が足らないって言われて…」
「足らなかったら、足せばいい」

端的な解決策に、胸の奥からこみ上げてくるものがある。

「…類のお母さんの気持ちも、あたし、分かるの。あたしが本当に類のことを想っているのか、疑問だったんだと思う。…まだ道明寺に気持ちが残ってるんじゃないか、類を身代わりにしてるだけじゃないかって、とても懐疑的だった」
「呆れた。…そんなことまで訊いて」
「もちろん、それは違うって言った。類は、類だから。安易な気持ちで付き合ってきたわけじゃないから」
「ん…」
「でも、あたし……道明寺に子供が生まれたニュースを聞いた時、自分でも驚くくらい動揺してしまったの。どうしてそんなふうに感じるのか、未練があるからなのか、混乱してしまったのも事実で…。そうした曖昧な部分を見透かされて、覚悟が足らないって思われたのかも…」


「違う」
類は断言する。
あたしの混迷を薙ぎ払うように。

「つくしの心を占めているのは俺だよ」
類の言葉には強い言霊が宿る。
彼がそう言うのなら、実際にそうなのだと思えてくる。


腕を解かれ、類があたしの方に向き直る。
鳶色の瞳があたしを見つめた。
その優しい温度が、凝り固まった不安を融かしていく。
両手で頬を包まれると、掌までが温かくて、ほろりと涙がこぼれた。


―ごめんね。
―類。


「泣かないで。…意地悪してごめん」
「意地、悪…?」
「冷たい態度を取ったこと」
「うぅん。…類が怒るのも無理ないから」
「そもそも母が悪い。それは分かってる。…分かってるのに、自分の感情がコントロールできなかった。己の不甲斐なさに苛立つし、母の態度にも腹が立つし」

彼の指があたしの涙を拭う。
とても丁寧に。

「それに……嬉しかった」
「えっ?」
「最後に言ってくれたから。俺とは別れないって。今夜、母に会ったのも、その意志を伝えるためだろ?」
「うん…」
「考えて出してくれた答えがそれなら、不満はないよ」

類があたしを抱き寄せる。
涙はとめどなく溢れて、小さな嗚咽が洩れた。


彼に相応しくない自分を自覚していても、
あたしにできることは限られているとしても、
どうしても類と離れたくない。

差し伸べてくれたあなたの手を、
あたしから離すことはしない。絶対に。



名を呼ばれてわずかに顔を上げると、柔らかな感触が唇に押し当てられた。
触れるだけのキスはすぐ離れてしまったけれど、伝わってきた彼の優しさに新たな涙がこぼれる。

類と目が合う。
ごく至近距離で。
あたし達は、互いの瞳の奥に、同じ情動を感じ取ったと思う。


―その熱に触れたい。
―もっと。


再び、唇を寄せ合う。
次第に深くなっていく口づけが、長い夜の始まりだった。






いつも拍手をありがとうございます。
次話、パス付きです。甘い一夜になりますように。
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4 Comments

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2021/02/16 (Tue) 12:59 | REPLY |   
nainai

nainai  

ル*様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')
只今、夜更かし中です。

つくしの決意表明にも素っ気ない対応を見せた亜依子。類との関係も急速に冷え込んでいます。この時、彼女が何を思っていたのか、どうしてこのような行動に出たのかは、後ほど明らかになってきます。すべての伏線回収まで、今しばらくお待ちくださいね。

次回はパス付です。久々のR…。甘い仕上がりになっているとよいのですが…(;^_^A 現実の面倒なアレコレをちょっとだけ忘れていられるような、二人の幸せな時間をお届けできればいいなぁと思います。あ、期待値は低めでお願いしますw

2021/02/17 (Wed) 01:11 | REPLY |   

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2021/02/17 (Wed) 18:10 | REPLY |   
nainai

nainai  

と*****様

こんばんは。コメントありがとうございます。
今夜も更新ギリギリまで推敲作業。力尽きました…(^-^;

困難と向き合い、着実に絆を深めていく二人。その姿が微笑ましいと仰っていただけて嬉しいです。今作は(も?)ジレジレ要素いっぱいで、なかなか甘い展開にならなかったのですが、第25話にしてようやく…の一夜となります。毎度のことながらRの公開は照れてしまうのですが、楽しんでいただければと思います。

今作も残り5話です。伏線回収をしつつ、最終話へと向かいます。どのような展開で終幕となるか、予想しながら読み進めてくださいね。また感想をお聞かせください。

2021/02/18 (Thu) 00:22 | REPLY |   

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