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Category第1章 紡いでいくもの
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「はぁ…。滋さん、素敵だったな…」
帰りの車中でため息まじりにあたしが言えば、隣に座った類は小さく笑った。
「…式、挙げたくなった?」
「え? あっ…うん」
あたしのその一瞬の躊躇いを、類は敏感に感じ取ったらしい。
「総二郎が聞いた時もそんな反応したよね。…何か迷ってる?」
―あ…。
彼に不安を与えたくないあたしは、どんな説明をすれば、自分の気持ちを的確に説明できるのかを必死に考えた。

「たぶんね、あたしには元々、結婚は社会人になってからっていう考えがあったの」
類は、あたしの話を黙って聞いている。
「大学を卒業して、社会人になって。…親から独立して、自分でその後の人生を生き抜いていけるまで自立してから、結婚ってするものだと思ってたんだ…」
「…つくしは、親からはもう独立してると思うけど」
あぁ、ホントだ、とあたしは笑う。
「まぁ、それはそれとして…。だから、卒業と同時に結婚ってことになると、自分はまだ一人前にもなれてないのになんだかな…って思っちゃったの」


あたしは少しだけ俯いてしまった類の、その顔を下から見上げるようにして言う。
「ごめんね…。類はすぐにでもって望んでくれてるのに。…そういうのって、可愛くないよね」
ごめん、ともう一度言おうと、口を開きかけた時だった。
彼の右手が伸びて、あたしの後頭部をぐっと引き寄せると、類はそのまま少し荒く唇を奪った。驚きで縮こまる舌をねっとりと絡めとられて、あたしはびくりと体を震わせた。キスはほのかにアルコールの味がした。
「…んっ……はぁ…」
「ホント、可愛くない…」
彼の低い囁き声にひくっと肩を震わせる。そして、再びキスは深められた。
―この車がパーテーション付きでよかった…。
頭の片隅で冷静にそんなことを思いながら、あたしは甘い口づけに酔いしれ続けた。


「一緒に暮らそう」
類があたしを抱きしめながらそう言ったのは、もうアパート近くの界隈まで戻ってきた頃だった。
「いまは受験があるから、進を支えてやりたいっていうつくしの気持ちを大事にしたい。…でも進がアパートを出ることになったら、俺と暮らさない?」
あたしは驚きつつも、いつか類がそれを言い出すような気がしていた。
「あの…ご両親はなんて言うかな…」
「両親は反対しなかったよ」
その返答に、この話がすでに彼らに伝わっていることを知る。
「花沢が保有しているマンションがいくつかあるから、好きに使っていいと言われてる。…どう?」

―類との同棲。
今までそれを意識しなかったわけではない。
だけど、通塾しながら受験勉強に励んでいる進を、全面的に支えてあげたいと思っているあたしは、そのことにはあえて目を向けないようにしてきた。
正直な気持ちを言うなら、あたしも類といつも一緒にいたい。
類が仕事から疲れて帰ってきたら、彼の好きな料理を食べさせて癒してあげたいし、日々課題に追われて疲れているあたしのことも、その笑顔で癒してもらいたい。
それから優しく触れ合って、…彼と愛し合いたい。
そこまで考えるとボッと顔が熱くなって、あたしは思わず頬に両手を当てた。


「…いまヤラしいこと考えた?」
「えぇっ…な、なんでっ…」
そのものズバリと言い当てられて、あたしはあたふたと彼の腕の中で暴れた。
「だって、俺もそうだから」
髪にキスを落とされ、きゅっと強く抱きしめられる。
「…今夜も一緒にいたかった」
「ごめんね、類…」
一緒に暮らしている進に気兼ねして、あたしはなるべく外泊はしないようにしていた。進は優しいから、俺のことは気にしないでいいのにっていつも言ってくれる。
それでも自分が受験勉強で苦しんでいるときに、姉の恋愛事情なんか知りたくもないだろうって思うんだよね…。


「進は第一志望に合格したら、両親と暮らすことになると思う」
進は兼ねてより海洋学に興味があるようで、特殊な専門性の学部を有する千葉県内のある大学が第一志望だった。
倍率はそこそこ高い。いまの学力は決して安全ラインとは言えないと、塾でも言われているようだ。
「もしそうなったら、あたし、類と暮らしたい。…ずっと一緒にいたい」
「…分かった。じゃ、合格祈願に行こう」
類が小さく笑う気配。
「今度のデートは関東三天神でも参る?」
「あっ…合格祈願で有名な?」
行ったことはないけれど、巷では有名な三大神社だ。
基本的にあたしは神頼みをしない人間だけれど、進のためにだったら参拝してもいいかも、と思えた。
「だって、進には絶対合格してもらいたいしね」


車がゆっくりと停車する。気づけばアパートの前に到着していた。
次に会うのはすぐ先のことと分かっていても、類との別れはいつだって名残惜しい。
一緒に暮らすようになれば、そんな寂しさも感じなくて済むんだ…。
「おやすみ、類」
あたしは、心を込めて彼にキスを送る。
「おやすみ」
類もあたしに優しいキスをくれた。
彼はいつものように、あたしがアパートの階段を上がりきり、玄関の前に立つまで見送ってくれる。最後に振り返って手を振ると、車は静かに発進した。



「お帰り。早かったね」
あたしが帰ってきた気配を察したのか、鍵を開ける前に進がドアを開けてくれた。
「ただいま。お土産があるよ」
進はあたしの手から引き出物の入った袋を受け取った。
あたしは鍵を閉めるとコートを脱ぎ、着替えのために自室へ向かう。
「重っ。何入ってんの? これ」
「さぁ? 何があるか一緒に見ようか」
フォーマルドレスから部屋着になると、緊張が解けてどっと疲れが増した気がした。
あたしはお湯を沸かして二人分の紅茶を淹れる。
「お菓子おいしそうだよ。休憩にしない?」
袋の中身を開け、その一つから焼き菓子の詰め合わせを発見すると、あたしは進に箱を差し出し、最初に好きな物を選ばせた。


「もっとゆっくりしてきたら良かったのに…二次会とかさ」
熱い紅茶を啜り、焼き菓子を美味しく頬張っていると、進が苦笑しながら言った。
あたしは首を振る。
「滋さん達はご両親の賓客の相手があるから、二次会はできなかったの」
「類さんも一緒だったんだろ? …デートとかさ」
「今度、関東三天神をお参りするデートなら約束してきたよ」
進が、は?という顔であたしを見る。

「言っとくけど、あんたの合格祈願だから」
「そんな…わざわざいいのに」
進は照れながらも嬉しそうで、あたしはそのはにかんだ笑顔の中に幼い頃の彼の面影を見出して笑う。
…彼がいくつになっても、きっとあたしは進のことが可愛いんだろうな…。
「さて、あたしはお風呂に入ってくるね。…紅茶、もう少し足そうか?」
「いや、いい。…ありがと」
あたしは空になったマグカップを受け取り、すぐにシンクで洗い終えると脱衣所に向かった。ふわわ、と欠伸しながら短いシャワーを済ませ、まだ勉強で起きている進に断って先に床に就いた。




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