FC2ブログ

2-14

Category第2章 解れゆくもの
 2
類のことを忘れた日は、一日としてなかった。
それでも本格的な就職活動が始まった今、あたしには心の余裕がまったくなくなってしまった。

就職活動は順調な滑り出しだった。
最初に受けた3社は一次試験を突破し、すぐに二次試験の通知が来た。それらの試験が終わる頃には、第一志望である『fairy』の一次試験の結果も出る。
学校は就職活動への理解を示してくれるものの、一定の期間ごとに課題を出してくる。課題の提出期限に追われながら、試験対策もしなければならず、クラス内の雰囲気も殺伐としたものに変わりつつあった。


「お疲れ様でした。本日は以上です。合否通知は1週間以内にお送りいたします」
最初に受けた『Eve And Eve』の二次試験が終了した。
二次試験は、面接と実技試験だった。面接官の反応には手応えを感じたが、実技の方では十分に力を発揮できたとは言い難かった。
制限された時間にひどく緊張してしまい、ケアレスミスをたくさんしてしまったのだ。結果的に時間が足らず、未完のままで課題を終えるしかなく、あたしは気落ちした。三次試験に進めるか、まったく自信はなかった。

「つくしちゃん!」
『Eve And Eve』の本社を出てすぐ、菜々美さんの声がして、あたしは背後を振り返った。
「菜々美さん! 会場では会いませんでしたね」
「えぇ、別の部屋だったみたいね」
あたし達の帰る方向は同じだった。
並んで帰る道すがら、菜々美さんはあたしにポツリと問うた。
「ねぇ、最近、花沢さんと会ってる?」
「…え?」
あたしは、咄嗟に菜々美さんの顔を見上げてしまう。
「もしかして、別れた、とか…ないわよね?」

あたしは返答に窮してしまった。
現状を、なんと表現すればいいのか分からなかったのだ。
最後に類に会ったのはもう1ヶ月前になる。…傍目には、別れたようなものだ。
目頭がツンと熱くなる。

「昨日、彼がまた花沢さんと一緒に仕事をする機会があったらしいの。そのとき、花沢さんの機嫌が…よくなかったらしくてね」
菜々美さんの彼は商社に勤めている。
以前も類と仕事をする機会があったことは聞いていた。
「なんか、前より冷たい印象がひどくなったって言うから…。指輪はずっとしてるけど、あの事故の後から、つくしちゃんは花沢さんのことほとんど話さなくなったし、どうなってるのかな…って、……つくしちゃんっ!?」
菜々美さんが鋭く叫ぶまで、あたしは自分が泣いていることに無自覚だった。

当初の予定通り、類が9月3日に仕事に復帰したことは、真悠子さんから伝え聞いていた。思ったよりも問題なく、会社の日常に溶け込めたようだと聞いていたのに…。

―類。
―いま、どうしてるの?

ここから花沢物産の本社はもちろん見えない。
だけど、乱立する高層ビルの中で、類が孤軍奮闘している様が目に浮かんで…。
「…うっ…」
口元を手で覆っても、堪えきれない嗚咽が洩れる。
菜々美さんはオロオロとしながらあたしの肩を抱き、路肩へと誘導してくれる。
「ごめん。訊いちゃいけなかったのね?」
「…違うんです。…いま、彼とはちょっと上手くいってなくて…」
それでも類の事情を菜々美さんに明かすことはできない。
打ち明けられない秘密は、それだけでもあたしを息苦しくさせる。

「そう…。わたしで、相談に乗れることなら…」
そこまで言ってから、菜々美さんは言葉を改める。
「うぅん。相談できることなら、もうしてくれてるわよね。…言えないことなのね」
あたしは是とも否とも答えなかったつもりだ。
菜々美さんは涙が引くまで傍にいてくれて、ようやく落ち着きを取り戻したあたしに、買ってきたばかりのミネラルウォーターを差し出した。
「余計なことを訊いて、本当にごめんね。明日からも試験あるし、頑張ろう?」
「…はい」
最後は微笑んだあたしにホッとしたのか、菜々美さんもいつもの笑顔を見せてくれた。


