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2-18

Category第2章 解れゆくもの
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「校長先生。まずは、こちらをご覧ください」
口火を切ったのは、やはり館山さんだった。
彼女が鞄から取り出したのは、よく見慣れた製図用スケッチブックだった。
先月、遺失物届を出し、あたしがずっと探していた物と同じ色の…!
「…それ…」
あたしが彼女の手元を指さすと、館山さんはまるで何でもないことのように言った。
「牧野さんの、よね」
「ずっと牧野さんが探していた物よ。なぜ、あなたが持ってるのっ!」
菜々美さんの鋭い声が走る。
「拾ったの。2日前、教材室で」
館山さんはあっさりと答えた。

―拾った? 本当に?

猜疑さいぎの目線を投げるあたし達を尻目に、彼女はそれを校長先生に手渡してしまう。校長先生はあたしに申し訳なさそうに目配せしながらも、丁寧な手つきでパラパラと中を捲って確認した。
「名前がなかったから、仕方なく中を見せてもらったの。筆致や文字の癖で、あなたの物だと分かった。…中を見て驚いたわ」
館山さんは自分の友人達を振り返り、数度頷きあってから次のように言った。


そこに描かれているデザインは、この学校の入学試験のときに出題された課題や、これまで行われた定期試験の回答になり得たこと。就職試験においても同じようなことが言えること。
デザインを描いた日付を修正した跡がないことから、それらが試験の行われる前に描かれたものであることは明白で、だからこそ、あたしが試験や課題の内容を、事前に不正に入手していたのではないかというのが、彼女達の主張だった。


「あなたは、『fairy』の会長の東八千代さんと、個人的に親しいんですってね?」
館山さんが友人に目配せする。
「私、見たんです。私の自宅の近くに東さんのアトリエがあって、牧野さんが度々そこに出入りしているのを…」
三河さんが先生のアトリエの近くに住んでいることを、あたしは知らなかった。
「牧野さんは、東先生からいろいろな情報を不正に得ていたんじゃないでしょうか? そうでなければ、そのスケッチの説明がつかないと思うんです」
館山さんの指摘に、あたしは驚いて言葉が出ない。
飛躍しすぎている、とまでは言えない内容だった。
それでも、あたしはそれが正しくないことを知っている。
菜々美さんも、羽純ちゃんも、息をつめて館山さんを凝視している。


「牧野さんは、これまで何度も校内コンペで表彰されてきましたよね? …私達が先生方にお伺いしたいのは、そこに何らかの作為がなかったのかということです」
館山さんは主張する。
「先生方は、彼女が東先生の関係者だと、最初からご存じだったんじゃありませんか? 東先生はここの卒業生です。校長先生とも懇意にされていたと記憶しております。…だからこそ入学の際にも便宜を図り、その後も好成績であるように取り計らった。…いかがでしょうか?」
先生方が困惑したように目線を交わし合うのを、あたしは不安な思いで見つめていた。ただ一人、校長先生だけが館山さんの発言に動じることなく、彼女をじっと見据えている。

「…それに、牧野さんのデザインは、本当に彼女自身が描いたものでしょうか? 実は、東先生が大いに手直しをされているのでは?」
館山さんは別の資料を取り出して校長先生に手渡す。追及はまだ止まらない。
彼女達にはおそらく、あたしに対する多くの疑念があった。
それらを噴出しきるまで、この苦痛の時間は終わらないのだろう。
チラリと視線だけ動かし壁時計を見れば、午後の講義はすでに始まっていた。


館山さんは最後まではっきりとした口調で、あたしの不正の可能性を主張し続けた。彼女が疑念のすべてを吐き出したのを見計らって、校長先生が口を開いた。
「館山さんが仰りたいことは分かりました。…公平に、牧野さんの言い分も聞きましょうか」
校長先生の口調が、決してあたしを責めるものでなかったことに救いを得ながら、あたしは反論をした。


