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Category第2章 解れゆくもの
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今回は、車の事故に関する細かい描写をします。次のお話の冒頭にまとめるのも難しいので、苦手な方はさらっと読み飛ばしていただければ、と思います。




―類。…類。

あたしは誰もいない病院の廊下を走る。
でも、体の感覚が変だ。自分の体じゃないみたいで。
もどかしいほど足がもつれて、何度も転びそうになる。

マンションに迎えの車を寄こすという真悠子さんの申し出を断って、あたしは自分でタクシーを呼んでここへ来た。一秒でも早く、類の元へ駆けつけたかったからだ。
視界を歪ませる涙を何度も拭って、走りながら真悠子さんの説明を脳内で反芻はんすうする。
『類も宮本もケガを負って、病院で処置を受けています』
『私達もすぐ日本に向かいます。それまでは磐田いわたが私達の代理としてすべての判断を行います』
真悠子さんも暁さんも、いまはイタリアに滞在している。
すぐ向こうを発ったとしても、ここに着くまでに半日以上はかかるだろう。
夫妻が揃って帰国する。真悠子さんは類の容態について詳細を語らなかったけれど、軽傷と分かっているならばそうはしないはずだ。

―命に関わるようなひどいケガだったら…。
―そんなの嫌だ。……類!

処置室と書かれたプレートの下に見知った顔を見つけて、あたしは息を切らしながら彼らに駆け寄った。あたしの足音に気が付いて、花沢家の執事の磐田さんと使用人頭の康江やすえさんがこちらを向く。
「い…磐田さんっ! 類さんは…っ」
「牧野様…どうぞ落ち着いてください。類様は…大丈夫です。今は処置中ですから…」
磐田さんの冷静な言葉にわずかに心を静めたが、あたしは溢れる涙を抑えることができない。彼の沈痛な面持ちは、類の容態が決して楽観視できるものではないことを悟らせる。


心臓が痛い。あたしは肩で息をする。
がむしゃらに走ったせいだけでなく、恐ろしい予感に貫かれて心臓は悲鳴を上げていた。くずおれそうになる体を康江さんが支えて、あたしを脇のベンチに座らせる。
「教えて、ください。いったい、何があったんですか?」
あたしは整わない呼吸のまま、磐田さんを見上げて問うた。
「…警察からお聞きした内容をお話しします」


それは、交差点で起きた車6台が絡む大事故だった。
宮本さんが運転する車は、類をいつものように左後部席に乗せ、青信号が示す通りにその交差点を通過しようとしたという。他2台も同じように走行中だった。そこに赤信号であるはずの横方向から、ダンプカーが猛スピードのまま突っ込んできたのだ。
宮本さんも、他の運転手達も、ダンプカーの動きに全く対処できなかった。
ダンプカーはまず宮本さんの車を右後向から直撃し、勢いのままに車を押しながら、その左隣と後続を走っていた2台にも続けて衝突し、弾き飛ばした。最後に信号待ちをしていた車2台の前面に宮本さんの車を押し付け、その車体を潰しながらようやく停車したという。
ダンプカーのブレーキ痕はなく、運転手は運転中にすでに亡くなっていた。詳しくは病理解剖を待つが、警察の見解では突然死、…重篤な脳疾患か、心臓病の可能性が高いとのことだった。


磐田さんはさらに病院のスタッフの説明も話してくれた。
事故に備えて強化された装甲のため、車は完全に潰れることはなかったが、二人は重傷を負った。
宮本さんは右上腕と右下腿の複雑骨折。いまは手術中だ。救出時は意識がなかったが、病院搬送後に回復し、事故の瞬間のことを仔細しさいに説明できたという。
そして、類は左側頭部の裂傷と、ひしゃげた車体に上半身を挟まれたことによる肋骨の骨折だった。一歩間違えば、圧死してもおかしくないような状況だったという。
事故の際、頭をひどく打ちつけたようで、救出時も類の意識はなかった。病院に搬送後、一時的に彼の呼吸状態が悪化したため、あわやの事態も想定された。…いまはその危機は脱しているが、予断は許さない、と…。


―類…っ。
あたしは絶望的な思いで処置室のドアを凝視する。このドア1枚を隔てた向こうに、意識のない類が横たわっていて、その尊い命を繋ぎとめようと医師達が懸命の処置に当たっているなど、まるで実感の湧かないことだった。
今朝、離れがたくて彼を引き留めた自分を思い出す。
―不吉な予感がしたのに。
でも、だからといって、あのときの自分には他に何ができただろう。
最後に見た類の笑顔がありありと思い出されて、あたしをいっそう苦しくさせる。


