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Category第1章 紡いでいくもの
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日頃の行いがいいせいか、あたしは旅行の日に雨だったことがない。
…それは単に、旅行に行くこと自体が少なかったからかもしれないけれど、とにかく12日は絶好のドライブ日和になった。
あたしのうちから軽井沢まではだいたい車で2時間半だと、迎えにきた類は教えてくれた。運転免許を持っていないあたしは、車の運転を代わってあげることはできないので、疲れている彼に負担を強いるようでひどく申し訳ない気持ちがした。

帰省の時期と重なっていることもあって、道は所々で渋滞した。
だけど、あたしたちは楽しく話し続けた。
社会人になってからの類は本当に多忙だったから、あたしたちが会えるのもせいぜい1ヶ月に2~3度だったし、その時間もすごく限られていた。
あたし自身も時間的に余裕のない生活を送っていたし、隣室で勉強している受験生の進に申し訳ない気持ちもあって、電話もいつも早めに切り上げるようにしていた。
だから、時間を気にせずゆっくり話せるのは、本当に久しぶりのことだった。


「今日の休みをもらうのに、すごく無理したんじゃない?」
あたしが言えば、類は軽く肩を竦めるようにする。
「労基法って何?ってくらい働かされてるから、当然の権利としてもぎ取ってきた。俺だって、つくし不足が続けば頑張れない」
「あたし不足って…」
「いつも元気をチャージさせてもらってる。…あんたに逢えるだけで、次逢うときまで頑張ろうって思える」
その言葉に、あたしが照れるんじゃなくて、にっこりと笑ったのが類には少し意外だったみたいだ。
「…あれ? 照れ屋は返上した?」
「そうじゃないけど…類のそういう甘い言葉のジャブ攻撃にだんだん慣れてきただけだよ」
あたしがそう言えば、類はつまんないと言って笑った。
やっぱり、あたしの反応で遊んでたんだなって思った。
…ちょっと悔しい。


軽井沢駅前の界隈に到着した時には昼前になっていた。予想よりも移動に時間がかかってしまったけど、類はほとんど疲れた様子を見せなかった。車を近隣の駐車場に停めると、あたし達は駅周辺の散策に出かけた。
人気の観光地はどこもたくさんの人で賑わっていた。同じように快晴でも、軽井沢の空気は東京とは少し違う。暑さの中にも少しだけ冷涼感があって、夏の日差しの下でもあたしたちは快適に過ごすことができた。ここが避暑地といわれる所以ゆえんだろう。
手近な店でランチした後は、美術館巡りをした。それに、たくさん並んだお土産屋さんを冷やかしたり、人気のスイーツを食べたりして。ベタなデートコースでも、あたしはすごく楽しかった。類の表情を見る限り、彼も楽しんでいるように見えたからホッとした。
散策を楽しみすぎて、花沢家が所有する別荘に着いた頃には夕方5時半を回っていた。


夏の日は長くまだ外は明るくて、そんなに時間が経ったことは実感できなかったけれど、類に招かれて別荘の中に入って人心地をつくと、たまっていた疲れがどっと出てきたような気がした。
「疲れたね。…先にシャワー済ませる?」
「そうだね。そうしよっか」
何の気なしに応えたあたしだけど、類からの視線を感じてそちらを見ると、彼はにっこりと笑みを浮かべてあたしに言った。
「一緒に入る?」
…なんとなく分かる。これは、類があたしをからかうときの顔だ。
笑顔は笑顔でも、目が笑ってるの。
あたしは顔を赤くしながらも、そういう彼の余裕が悔しくて、ついこう返していた。
「いいよ」
「…えっ」

わずかに戸惑ったような類の声の響きに、あたしは満足感を得て一人ほくそ笑む。
あたしだって、からかわれてばかりは嫌だ。
…たまにはそんな反撃だってしたくなる。
「…なんて、嘘。もちろん別々だよ」
すかさず言い添えたつもりだったのに、次の瞬間、類がごく至近距離に立って、あたしの手を掴んで引いていた。
「じゃ、おいで」
「えっ…」
胸元に引き寄せられ、ぐっと顔を上向かされて唇を塞がれる。
それも軽いキスじゃなくて、最初から舌を絡ませる深いキスで…。

「…んんっ」
あたしはすぐ、類のそのキスに蕩かされそうになる。
彼の手が、あたしのシャツの首元のボタンを探りあてて、一つ二つと外していく。
―待って。まだ心の準備が…。
キスは息もつけないほどの激しさであたしを翻弄する。
類の抱える熱情の深さに、密やかに慄く。

―類…。
頭の芯がジンと甘く痺れていく。
類の広い背にそろそろと腕を回すと、類はハッとしたように唇を離して、それからぎゅっと強くあたしを抱きしめた。
いつものフレグランスに彼の汗の匂いが混じって、それがすごく扇情的で、あたしはどうしようもなくドキドキした。互いにしがみつくようにして抱き合い、しばらく経つと類はようやくあたしを解放してくれた。


「ごめん。…途中から抑えがきかなくなった」
「…もうっ、驚くよ…」
「だって、あんたが変なとこで意地悪するからさ。…どうせ、本気じゃないんでしょ?」
「…ごめん」
なんであたしが謝るの?って気もしなくはなかった。
反撃がキスなんて、ズルいじゃない…。
「で、どうする?」
「…何が?」
「シャワー」