類に逢いたい。逢って話したい。
そして、あたし達の過去のことを伝えたい…。
どんなに、冷たくされても。
あたしには類が必要だ。そして、類にとってもそうであってほしいと願っている。
類が苦しんでいるのなら、その一助になりたい。

月末までには、応募の第一波となる試験が終了する。
その結果がどうであれ、類に会いに行こうと、あたしは心に決めた。



結局、あたしは『Eve And Eve』の三次試験には進むことができなかった。菜々美さんは三次試験には呼ばれたものの、最終試験には呼んでもらえなかったと残念がっていた。羽純ちゃんは羽純ちゃんで、苦戦している様子だった。
あたしは、3社目に受けた会社でなんとか最終試験に進むことができた。そこから内定の連絡がもらえたのは、『fairy』の二次試験が始まる直前のことだった。初めての内定通知が出たことは、あたしの自信をぐっと強固なものにしてくれた。

大きな力を得た気分で、あたしは『fairy』の本社に足を踏み入れる。
…ここに入社することをずっと夢見ていた。
その第一歩になればいいと願いを込めて、あたしは闘志を燃やしながら試験会場へと向かった。


『fairy』の試験内容は他社とは一線を画していた。
まず一次試験が履歴書と小論文という文書のみの選考で、二次試験で、筆記試験と面接がある。試験はすべて英語で出題される。海外支店もある『fairy』では、あちらのスタッフとのやり取りも多いため、英語は必須とされていた。あたしは昨年インターンシップ研修をここで受けていて、その業務内容の難しさに正直、舌を巻いた覚えがある。
二次試験は問題なく終了した。あたしは大学2年間の間に英語についてはマスターしていた。類が、根気よくあたしの勉強に付き合ってくれたからだ。試験の結果は数日中に通知すると公示され、その場は解散となった。


それから、三次試験、最終試験と駒を進め、あたしは『fairy』の代表取締役社長である今坂友麻ゆま氏と二度目の対面を果たした。あたしはインターンシップ研修の際に、社長に一度ご挨拶していたけれど、彼女がそれを覚えているとは正直思っていなかった。
「昨年の研修で見たね。うちを志望してくれて、ありがとう」
大らかな笑顔は、厳しいアパレル商戦を勝ち抜いている敏腕の社長の片鱗を見せず、ただ自然にそこに在った。
『あなたは、うちのどの色が好き?』
唐突に投げかけられた問いかけは、英語ではなくフランス語だった。
『ブルーです』
驚きながらもフランス語で応じると、社長は大きく笑んだ。
『フランス語も話せるの? 履歴書には書いてなかったわよね。驚かせようと思ったのに!』
あたしもつられて、ふふっと笑う。
馬が合う…。そのような印象を抱くなんてどうかしているけれど、あたしは話をすればするほど、この快活な女社長のことが好きになっていった。

『fairy』から内定の連絡が来たのは、最終試験の翌々日のことだった。




ブログ村のランキングに参加しています。ポチッとお願いします☆

いつも拍手をありがとうございます! 頑張って書き進めています。
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/07/25 (Wed) 08:26 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんばんは。コメントありがとうございます♪

つくしには大きな葛藤があるんですね。
類との関係の再構築に努めたい一方で、夢を叶えるチャンスを掴み取りたい。
限られた時間の中で、多くをこなさなければいけない現実がありました。
彼女の努力は実を結びます。となると次の行動は……です。

ゆるいペースの更新で申し訳ありませんが、まだまだ続いていきます(;^_^A
どうぞよろしくお付き合いのほど…。

2018/07/25 (Wed) 21:41 | REPLY |   

Post a comment