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2-21

Category第2章 解れゆくもの
 2
2-20は、限定公開記事でした。
お読みにならない方のために、以下にあらすじを記載しておきます。
その後、2-21へと読み進めてくださいね。



2-20のあらすじ

類は、つくしのネックレスに通された男性用の指輪が、かつての自分の物であることに気付きます。彼の求めに応じて、つくしは指輪を彼に返しました。
つくしが類の熱情を受け入れたことで、二人は再び深い関係を結ぶようになります。
以下、2-21に続きます。




翌朝、いつもより遅く目を覚ましたとき、隣に類の姿はなかった。
邸宅の運転手さんに朝の迎えを頼んでいたということは、今日も仕事なのだろう。
それが分かっていても、こうして一人、ベッドに残されたままでいると、昨晩のことが一夜限りの夢だったかのように思えてくる。
だけど、彼と過ごした時間が夢ではなかったことは、ひどく重怠い下腹部や、無数に散らされた胸元の情痕によって強く意識させられた。

自分を見失ってしまうほど激しく求め合ったのは、これまでにない経験だった。
あたしは、自分がいつ意識を飛ばしたかを覚えていなかったし、あんなに乱れた姿を晒したのも初めてだった。
…彼がここに戻ってきてくれたことが嬉しいはずなのに、どうして、こんなに胸の奥がざわつくんだろう…。
のろのろと身を起こしてバスルームに向かい、あたしは熱いシャワーを浴びた。


リビングに戻ると、携帯電話の下に一枚のメモが挟んであった。
『仕事に行ってくる。今夜もここに戻る。』
急いで走り書きをしたのだろう。
少しだけ形を崩した彼の字は、あたしには見慣れた筆跡で…。

『失った時間はもう取り戻せなくても、あんたと一緒に生きていけたらって…』
昨夜の彼の言葉が脳裏にリフレインする。
それはあたしも同じ気持ちだった。
彼が失くした記憶の中には、忘れたくない思い出もたくさんある。
だけど、大事なのは過去よりも今だ…。
また二人で同じ未来を見ることができるのなら…。
彼の残したメモを胸に引き寄せ、あたしはまた少しだけ泣いた。



携帯電話には数件の着信履歴が残っていた。
いずれも八千代先生からだった。
折り返しの電話を掛けると、先生はすぐ応答してくださった。
「牧野です。ご連絡が遅くなりました」
先生から本題を切り出される。
「校長先生から連絡がありました。学校では大変なことになったようですね」
「…ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」
先生はごく冷静に、確認のためだと、あたしに事の発端と経緯についての詳細を説明させた。


話を聞き終えた後、先生は大きくため息をつき、こう仰った。
「スケッチブックはやはり盗まれたと考えるべきでしょう。残念ながら、珍しいことではありません。表立っていなくても、そうしたトラブルはこれまで何度もあったのです。…あなたには、もっと身辺に注意するようにと伝えておくべきでした」
あたしはそうした現実に落胆しつつも、そのことによって、先生が不名誉な嫌疑をかけられてしまったことを謝罪した。
「館山さん達は、先生の口利きによって、わたしが不正に入学試験や入社試験をパスしたと考えています。好成績であるのもそのためだろうと。…そして、そのことを周囲にも広めてしまったようなのです」
あたしの目に悔し涙が浮かぶ。
憶測を広めないようにと校長先生は釘を刺してくださったのに…。

一瞬の沈黙の後で、八千代先生がふっと笑ったのが分かってあたしは驚いた。
「…あの、先生?」
「つくしさん、安心なさって。不正がなかったことの証明はおそらく可能です。…少なくとも『fairy』の入社試験に関しては」
先生は仰る。『fairy』には、元より縁故入社を阻止するためにいくつかの方策が講じられているのだと。
「現社長の今坂は、純粋に実力主義を貫きたいのです。しがらみを嫌う彼女らしい主義だと思いますがね。学校からの要請に対しては、必ず試験の公平性についての説明がなされると思います」
あたしはホッと胸をなでおろす。

憧れだった『fairy』への入社。
そこに自分でも望まない作為があったとは信じたくなかった。
真に技量を見込まれ、社に戦力としての働きを期待されたからだと思いたかった。


「校長先生方は、学校の威信にかけて不正がなかったことの証明をしてくださるでしょう。以前に考案されていた対策法が運用されていれば、デザインの類似性については客観的な分析が可能なはずです」
先生は対策法の詳細については明かしてくださらなかった。
そして、物事は、それが“あった”ことの証明をするより、“なかった”ことの証明をすることの方がより難しいのだと重ねて仰った。
「…学校におけるデザインの評定はともかくも、つくしさんへのわたくしの関与の有無については、実は証明が難しい部分です。なかったことを訴えても、相手の方々は納得されないかもしれません」
あたしは頷く。

「ですが、この世界は実はデザインだけがすべてではありません。制作のための技量、コーディネートのセンス、アピール方法など、必要とされる力は実は多様です。この部分は、他人の関与があろうとなかろうと、ごまかしの利く部分ではありません。話をしていれば自ずと分かることですからね」
八千代先生はあたしを力づける。
「卒業コンペでは最優秀作品賞を目指しなさい。…あなたならきっと獲れます」
「…はい、先生」

