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2-22

Category第2章 解れゆくもの
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思いがけず、あたしと類の同棲生活が再開した。
類の帰宅は翌日の仕事の都合にも左右されたけれど、概ね邸宅ではなくマンションの方に戻ってくることが多かった。そして帰ってきた日は、どんなに遅い時刻であっても、彼はあたしを抱いた。
それが互いを慈しむような穏やかなものではなく、深い快楽を追い求めるような激しい交わりだったことが、卒業制作に尽力するあたしの疲弊に拍車をかける形になった。

相変わらず、類はあたしに多くを語らなかった。
時折は微笑を見せてくれるものの、無表情に仕事の資料を眺めているか、考え事をしていることが多かった。
それは、抱き合っているときでさえも同じで…。
だから彼が何を考え、何を感じているのかについては推察する他なかった。
たぶんその頃の彼は、外には吐き出せない多くの苦悩を抱えていた。大部分は会社のことで、出社する前の陰鬱な彼の面もちを見ればそれは明らかなように思えた。
あたしの温もりを欲することで、一時的にでも、彼が心の安寧を得られるのならそれでもいい、と思っていた。

類は自分のことを話さなかったけれど、同様にあたしの話を聞くこともしなかった。学校と家とを往復する生活を送るあたしには、挙げる話題にはどうしても学校のことが多くなる。
八千代先生との出会い、英徳大学からの転学、『fairy』の就職内定については、すでに話してあった。あたしの日常をもっと知ってほしくて、学校であったことなどを話そうとするとき、決まって彼の表情は暗くなり、その反応は薄くなる。
…彼は聞きたくないのだ、と理解できたときの寂しさは、言い表しようがないものだった。


…そう。あたしは、寂しかった。
二人でいるのに、彼と気持ちを共有できないことが。
二人でいるのに、まるで会話が噛み合わないことが。
彼と分かち合うのが、抱き合った末の快楽だけであってほしくはないのに…。
それでも、あたしを愛せたらと言ってくれた彼の言葉を、あたしは信じていた。


求められるたび彼を受け入れながらも、あたしは過去と今との齟齬に静かに苦悩し続けた。
―以前の類だったら…。
そう思うこともしばしばで、だけどそれは許されないことのような気がして、あたしは物思いに沈むことが多くなっていった。
内容が内容なだけに、誰にもそのことを相談できなかった。
どれほど心親しい優紀にさえ。
そうした奇妙な閉塞感と孤独感が、事態をより深刻なものへと発展させていったように今では思う。




館山さんの告発に対する学校側の回答があったのは、10月26日の講義終了後、事の発端からちょうど2週間が経過した頃だった。あの日、校長室にいた生徒全員を召集し、校長先生は説明を始めた。
「では、まず、学校としての回答を行います」
校長先生は開口一番、調査に2週間もの時間を要したことを謝罪した。
あたしは後日、先生の要請に従って、保有するすべてのスケッチブックを学校側に提供していた。過去2年半の記録を精査するには、膨大な時間が必要だっただろう。


そうして、驚くべきことが明らかにされた。
学校がデザインの課題提出の際に、生徒に使用を義務づけているパソコンのソフトウェアには、独自の解析機能が付いていること。そのデータを細かく分析することで、他の作品との類似性を容易に比較検証することができるのだという。
もとは、デザイン盗用の可能性を探るために開発されたソフトであるらしい。
「まず、牧野さんのスケッチブックに描かれたデザインと、彼女が実際に学校に提出したデザインを比較検証しました」
講師の一人が、ホワイトスクリーンにあたしのデザインを映写する。

「その結果、その類似性の平均は35%でした。…この意味が解りますか?」
あたし達は一様に首を振る。
「つまり、牧野さんが実際に提出したデザインのほとんどは、そのスケッチブックから転記されたものではないということです。これは入学試験も通常の試験も同様です。課題提出の際に思案し直すことが多かったのでしょうね? …ここで館山さんのデザインについても、同じ方法で検証をしてみました。その類似性は79%です。普通はこういう結果になることが多いのです」
校長先生は話を続ける。

「では、次に、別の検証の結果を示します。右が牧野さん、左が館山さんのデータです」
表には数字が並ぶばかりで、正直それらが意味することは解らない。
「この数字は生徒のデザインの嗜好を表します。どんな色を好むのか、またどんな模様を好むのか、などですね。この数字が近ければ近いほど、嗜好に類似性があると判断されます」
あたしと館山さんの数字はほとんどが違っていた。
「ここに、東八千代さんの過去の発表作品のデータを持ってきます。…これで解りますか?」
「…私の方が、数字が近いんですね」
館山さんが硬い声を発するのを、あたしは黙って見つめた。