東先生とは、高校時代の先輩を通じて懇意になったこと。
彼女からデザインの基礎を学んでいる時期があり、後にこの道に進むことを勧めてもらい、大学から転学するに至ったこと。
専門学校を受験する際に、不正な情報は得ていないこと。
入学後は彼女からデザインを学ぶことをやめ、親族のような付き合いを続けてきたこと。
『fairy』の就職試験を受ける際にも、不正な情報は得ていないこと。
そして先月、いつも持ち歩いていたスケッチブックを紛失し、遺失物届を出していたこと。

誰かがあたしの荷物を探った可能性については、結局触れずにおいた。
憶測はきっとあたしに有利には働かない。
今ある事実だけを見つめるべきだと信じて…。



「双方の主張は分かりました。この件は私の方で処理をします。全職員に聞き取りを行い、しかるべき調査をした上で返答をします。…牧野さん、申し訳ないけれど、このスケッチブックを預からせてもらっていいかしら」
あたしは頷く。
「返答する日は追って知らせます。それまでは悪戯に不確かな憶測を広めることはやめましょう。互いにこのことに関する議論をすることも禁じます。…よろしいですね?」
「「はい」」
あたし達は同時に返事をした。
校長先生にそう言ってもらえたことに密やかに感謝をしながら、羽純ちゃんと菜々美さんに支えられて、あたしは校長室を後にした。
その場に残った館山さん達が、さらに先生方に何を言い募ったのかは分からない。でも、その内容はもう聞きたくもないし、知りたくなかった。




「信じられない…。スケッチブックを盗んだのが館山さんだったなんて…」
教室に戻る途中、羽純ちゃんが洩らした言葉にあたしはギョッとした。
「は、…羽純ちゃん、それは、まだ分からないんだよ」
「だって! どう考えたって変じゃないですか? あのとき、クラスの全員にスケッチブックのことは訊きましたよね? 白々しく拾っただなんて…っ」
次第に大声になっていく羽純ちゃんを、あたしは必死に宥める。
確かに、あたし達はあの日、クラスメート全員の前で探し物をしていることを話した。全員と親しいわけではなくとも皆一様に頷いてくれ、見つけたら連絡すると請け負ってくれた人もたくさんいた。館山さんも、彼女のグループの子も、その場にいたのを覚えている。

「校長先生は憶測を広めたらダメだって仰ったよね? 今は黙っていた方がいい」
「でも…」
「羽純、わたしもそう思う。すごく悔しいけど、ここは耐えましょう」
怒りに震える羽純ちゃんの肩を、菜々美さんが優しく抱く。
「つくしちゃんの傍には、わたしがずっとついているから」
菜々美さんは力強くあたしを励ます。
「だから、つくしちゃんは絶対うつむかないで! 先生方はきっと不正がなかったことを明らかにしてくださる」
「悔しい…っ」
羽純ちゃんは小さく唸るように言う。
「つくしさんが頑張ってきたのを、ずっと傍で見てきました。東先生の手直しがなかったことは、私達が証言できます。…だって、つくしさんは私の目の前であのデザインを描きました」

あたしは羽純ちゃんを見る。その瞳に浮かんだ色に、あたしは、今まで見たことのない羽純ちゃんの素の感情を見た気がした。
「…その才能に、どれほど、私が嫉妬したか分かりますか?」
「嫉妬…?」
羽純ちゃんにはおよそ似つかわしくない単語を耳にし、オウム返しに呟いてしまう。
「デザインだけじゃなく、話をしていれば自ずと分かります。つくしさんのインスピレーションを、心から尊敬しています。だからこそ羨ましくて……何度も嫉妬しました」
「わたしもよ、羽純」
菜々美さんの言葉にあたしはさらに驚く。
「最初につくしちゃんの描いた作品を見たとき、なんて柔らかな筆致で描くんだろうって思ったの。デザインに込められた愛情みたいなものを感じて…。とても勝てないって思った」


それはあたしも同じだった。
菜々美さんのデザインには、自由と、華やかさを。
羽純ちゃんのデザインには、細やかさと、艶やかさを。
自分にないものを相手のデザインの中に認めて、あたし自身も彼女達の才能に何度も嫉妬してきた。だけど、その負の感情を上回るほどのたくさんの楽しい思い出があって、あたし達はよきライバルであり続け、よき友人であり続けた。