あたしも、結局はその結論に行きついていた。
コンペの結果によって卒業の可否が決まるわけではなくても、そこで好評価を受けることは今後の自信へと繋がっていくだろう。
あたしにとっては、汚名を雪ぐ絶好のチャンスになるはずだ。

「その後、類さんの様子はいかがですか?」
電話の最後に、先生は類のことを訊いた。
あたしは、このタイミングでその名が出たことにドギマギした。
昨日からの急展開のことはとても話すことができないけれど、共に生きる意志を確認し合ったとだけ伝えた。
「彼の記憶はまだ戻りませんが、これからのことを一緒に考えていこうと二人で話し合いました」
「…そう、それならよかったわ」
先生の声は少しだけ震えていて、彼女もずっと類のことで胸を痛めてくださっていたんだと改めて思った。あたしは丁寧に礼を述べると、先生との会話を終えた。



電話の後、あたしは室内の掃除をしてから買い物に出た。類が帰ってくる時間は分からないけれど、夕食は二人分作っておくつもりだった。
買い物から戻ったタイミングで、今度は真悠子さんから電話がかかってきた。
昨日、類は邸に戻らなかった。…それが意味するところを、真悠子さんは確認しておきたかったのだろう。
あたしは、八千代先生にお話ししたのと同じように、類との会話の内容を伝えた。
「…つくしさん、ありがとう。類のことを待っていてくれて…」
あたしの話を聞きながら、真悠子さんは電話口で静かに泣いていた。
「ずっとつらい思いをさせて…、本当に申し訳なかったわ」
問題が全て解決したわけではなかった。
それでも、あたしにとっては大きな前進があったのだと、そのときは思っていた。



メモの伝言通り、類は夜になるとマンションに戻ってきた。
「お帰りなさい…」
玄関で出迎えたあたしに、類はごくわずかに微笑んで応えた。
「…ただいま」
顔を合わせれば昨夜の濃密な交わりが如実に思い出されて、カァッと頬が火照るのを感じた。彼の方はそのような素振りはなく、まったく平然とした様子で部屋に入ってくる。
時刻は午後9時を過ぎていたけれど、まだ食事をとっていないと話す彼に、あたしは取り分けておいた料理を温めなおし、彼が食べられる分量だけを準備した。
彼からは話を振られることがなかったので、あたしはテーブルの向かいに座って縫製作業を進めながら、他愛のない話をして沈黙の解消に努めた。
類はあたしの話に相槌を打つでもなく、夕食の内容に何を言うでもなく、無言のままいつものように美しい所作で食事をし終えた。


彼が入浴している間に皿洗いをしようと、あたしはキッチンに立った。
だけど、彼はバスルームには向かわなかった。
皿を洗うあたしに背後から近づき、ゆるく抱きしめ、その作業を中断させた。
類は耳元で囁く。低く、…甘く。
「一緒に入ろ」
両手をお腹の前にクロスさせ、項に唇を寄せて、彼はあたしを誘う。
「えっ…あの…ちょっと待って…」
以前の彼なら、家事を遮ってまで、そうした行動に出てくることはなかった…。
「も、もう少しで終わるから…」
そう言っても、類はあたしから離れない。
洗剤の泡がついた皿を手早く洗い流しながら、昨日から類の言動に翻弄されてばかりいる自分に気づく。意識が戻った後の他人行儀だった態度から、むしろ甘えるようにもなった態度の変遷にただ戸惑う。

―やっぱり、何か、違う。
昨日から感じている、ごくわずかな齟齬そご
何がどう違うのかを的確に指摘できなくとも、無視できない違和感がそこにはあって、あたしを苦しくさせる。
強いて言うなれば、薄氷を踏むような危うさだろうか…。

わずかに、作業の手が止まってしまう。
あたしの意識が他に向いたことが分かったのだろう。類はあたしを抱く左腕に力をこめて意識を自分に向かせ、右手で流水を止めた。
「あ…」
「…もう、いいよね」
まだ、と答えようと彼を振り仰いだ次の瞬間には、唇を塞がれていた。
「……んっ…」
思わず後ろ手についたキッチン台から払い落としたスプーンが、シンクの中に落ちて嫌な音を立てた。

エプロンのボタンが外され、バサリと音を立てて下に落とされる。
彼の手が、ニットセーターの下にするりと滑り込んでくる。
深い口づけはあたしの思考を急速に鈍らせ、あたしはそれ以上を考えることができなくなった…。




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2 Comments

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2018/08/07 (Tue) 12:54 | REPLY |   
nainai

nainai  

uz様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
励みになります~(*´ω`*)

“後ろからギュッ”は、自分としても好きなシチュエーションです。
これにダークさがなければ文句なしなのに…。⇒自分で書いておいて…(;^_^A

シンクに落ちたスプーンは、不穏さの象徴として描きました。
つくしの感じている違和感は次第に明らかになってきます。
最後まで、どうぞよろしくお付き合いください。

2018/08/07 (Tue) 20:19 | REPLY |   

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