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2-17

Category第2章 解れゆくもの
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花沢邸に再訪することを躊躇っているうちに、暦は10月へと変わった。
あの夜、類とは一緒にダイニングルームに行ったものの、彼は夕食の途中で離席して戻らず、気まずい別れ方になってしまっていた。
真悠子さんの帰宅は遅く、その日は結局会えなかった。彼女には、あたしと類の過去についてはすべて、彼に話し終えたことをメールで伝えておいた。
…例の一件のことは、誰にも話さなかった。
だけど数日が経ち、類の方から改めて連絡があり、あたし達は来週末の13日に会う約束を交わした。彼がマンションの中を一度見てみたいと言ったのだ。

事故以後、類の荷物には手を付けることなく、そのままの状態で残している。
『…できれば、記憶を取り戻したいから』
電話で、類はあたしにそう言った。
『そのために、自分にできることをしたいと思ってる』
類が自分の過去を知ってもそれを拒まず、さらには思い出したいと申し出てくれたことに、あたしは素直に喜びを隠せなかった。
彼は、あたしの存在を拒まないでいてくれたのだ、と。



就職試験の第一波が落ち着くまでに、内定をもらえたのは全体の2分の1だった。
あたしは、当初の希望通り、『fairy』に卒業後の進路を決め、最初に内定通知を出してくれた他社には、丁重に内定辞退の連絡を入れさせてもらった。
羽純ちゃんは第一志望の会社の選には漏れたが、第二志望の会社に縁あって就職が決まった。
あたし達の中で苦労したのは菜々美さんだった。彼女の場合、採用側のネックとなったのはその年齢だったのかもしれない。
それでもデザイン性、技術性には光るものがあり、彼女も校内コンペの上位者の常連だ。その実力が正しく評価されてほしい。彼女の熱意を汲み取ってもらいたい。
あたし達のその願いが通じたかのように、菜々美さんは最後に受けた会社から内定をもらうことができた。
かくして、あたし達は10月上旬のうちに就職活動を終えることができたのだった。 



先日は、卒業制作発表会となるコンペティションのテーマが、ついに学校側から公式発表された。表題は5年前と同じだという。
このテーマに基づいて、あたし達は作品のコンセプトを決めていく。

―新しい自分―。

あたしと菜々美さんが出展する、アパレルデザイナーコース。
羽純ちゃんが出展する、オートクチュール・ブライダルドレスコース。
そして、和装が出展される、ファッションテクニカルコース。

アパレルコースは4点、ドレスコースと和装コースは各2点ずつ、出展作を作製する。作製したものを、本人または代理人が着用してランウェイを歩き、その出来映えを全職員、卒業年次以外の全生徒で査定する。投票式で最高得点を獲得した人に最優秀作品賞が授与されるのだ。
履修コース毎に部門が設けられているため、あたしは羽純ちゃんとは競い合うことがない。菜々美さんとはライバルになる。…そして、館山さんとも。



「ねぇ、明日の夜、祝賀会しない? うちに泊まりにおいで」
菜々美さんがあたしと羽純ちゃんにそう切り出してきたのは、10月11日木曜日のランチタイムだった。彼女の内定が出たのは、つい昨日のことだった。
「いいですよ!」
羽純ちゃんが即答する。あたしも頷いて同意を示した。
菜々美さんのうちに泊まりに行くのは、今年の春以来だった。
「卒業したらそれぞれ仕事で忙しくなるだろうし、その前にたくさん思い出作っとこう!」
「何パーティーにします? たこ焼き? 鍋?」
「ここはやっぱり焼肉じゃない?」
菜々美さんの言葉に羽純ちゃんがニンマリする。彼女は見かけによらず旺盛な食欲の持ち主だった。
あたし達は持ち寄る物をメモしながら、あれこれと思案する。
楽しい計画に夢中になっていて、あたしは背後に近づいてきた館山さんの気配に直前まで気付けなかった。


「…つくしちゃん」
菜々美さんの少し固い声と目線に、あたしはパッと背後を振り返った。
「牧野さん。…ちょっと一緒に来てもらえないかしら」
館山さんはその目的には言及せずに、あたしに席を立つよう促す。
「待って、館山さん。…用件は?」
警戒心を顕わにした羽純ちゃんが、あたしの腕を掴んで行かせまいとしながら、彼女に鋭く問う。
「あなたには関係ないわ。山代さん」
館山さんは冷たく言い放ち、あたしに険しい視線を投げる。
「私がここでそれを言えば、牧野さんには困ったことになると思う」
「分かった。…廊下で待っててくれる?」
彼女の目的は何一つ分からなかった。だけど、この場で彼女と言い争っても、決していい結果には繋がらないことが予想できたから、黙って彼女の言に従うことにした。手早く荷物を纏めると、あたしは席を立った。


あたし一人では行かせられない、と、結局は菜々美さんと羽純ちゃんもついてきてくれた。館山さんはそれを見ても何も言わなかった。こっちよ、とあたし達を導き、足早に廊下を進んでいく彼女の背中にあたしは問いかける。
「用件は、何?」
彼女から短く返答がある。
「…あなたの不正に関すること」
―不正!?
咄嗟に言葉を失ったあたしとは対照的に、菜々美さんと羽純ちゃんはすぐ臨戦態勢に入る。
「一体、何を根拠にそんなことを言ってるのよ?」
「もちろん、証拠がある」

館山さんはあくまでも強気だ。
よほど自信を持ってそう言える何かを掴んでいる様子だった。
「一緒に校長室に来て。先生方にも見ていただくことになっているから」
あたしは訳が分からなかった。
以前すれ違いざまに吐かれた暴言は、やはり彼女からだったのだろうと思う。
『コネのくせに』
あたしに何のコネクションがあると、彼女は言いたいのだろう。
それでも、この世界においてコネや不正を疑われるとしたら、それは一つしか思い当たらない。

―八千代先生―。

あたしは小さく首を振る。
八千代先生には、今までいかなる口利きをもお願いしたことがない。それに、あたしのためだからと、先生が何らかの策を弄するとも思えない。
デザイナーとしての人生が、そのような姑息な手段でどうなるものでもないことくらい、先生は誰よりもよく分かっていらっしゃる。
だけど、それを他人が見ても同じように感じられるのかは分からない。



館山さんを先頭に、あたし達は連れ立って校長室に向かった。
菜々美さんは、館山さんとの間を歩いてあたしを守ってくれ、羽純ちゃんはあたしの腕を組むようにして歩いている。
校長室の前では、館山さんと親しい二人が、あたし達を待ち構えるようにして立っていた。澤谷さんと三河さんだ。
「先生方はもう揃っているそうよ」
「じゃ、入りましょう」
館山さんに促され、その場にいた全員が順番に校長室に入室した。
中には席についたままの校長先生と、講師の先生方が数人待っていて、それぞれが様々な感情をその目線に乗せてあたし達をじっと見つめていた。




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