校長先生はホワイトスクリーンを片付けさせ、話を続けた。
これまで評定に関与した講師の中に、あたしと八千代先生の関係性を知っていた者はいなかったこと。
また八千代先生からも、入学以後、あたしにデザインの指南は行っていないと回答があったこと。
過去実施されてきた校内コンペの評定に関しては、優秀作品の選定を無記名方式で行っているため、偏った評価は生まれにくいこと…。


「『fairy』の人事担当者様からも、次のように回答をいただきました」
校長先生は、会社から送られてきた回答書を手元に置き、その文面を読み上げた。
曰く、人事採用に関しては、会長である東八千代は元より関与していないこと。
試験課題となるテーマは、試験当日パソコンによって無作為に抽出された番号に基づき決定されるため、事前に不正に得た情報で準備をして試験に臨むことはできないこと。
あたしの採用に関しては、デザイン性や技量だけでなく、英語とフランス語を話せるという堪能な語学力も評価したということ…。


校長先生の話が進むにつれて、自分に優位な情報ばかりが明らかにされ、あたしは気分が高揚するのを抑えられなかった。
それは両隣にいる菜々美さんや羽純ちゃんも同じだったようで、話を聞き終える頃には彼女達の表情は満面の笑みへと変わっていった。
対する館山さんは恐ろしく無表情だった。
これらの説明にもまだ納得できないのか、事態を大きくしてしまったことを悔いているのか、握りしめた拳を小刻みに震わせ、唇を強く噛みしめたまま校長先生を凝視している。
彼女の友人達はむしろ動揺の方を大きくしていて、顔面を蒼白にしながらオロオロと手を取り合ったりしていた。


「…説明は以上です。結論としては、牧野さんの不正行為は認められなかった、というのが回答です」
校長先生は、決して館山さん達を責める口調ではなく、穏やかに話を収束させていくつもりのようだった。
「できるだけ詳細に、客観的に調査したつもりです。…まだ何かお聞きになりたいことがありますか?」
館山さんは、いえ、と小さく返答する。
「いろいろと誤解が生じていたようですね?」
「…はい。私の浅慮により、先生方には大変失礼な物言いをしてしまい、本当にすみませんでした」
館山さんは、校長先生に、立ち居並ぶ講師達に向けて深く頭を下げる。
彼女はすぐさまあたしにも向き直ると、同じように深く頭を下げた。
「…牧野さんも、不快な思いをさせて、本当にごめんなさい」
「いえ…」
あたしには、そうした彼女の潔さがむしろ印象的だった。

校長室を退出する直前、校長先生はあたしにスケッチブックを返却してくれた。
「調査のためとは言え、勝手に中を見てしまって、本当に申し訳なかったと思います」
「いえ、あの、…わたしの不注意が招いたことです。先生方には調査のためにお時間を割いていただいて、本当にありがとうございました」
やっと手元に戻ってきたスケッチブックをしっかりと胸に抱き、あたしは校長先生達に深々と頭を下げた。
そうして、様々な思いを抱えたまま、あたし達は校長室を退室した。


あたしには、どうしても分からない点が一つだけあった。そのことを確かめたくて、足早に立ち去ろうとする館山さんの背に、思い切って声をかける。
「あの、館山さんっ!」
その声にピタリと足を止めたが、館山さんはあたしを振り返らなかった。澤谷さんと三河さんは、そんな彼女とあたしとを困惑の眼差しで交互に見つめている。
「一つだけ、訊きたいことがあるの」
「…なに?」
彼女は低い声音だったけれど、それでもあたしの質問に返答してくれた。
「スケッチブックを拾ったときのこと、詳しく教えてほしいの。…訊きたいのはそれだけだから」

館山さんはあたしを振り返った。その目線にはあたしに対する負の感情が顕わで、彼女が先ほどの校長先生の説明に芯から納得はしていないことを窺わせた。
「……私が盗んだと、言いたいんじゃない?」
彼女の気迫に押されつつも、あたしは怯まずに言葉を返す。
「あたしは本当のことが知りたいだけ。あなたが拾ったというなら、それを信じるから話して」
館山さんは逡巡する様子を見せたが、やがて一つため息をついて、質問に答えてくれた。




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校長先生が説明した解析ソフトが実在するかは分かりません💦 現代のIT技術なら可能かもしれない…という管理人の空想の産物ゆえ、ご了承くださいませ。
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