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樹海の糸 ~1~

Category『樹海の糸』
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Coccoの『樹海の糸』をイメージソングとしています。

『駄文置き場のブログ』の星香様に寄稿する際の原文となったものです。
Long Versionは第11章まであります。Short Versionとエンドは同じです。




~1~


「男でしょう!? 好きなら追いかけなさいよ!」
夢を叶えるため、多くを置き去りにパリへと旅立ってしまった静さん。
幼少時から彼女のことが好きなのに、想いを打ち明けることなく、一人ひっそりと彼女の背を見送った花沢類。
空港のロビーで、あたしはそんな花沢類を叱咤した。
彼が好きだったから。
…好きだったからこそ、彼に後悔をしてほしくなかった。
「ありがとう。…牧野」
あたしなんかに言われるまでもなく、花沢類は自分で次の便のチケットを購入していた。そうして彼も行ってしまった。
…あたしの額にキスをひとつ残して。


「…パリってどんなとこかなぁ」
昼休み、あたしはいつもの非常階段でお弁当を食べながら、独りごちる。
見上げた空は抜けるほどに青い。
彼はもう遠い異国の空の下だ。
…そして、静さんと一緒にいるはずだ。
あたしは失恋の痛みから抜け出せないまま、連綿と続くだろう灰色の学園生活を思って、ため息を落とした。

「いいところだよ。…いつか一緒に行こうよ」
思わぬところから声が返って、しかもその声の主が誰であるかもすぐに分かって、あたしは飛び上がるほど驚いた。
「うぇっ? はっ、はっ、花沢、類っ?」
階段を昇ってきた花沢類は、目を白黒させて慌てふためくあたしの顔を見るなり、盛大に吹き出した。
「…ぷっ。すっげー顔! それに弁当ひっくり返ってるよ?」
膝の上に広げていたお弁当は、床の上に見事に逆さまになっていて、すでに食べられない状態になっていた。
「あっ…。まだ半分しか食べてないのに…」
花沢類は、「ごめんね?」とひと言謝ってくれて、そっと近くに腰を下ろした。

「そんなに驚くこと?」
「…当たり前じゃない。だって空港で見送ったのはほんの3日前だよ!」
往復の時間を考えれば、パリに滞在していたのはごくわずかな時間だろう。
それですべてが事足りてしまったとは思えなかった。
あたしの逡巡をよそに、彼はパリに着いてからの経緯を訥々と話してくれる。
黙って聞いていたあたしに、数分後、彼はあっさりと核心を告げた。
「…静に再会したときに理解したんだ。俺が静に抱いていたものは、恋心じゃなくて憧れだったってことをさ」 
咄嗟に花沢類の顔を見上げてしまう。
透き通った彼の瞳と、ぱちっと視線がかち合う。

「…パリへ向かう間、何度も、何度もあんたの顔が目に浮かんだよ」
あたしは二の句が継げない。
体は石みたいに固くなっているのに、心臓は破裂しそうなほどバクバクしていて胸が痛かった。
「今日もまた怒ってるんだろうな、とか、…もしかしたら泣いてるんじゃないか、とか」
「あたしは大丈夫! …雑草のつくしだから」
花沢類はふんわりと微笑んだ。
あたしはその秀麗な微笑にそっと見惚れる。
「静に言われたんだ。自分が今、本当に会いたいと思うのは誰なのかって」
そうして、彼はあたしをじっと見つめる。
初めて知る、熱を帯びたその視線に、あたしは驚かされる。

「牧野に会いたいって思った。俺、…あんたのことが好きなんだと思う」
花沢類の唐突な告白に、あたしの思考回路は完全にショートした。
「…俺と付き合って?」
そう言われても、あたしは自分の気持ちがまるで現実に追いついていないのを理解する。
「あの、えっと…少し考えさせて。気持ちを整理したいから…」
「明日もここで会える?」
そう問うた彼に、あたしは不自然なくらいに何度も頷いてしまって、また彼を笑わせた。


まるで夢を見ているような気分だった。
…違う。荒唐無稽すぎて、実感がわかないんだ。
花沢類がパリから戻ってきて、…それで、あたしを好きだと言ってくれた。
すべてにおいて完璧な静さんではなく、本当の意味で何も持っていないあたしを。
本当に? なんで?
ビー玉のような美しい瞳に恋をしていたあたしの、その淡い想いが成就することはあり得ないと思っていた。


彼の想いに応えたいと思う気持ちと。
まだそれを完全には信じきれない気持ちと。
彼に相応しくない自分を恥じる気持ちと。
彼を取り巻くものとの今後の折衝を厭う気持ちと。
あたしの心の中を、様々な感情が駆け巡る。
だって、あたし達はまだ互いの存在を認識して日が浅くて。
彼の中で積み上がった静さんへの恋心が、あたしの存在であっさりと昇華するとは思えなくて。

―断ろう。
最終的にあたしが出した答えはそうだった。
きっと一時の気の迷いだよ。
現実に立ち返れば、あるいはあたしの実態を知れば、彼は早晩離れていくだろう。
そのときに深く傷つくより、いま傷が浅いうちにこちらから離れてしまう方がいい。
あたしにはそう思えた。


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