「…ぅっ……ふっ」
膝の上に置いた手の甲にパタパタと涙が落ちる。
あたしの洩らす嗚咽に気づいた康江さんが隣に座り、優しく背を撫でてくれる。
「類様はお強い方です。…きっと大丈夫でございます」
康江さんの手の温かさが、あたしの心を優しく慰めようとする。
…そのときになって、あたしは、ようやく宮本さんのことに思い至った。
康江さんは宮本さんの奥さんだ。
いくら事故後に意識が戻ったのだとしても、宮本さんは現在も手術中で、妻である彼女が心配でないはずがない。

「…康江さん…宮本さんもひどいケガを…」
「主人は大丈夫です。…それより類様を危険な目に遭わせてしまったこと、たいへん申し訳なく思います」
彼女は深く頭を下げる。康江さんの気丈な口調にまた涙が溢れてくる。
「…ごめんなさい。…あたし、類さんのことばかりで…」
康江さんは陰りのある笑みを浮かべて首を振り、あたしの手をそっと握ってくれた。
誰にとってもつらく、苦しい時間が過ぎていく。



「…牧野っ!」
廊下の向こうからバタバタと複数の足音が近づいてくる。鋭く名を呼ばれてあたしは伏せていた顔を上げた。
「美作さん…、西門さん…」
「類の容態はっ!?」
息を切らしてやってきたのは、彼の旧友の二人だった。
どこからか事故の情報を入手し、駆けつけてくれたのだろう。
「…まだ処置中なの。頭を強く打ってるって…。肋骨も骨折してて…」
「危険な状態なのかっ!?」
焦燥感からか、西門さんの口調はいつになく厳しいものだった。

―あたしも、それが知りたいの。

あたしは胸がつまって何も言えなくなり、見かねた磐田さんが言葉を継いでくれる。
「…危機的な状況は脱したと先ほど説明がありましたが、その後の容態が分からないのです。牧野様もいま到着なさったばかりで…」
西門さんが痛ましげにあたしを見つめた。すぐにその視線が外される。
「…くそっ、なんだってこんな…」
彼の小さく吐き捨てるような言葉に、類に対する彼の想いが痛いほど伝わって、あたしは顔を覆った。


―どうして。どうして。
指の間を涙が伝う。
―どうして、こんなひどいことが起きてしまったの。



気分が悪い。それでもいまはここを動くことができない。
あたしはカタカタと震えながら、ただ待ち続けた。
「……大丈夫か、牧野」
ごく近い距離で美作さんの声がして、あたしはゆっくりと顔を上げた。美作さんはあたしの前で片膝をつき、心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
「…ありがとう。でも、大丈夫だから…」
絞り出すようにそこまで言ったときだった。
処置室の明かりが消え、ドアの向こうから医師が姿を見せた。


「花沢さんのご家族の方は…」
磐田さんがすぐに応対する。
「花沢家の執事の磐田と申します。ご両親は海外におられ、帰国されるまでは私が代理として説明をお聞きします」
「そうですか。では、こちらに」
「はい。……牧野様も、どうか」
磐田さんがあたしを振り返る。
「彼女は婚約者です。同席を許していただけないでしょうか」
医師はベンチに座るあたしに目線を振ると、一瞬厳しい目をしたが頷いてくれた。その目線が示すものを恐れて、あたしはぶるっと大きく身震いをした。
康江さんに支えられて立ち上がると、磐田さんと連れ立ち、医師の後ろについて処置室の奥へと入っていった。




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拍手ありがとうございます! 暗い展開で申し訳ないです…(^^;)
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2 Comments

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2018/07/01 (Sun) 11:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

ご訪問&コメントありがとうございます。

つらい事故の回…。九死に一生を得るくらいの勢いで書きました。
わ様のご家族は大事に至らず本当に良かったです。
その後の展開は………ピントは外れていないと思います。先に謝っておきましょう…<(_ _)>
第2章は暗い内容なのに、1章・3章より長くなる予想です。

さて、イベント初参加です。表明するまでずっとドキドキしていました。
初参加で、いろいろなことに挑戦しています(*´ω`*)
サイトオープンまでどうぞお楽しみに!

2018/07/01 (Sun) 14:16 | REPLY |   

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