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Marbling Orange ~26~

Category『Marbling Orange』
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~Tsukushi~


翌朝、先に目を覚ましたのはあたしの方だった。
部屋は静まり返り、類の穏やかな呼吸音だけが聞こえる。あたし達は素肌のままでぴったりと抱き合い、同じ温度に包まれていた。

彼の剥き出しの肩が寒そうで、そっと毛布を引き上げる。類は微動だにしない。その肩越しに、天井から吊り下がった流線型のモビールが見えた。空調の風が当たるのか、光沢のない銀色はゆらゆらと規則的に揺れている。


昨夜の出来事が思い出されるにつれ、顔に熱が集まっていく。
類と、初めての夜を越えた。
あたし達は様々な抑圧から解放され、心のままに何度も求め合った。


彼が真摯に伝えてくれた愛は、あたしに絶対的な自信を芽生えさせた。
類を愛していいんだ。
類に愛されていいんだ、と。



出会ってから7年以上の時間が過ぎた。
いい事も、悪い事も、たくさんの思い出がある。

最初は無表情だった彼。
冷たい横顔。怒った顔。穏やかな寝顔。優しい笑顔。
今では様々な表情を知っている。

でも、愛し合っている時、類は初めての顔をあたしに見せてくれた。
嬉しくて、幸せでたまらないというような。
それを見ているだけで庇護欲が掻き立てられ、胸が疼いて仕方なかった。いつもは頼れる存在なのに、類を守ってあげたいと強く思った。類の幸せがあたしの幸せだと、何度でも伝えたいと思った。



類のことを『順当な相手』だと言った桜子の言葉に、あたし達の交際について『そうなると分かっていた』と言った西門さんの言葉に、わずかながら反発を覚えたのは、あたしと類との関係は偶然でも必然でもなかったと思いたいからだ。

人を好きになるのに“絶対”はない。
一緒にいれば必ず好きになるわけではないし、好意を向けられれば必ず好きになれるわけでもない。愛情は一方的ではいけないし、その比率がどちらかに偏っていてもいけない。恋人になるのなら、対等の関係であるべきだ。

たくさん笑い合って、たくさん悩んで、あたし達は一緒に生きていくことを決めた。ここに至るまでには多くの分岐があって、最初からこの進路が見えていたわけじゃない。
『~たら』、『~れば』を考えることには意味がない。誰だって、後戻りのできない道を、ただ真っすぐに進んでいくしかないのだから。


道明寺との恋は、ジェットコースターみたいだった。
急激なアップ・ダウン。猛スピードで駆け抜ける景色。それがすごく楽しくて、いつまででも楽しんでいたいのに、レールの先に終着点が見えてしまうのが悲しかった。

類との恋は、過去のそれとは違う。そもそもが安易に比較できるものじゃない。
あたしは日々変わっていくから。相手も日々変わっていくから。止まることのない時の流れは、世界全体を昨日とは違う姿へと緩やかに変えていってしまう。

だから、現在いまのあたしは、堂々と胸を張って類を愛せばいい。
この恋路にも、まだ見えない終着点があるのかもしれなくても。
後悔のないように、ひたむきに彼を愛していけばいい―。




アラームがけたたましく鳴り始めた。時計は類の向こう側のサイドテーブルに置かれていて、起き上がって手を伸ばそうとすると彼の腕があたしを押しとどめた。代わりに類がアラームを止めてくれる。

「おはよう」
「………はよ………もう朝か」
類はまだ目を閉じたまま、小さな声でぼやく。
「……平日じゃなきゃ……まだ一緒にいられたのに」
「そうだね。でも火曜だもん。仕事に行かなきゃ」
「……やだ……休みたい」

そう言って、類は甘えるようにあたしの首元に顔を埋めた。
鎖骨のあたりに、ふっと温かい吐息がかかる。
あたしは彼の頭を抱き寄せ、絹糸のような髪を撫で梳いた。


あぁ、なんか、上手く言えないけど…。
すごく、愛しい。


そうこうするうちに、体の奥がジンと熱を帯びてきた。
あんなに情熱的な一夜を過ごして、身も心も満たされたはずなのに、こんなふうに触れられたらまた類が欲しくなる。

…恥ずかしい。
あたしってば、早朝から何を…。
だから無理やり思考を止めた。…つもりだったのに。

「…したくなった?」
こちらの煩悶を悟ったような類の質問に、心臓が大きく跳ねる。
瞬間的に顔が火照る。
「えぇっ? な、なにをっ?」
類は含み笑う。
「分かってるくせに。そういう目、してるよ」
「………!」

類の瞳こそ魅惑的だ。
吸い込まれそうなほど美しく澄んで、媚薬のような甘さを孕んで。
誘っているのは類の方じゃない。
その上目遣いなんて、本当に反則だと思うの。


類が伸び上がってきた。顔が近くなる。
思わず目を瞑って身構えると、チュッというリップ音がした。
でも、キスされたのは鼻の先。
すぐ傍で笑い声がする。それで、彼に揶揄われていたんだと分かった。

「俺も同じ気持ちでいるけど、今はお預け。……シャワーどうする? 先に使う?」
存外に冷静だった類の言葉に、肩透かしを食らった気分でますます居たたまれない。恥ずかしさを押し殺しつつ、あたしは出発までの残り時間を逆算した。
「…類が先に使って。時間かかったら悪いから」
「OK」

類がベッドから下りて立ち上がる。一糸纏わぬ後ろ姿が、朝の弱光の中で青白く浮かび上がる。硬く締まり、均整の取れたボディラインが言葉に尽くせないほど美しい。この男性ひとに優しく抱かれたなんて、夢の中の出来事のようにどこか現実味がなかった。

「呼びに来るよ。休んでて」
類が出て行ってしまうと、寝室には再び静寂が戻る。あたしは大きく息をつき、もう一度ベッドに沈みこんだ。体の真ん中はまだ熾火おきびのように熱くて、遠ざかってしまった人肌がひどく恋しかった。



類に続いてシャワーを済ませ、洗面台の鏡の前でメイクをしている時のことだった。
…リビングから声がする。類が誰かと喋っているみたい。こんな早くから仕事の電話だろうか、と暢気に構えていると足音が近づき、脱衣所の引き戸がすっと開いた。
類の表情は険しい。どうしたの、と問いかけるより早く彼は言った。

「急だけど、今日休める?」
「えっ?」
「俺と一緒に来てほしい。事情は車で説明する。すぐ出ないと間に合わない」

それだけでは状況が掴めないけれど、何か非常事態が起きていることは察した。原因は先程の電話だろう。類がこんなことを言い出すなんて余程のことだ。
あたしは即断する。

「休む。一緒に行くよ」
「ありがと。もう出発できる?」
「うん!」

車はすでにマンションの前に待機しているという。
あたし達は急いでコートを着込み、階下のエントランスへと向かった。

屋外に一歩出てみれば、粉雪が舞っていた。遠方のビルの上階が白く霞んで見える。肌を刺す寒さを感じる間もなく車に乗り込み、あたし達は一路、目的地へと向かった。






いつも拍手をありがとうございます。
二人の目的地はどこか。いよいよ最終局面です(*^-^*)
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