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Category第1章 紡いでいくもの
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9月最後の土曜日の夜、あたしは花沢邸に招かれて、類のご両親と初めて対面した。
この日のために、類はあたしに一着の服をプレゼントしてくれた。それは、あたしが兼ねてより晴れの日に着たいと願っていた『fairy・sb』の一点物。
鮮やかなブルーのワンピースは素晴らしいデザインで、あつらえたように体のラインにぴったりだった。それに合うイヤリングと靴をセットで贈られ、あたしは彼の愛情に包まれながら、迎えの車に乗って邸を訪問した。

「牧野さん、初めまして。類の父の花沢さとるです」
「母の真悠子です。お会いできて嬉しいわ」
類のご両親は、不安と緊張でガチガチになったあたしを、素敵な笑顔で出迎えてくださった。類の声質はお父さん譲りで、顔の作りはお母さん譲りなのだということがよく分かる。
「初めまして。牧野つくしと申します。類さんとお付き合いさせていただいております」
背筋を伸ばしスッと深くお辞儀をすると、不意に、あたしの両手を柔らかい手が包みこんだ。あたしがビックリして顔を上げると、真悠子さんが満面の笑みであたしを見つめていた。

「夢乃さんからも、八千代さんからもお話は聞いているの。真面目で努力家で素敵なお嬢さんだって。会えるのをとても楽しみにしていたのよ」
「母さん。つくしが驚くから、急に距離をつめないで」
類があたしの気持ちを代弁するように真悠子さんに注意した。
…確かに驚いた。まだ挨拶の途中だったし。
でも真悠子さんの優美な瞳は類のそれとよく似ていて、手の温もりからはあたしを心から歓迎してくれているのが伝わってきたから、あたしは嬉しくて胸がつまる思いだった。


4人でテーブルを挟んで向かい合って座る。類が主体となって、あたしの紹介は進められていった。
類とあたしの出会い。高校時代から長く続いた友情。
類は、あたしと道明寺が将来を約束し合った仲だったことも正直に話した。
…どっちみち隠し通せる過去ではないし。
あたしの現状、そして将来の夢。
類のご両親はすでに知っていたこともあっただろうけど、ほとんど口を挟むことなく、類の話に静かに耳を傾けていた。
再来年の春、あたしの卒業を待って入籍したいという意向をご両親に告げて、類は話を締めくくった。


「…牧野さんが、将来的にデザイナーになりたいということは分かった」
暁さんが口を開くのを、あたしは緊張の面持ちで待ち受ける。
「類はいずれ花沢物産のすべてを受け継ぐ身だ。私達夫婦の場合、真悠子も幹部役員として経営に参画している。…あなたはどういった形で、類に、会社に貢献してくれるのだろう?」
もっともな質問だった。
あたしは、幾度となくこの質問を受ける瞬間を思い描いてきた。
だけど、いざ彼の父を目の前にすると、入念にシミュレーションした回答もかき消えてしまうようで、思うように言葉が出せなかった。


極度の緊張を察してくれた暁さんは、あたしの心を落ち着かせるように柔和に微笑み、こう言った。
「あなたの返答次第で、結婚を許すとか許さないとか、そういう話ではないよ。……結論から先に言えば、私達は、類とあなたの結婚を認めるつもりでいる」
「………っ」
あたしも類も、暁さんをじっと見つめた。
「ただ、我が家は一般の家庭とは異なる事情を抱えている。…私が聞きたいのはあなたの覚悟だ」


「類からも聞いているだろうが、真悠子は一般家庭の生まれでね。…そのことによって、周囲から言われのない侮蔑や嫌がらせを受けた経緯がある。東夫妻が後見についても、私が護ろうとしても、範疇を越えたところでそれはなくならず、真悠子を長く苦しめもした。それは今でさえも」
真悠子さんは、暁さんの傍らで静かな微笑をたたえている。その笑みからは過去のどんな悲哀も窺えず、彼女がいかに強靭な心で多くの苦難を乗り越えてきたかを物語っていた。
あたしはようやく口を開く。
「…わたしはデザイナーになり、東先生に師事したいとずっと考えてきました。この世界への道標を与えてくださったのが東先生だからです」
あたしは率直な思いを告げる。
「いまはただの専門学校生に過ぎません。秀でた才能を認められているわけでも、将来への道を約束されているわけでもありません。わたしは……本当に何も持たない人間なのです」