あたしは脱力しそうになる。
「…別々で、お願いします」
「了解。先に入る?」
「お先にドウゾ…」
類がさっさとバスルームに向かってしまうと、あたしは本当に腰が砕けたようになって、へなへなとソファに沈み込んだ。両手で挟むようにして触れた頬が、信じられないくらい火照っている。
―あたし、こんなんで今夜、大丈夫かな…。


その後は何事もなかったかのように交代でシャワーを済ませて、一緒に夕食の準備をした。類は事前に冷凍便でここに食材を送ってくれていた。それらは温めるだけで良かったり、焼くだけで良かったりして、簡単に準備することができた。
食後の片付けが済む頃には午後9時を回っていて、いよいよ流星群を見てみることになった。午後10時にピークを迎えるということは、すでにいまは流れ星が観測できる時間帯だ。あたしはてっきり観測のために屋外に出るのだと思っていたが、類は上階を指差して言った。
「テラスにベンチがある。寝転がって見る方が、首も痛くならないよ」
聞けば、今回の天体ショーの観測のために、管理人さんにベンチを持ち込んでもらったらしい。



軽井沢の夜は、夏とは思えないほど冷涼だった。
あたしは持参したカーディガンに袖を通して、類と一緒に2階のテラスに出る。
「わぁ…」
テラスの灯りを消してしまうと、辺りは真っ暗闇になった。
類の別荘の周辺には他の建物がなかったし、街灯もない。今夜は月が出るのも遅く、雲も少ない。観測に適した好条件がすべて揃っている。
夜目に慣れてさえも、自分達の周囲は暗かった。
大きく開けた空を見上げれば、宝石を散りばめたようにして無数の星が輝き、そこかしこに星が尾を引いて流れるのが見える。
「あっ、流れた。…あっ、あっちにも」
勧められるままにベンチに横たわり、夏の夜空の天体ショーを楽しむ。


初めて見たペルセウス座流星群は本当に凄かった。こんなにたくさんの流れ星は見たことがない。東京の空は明る過ぎて、流れ星を見るどころか、一等星でさえ見えないことも多いから。
「当たり年だって聞いてはいたけど、凄いね」
類が言う。あたしは感動しきりでなかなか言葉が出ない。
「…お願い事、いっぱいできそう」
「そんなにたくさんあるの?」
あたしのその言葉に類が小さく笑う。

―違うよ。…あたしはそんなに欲張りにはなれない。
―いまでもこんなに幸せなのに、それ以上の幸福なんて逆に怖くなる。

「ううん。願い事は多くない。…同じ願い事を何度でもお願いできるってことだよ」
「…なるほどね」


あたしは強く願っている。
―あたしの家族が元気に過ごせることを。
―進の大学受験がうまくいくことを。
そして。
―類とずっと、こうして一緒にいられることを。


そうして、どれくらいの時間が経っただろう。一頻り、流れ星を追いながら願い事をした後は、あたしは無心で流星を眺めていた。
…ホント、綺麗すぎて涙が出そう。
ギシッとベンチの軋む音がして、隣にいた類が上体を起こしたのを気配で察した。
「ねぇ、願い事の中にさ、俺とのことも入ってる?」
類の質問には素直に答えたくない気もしたが、先刻のことで懲りているあたしは正直に答えることにした。類にやり返されたら、あたしはとても敵わない。
「入ってる。…でも、言ったら叶わないから言わないよ」
「そうだっけ?」
「本当かどうかは分かんない。でも…願い事、叶ってほしいから…」
あたしは少しだけ声をひそめる。
「じゃ、俺も言わないでおく」


ふと、下りた沈黙。
それでも、先ほどよりずっと近くに彼の気配が感じられた。
「でもさ、きっと俺達、同じことを願ってるんじゃないかって思うよ」
視界いっぱいにあった星は黒い影で見えなくなって、類のフレグランスを吸い込むと同時に、あたしの唇は柔らかく塞がれていた。
夕刻の情熱的なそれとは違って、本当に優しいキスだった。
「愛してる」
類のくれる愛の囁きが、あたしを幸福感で満たす。
だから、精いっぱいの気持ちで応えたいと思った。
そのとき、確かにあたし達は同じ温度で互いを想っていたと思うんだ。

「あたしも…愛してる」
類の首に両腕を回すと、彼はもう一度あたしにキスをくれた。
「しっかりつかまってて」
…あたしの背と膝裏に腕が通されて、あたしは軽々と類に抱き上げられた。




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4 Comments

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2018/06/16 (Sat) 20:52 | REPLY |   
nainai

nainai  

ニ様

ご訪問&コメントいただきましてありがとうございます。

パスワードで苦労させてしまって申し訳ございません…(^^;)
開設日はですね、05月01日のゼロを無視してもらったらいいのです。
西暦(4桁)、月(1桁)、日(1桁)の数字6桁です。
それでもまだ開かない~ということでしたらご連絡くださいね。

似たような苦労をさせてしまっている方がおられましたらすみません。
で、あまり期待はせずにご覧くださいませ…。

2018/06/16 (Sat) 22:06 | REPLY |   

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2018/06/17 (Sun) 00:11 | REPLY |   
nainai

nainai  

二様

再コメです。今回はメッセージがオープンだったようなので、未承認のままにしておきますね。
お手数をおかけしました<(_ _)>

今後ともよろしくお願いいたします。

2018/06/17 (Sun) 00:33 | REPLY |   

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