デザインだけに限らない。人は誰しもそうなのじゃないだろうか。
自分にないものを相手に認めれば、どうしても羨望や嫉妬の感情は湧き起こるもの。要は、それをよりよい未来に邁進するための力に変えることが出来さえすればいいのだ。


「…館山さんも、そうなのかもしれないわね」
菜々美さんがポツリと漏らす。
「つくしちゃんに嫉妬して、その感情が行き過ぎてあんなふうになってしまったのかも…」
あたしに対して向けられた、あまりにも鮮烈な敵意。
館山さんだけじゃない。澤谷さんも三河さんもおそらく一様にそう思っている。
彼女達があたし自身のことをどう思おうと構わない。
だけど、八千代先生にかけられた嫌疑だけは晴らしたい。
それだけは絶対に譲れない点だった。



午後の講義にはもう戻る気になれなかった。
三人が三人ともそういう気分になり、揃って早退届を出して、あたし達は学校から離れたところにある人気のカフェに向かった。カフェでは、いつもは頼まない甘すぎるスイーツを頼んで、それを三人で分け合って食べた。
つらい話題はもう口にしなかった。あたし達は思い出話に花を咲かせ、これからの社会人生活への期待と不安を吐露し、大いに笑いあった。
いつか技量を身につけたら、独立して三人で会社を興してもいいね、なんて菜々美さんが言うので、あたしと羽純ちゃんはマジマジと顔を見合わせてしまった。
でも、素敵な夢だと思った。
二人が傍にいてくれてよかった。心からそう思う。


次の日、いつものように登校したあたしを見つめるクラスメートの目線は、ひどく冷たいものに変わっていた。
館山さん達は、校長先生の言いつけを守らなかったのかもしれない。
英徳でのつらい虐めの経験がにわかに甦り、あたしに嫌な汗をかかせる。
だけど、あたしはうつむかない。
あたしは、何一つ間違ったことはしていない。
それを信じてくれる菜々美さんが、羽純ちゃんがいてくれる。
目には見えない敵意と闘うには、ただ、それだけで十分だった。

結局、その夜に菜々美さんのうちに泊まる計画は流れてしまった。
妹さんの体調が悪くなってしまったらしい。
あたしは異様に疲れた体を引きずりながら、午後7時頃マンションに帰った。
簡単に夕食と入浴を済ませた後、持ち帰った卒業制作の1点目の手直しを黙々と続けた。



最近ではほとんど鳴ったことのないインターフォンが、唐突に来客を告げたのは、午後11時を過ぎた頃だった。あたしはびくりと身を竦ませて時刻を確認し、壁に備えられた機器に近づいて恐る恐る画面を見た。
このマンションには、1階のフロアにコンシェルジュが24時間体制で常在している。そのコンシェルジュから来客の連絡がなかったということは、相手はこのマンションの住人である、ということだ。
だとしたら、今のこの状況は…?
「……類」
玄関ドアの前に立ち、あたしの応答を静かに待っているのは彼だった。
思わず呟き、口元を覆ってしまったあたしの耳に、もう一度類の鳴らしたインターフォンの音が響いた…。




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いつも拍手をありがとうございます! この回はキリが悪くて長くなりました…(;^_^A
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2 Comments

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2018/08/02 (Thu) 11:48 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんにちは。コメントありがとうございます。
酷暑ながらなんとか夏バテせず、毎日頑張っています…(;^_^A

デザイナーの世界に限らず、競争社会においてはいつでも嫉妬がトラブルの種になりますね。
どんなに親しい間柄でも、嫉妬の感情は誰にでも湧き起こるものだと思います。嫉妬を抱く自分を律してこその成長、ということをつくし&菜々美&羽純に表してもらったつもりです。

その夜、類が訪ねてきたことで、つくしの状況はさらに一転します。
第2章も中盤です。今後の展開は管理人としてもドキドキなのですが、どうぞこのままついてきてくださいませ。

2018/08/02 (Thu) 15:23 | REPLY |   

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