類が何かを言いかけるも、暁さんに目で制されて押し黙る。
「経済学は大学を中退する前に基礎を学んだ程度です。実家の後ろ盾もなく、知識も教養も未熟で、…こんなわたしに何ができるのか、まだイメージができません。自分の夢を手離したくないと主張することが、どれほどおこがましいことかも重々分かっているつもりです」

それでも、とあたしは思う。
類は、夢や目標に向かって努力するあたしをいつでも応援してくれた。
その姿勢を誰よりも評価してくれた。
だから、どんなときでも、彼はあたしを支え続けてくれるはずだ。
真に望むのであれば、あたしが選んだ道を。
「わたしは、デザイナーになります。夢を遂げることが、わたしをわたしらしくいさせてくれるからです。そして、類さんはそういうわたしだからこそ、人生のパ-トナーとして選んでくれたと思っています。…ご両親の望む形ではないのかもしれません。それでもわたしなりに、どのように花沢家に貢献できるのか、じっくり考えていきたいと思っています」

あたしは一旦言葉を切って類を見つめる。類もあたしを見つめていた。
目線だけで互いの気持ちを確かめ合って、あたしは続けた。
「類さんを愛しています。…心から」
あたしの膝の上で類と手を握り合う。
「こんなわたしですが、どうか、結婚を許していただけないでしょうか。…類さんと共に、歩んでいきたいんです」


暁さんと真悠子さんはあたしの拙い言葉を真摯に聞いてくれた。
―自らが選んだ道を突き進む意志があるのか。
―類との結婚を強く望んでいるのか。
その二点をあたしの言葉で確かめた上で、お二人は婚約を認めてくださった。
真悠子さんでさえ容易でなかったことに、あたしは臨もうとしている。
だからこそ、あたしは、類は、逆境を覚悟しなければならない。
暁さんがそう言いたかったのが分かって、あたしはより決意を固くした。

負けたくない。どんなことにも。
類と共に生きていくために…。


初めこそ緊迫した雰囲気だった顔合わせも、冒頭の意志確認の後は一転して和やかなものになった。
食事の間、真悠子さんは、しきりにあたしや類の事を聞きたがり、傍らの類を大いに呆れさせた。
暁さんは無言のまま、あたし達のそんなやり取りを穏やかな笑みを浮かべて見守っている。それでもあたしは、これまで出会った誰からも感じたことのないような、一種独特なオーラを暁さんから感じ取っていた。
かつて数度にわたって対峙した道明寺楓社長とも異なる、花沢暁社長に特有のそれ。
最後に彼と目線が合ったとき、その笑みが少しだけ挑戦的に見えたのは、きっと見間違いじゃないだろう。
―どこまでやれるかな?
その目が楽し気に光って、あたしに問うていた。
だから、あたしも怯まずに見つめ返した。
―死力を尽くすつもりです。
そんな意志を瞳にこめて。



「緊張した?」
アパートまで戻る車中で、類に問われてあたしは何度も頷いた。
「うん…ものすごく…」
「あんな両親だけど、ごめん」
「そんな…。素敵なご両親じゃない」
あたしがそう言うと、類は底意地の悪い笑みを浮かべた。その表情が先ほど見た暁さんの笑みに重なって、改めてこの人達は親子なんだと実感した。

「甘いよ。…父は腹黒だから」
「えっ…それじゃ…」
まさか婚約を認めてくれたのは口先だけだったのかと、あたしが不安がると、類はあたしの指を絡め取って即座に否定する。
「婚約のことじゃない。…要は、つくしの力量が試されてるってこと。夢乃さん達が推すだけの人物かどうか」
「あぁ……うん」
「父の打算的な物言いを許したのは俺の本意じゃないから」

―分かってる。類が何度も助け船を出そうとしてくれたこと。
あたしは類の手を握り返して微笑んだ。
「あたしは大丈夫。…婚約を許してもらえて、本当によかった」
「今度の休みは、ご両親に会いに行きたい。いい?」
「うん。向こうの都合を確認しておくね」
やがて車がアパートの前に着くと、あたし達はいつものように別れのキスをした。
そして離れていく体温を惜しみながら、ゆっくりと指を解いた。




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