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2-23

Category第2章 解れゆくもの
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館山さんは語る。彼女の真実を。
「…10月9日の夕方、ある人が教材室に入っていくのを見かけたの。その人は部屋に入ると、ものの数秒で何も持たずに部屋を出てきた。そんな時間に、いったい何の用があったのかと思って、私も後から部屋に入ったの」
―ある人―。
彼女ではない第三者の存在に、にわかに緊張を覚える。
「教材室は無人だったし、一見して何も変化がないように見えた。なんとなく棚を見てみると、無造作にスケッチブックが置かれているのに気付いた。先月あなた達がスケッチブックを探していたのは知っていたし、それが牧野さんの物だろうというのは、何となく察しがついたの。…その人が、それを置いたんだろうってことも」
「…なんで、すぐに届け出なかったのよ」
羽純ちゃんが怒りを抑えた声で問う。

「…もう今更だから、正直に言うけど、あなたと東八千代先生との関係についてはずいぶん前から知ってたの。三河さんがアトリエに出入りする牧野さんを見たのは本当よ。…あなたの作品は群を抜いたものが多かったから、本当の実力じゃないんじゃないかって疑う噂は以前からあって…。東先生のことを知ってからは、私も先生の関与を信じて疑わなかった…」
館山さんの言葉は率直で、そこには偽りを感じなかった。
「そんなときに、あなたのスケッチブックを見てしまって…。その内容に……ひどく嫉妬したの。本当に学生の考えた作品なんだろうかって。…それを見てからは、あなたが不正な手段で好成績を収めていると、強く思い込むようになった。スケッチブックは告発の証拠になり得ると思ったの。…すぐ届け出なくて、悪かったと思ってるわ」

―嫉妬。
その単語を聞いたとき、あたし達三人は思わず顔を見合わせてしまった。
奇しくも、菜々美さんがその可能性を指摘していたことを思い出したのだ。


「…あの、ある人って?」
館山さんは、今をもって、相手についての詳細に触れていなかった。
彼女は言い淀む。
だけど、あたしの目線に促されるようにして、やっと口を開いてくれた。
「…遠目で、相手は後ろ姿だったし、顔ははっきり見ていないんだけど…」
彼女はその名を告げた。
「…あれは、梶山君だったと思う」
あたし達のクラスメートであり、羽純ちゃんの交際相手だった彼…。
「えっ!?」
「…嘘っ…そんな…」
あたし達の間に大きな衝撃が走り抜けた瞬間だった。


館山さんはあたしにもう一度謝罪して、今度こそ立ち去った。
あれほどあたしと敵対していた彼女だけれど、その口調は真摯で、嘘を言っているようには思えなかった。
それだけに、その場に残されたあたし達の困惑は深かった。
とくに羽純ちゃんは…。

彼女は入学してすぐ梶山君と付き合い始めたけれど、二学年次を修了する前には二人は破局していた。
…原因は、梶山君の心変わりだったと聞く。


「梶山君に確かめます!」
今にも泣きそうな顔で走り出そうとする羽純ちゃんを、菜々美さんが慌てて引き止める。気の強い彼女がそんな顔をするのを、あたしは初めて見た。
「家まで行く気なの!? やめなさいっ」
「…でも…」
羽純ちゃんは唇を噛む。ややあって、こう言った。
「…わたしのせいかもしれません」
「どういうことなの?」

羽純ちゃんを責める気持ちは全くなかった。
彼女が、あたしに不利益になるようなことを意図的にするはずがない。
彼女を信じている。どんな時でも。その気持ちが揺らぐことはない。


「ずっと前ですが、彼に話したことがありました。つくしさんのスケッチブックのこと…。素敵なデザインがつまってるんだって。わたしは、つくしさんの作品が大好きだったから…」
羽純ちゃんはあたしに頭を下げる。
彼女のそんな姿を見るとひどく胸が痛んだ。
「盗まれたのかもしれないと思ったとき、以前に彼がそれを見てみたいって言ってたのを、思い出してはいたんです。もしかしたら…って。でも本人を問い質す勇気がなくて…。館山さんが持っていたことが分かったから……わたしは、てっきり盗ったのは彼女だと…」
語尾が涙声に変わる。あたしは羽純ちゃんを抱き寄せていた。
「羽純ちゃんのせいじゃない。…もし仮に、きっかけがそうだったとしても、羽純ちゃんは悪くない」
「でも…っ」
「梶山君に話を聞いてみよう。…まずは、それからだよ」



校長先生の招集自体が講義終了後だったので、学校近くのファストフード店に梶山君を呼び出したときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
梶山君は、姿を見せたときからすでに顔色が悪かった。羽純ちゃんは真っ赤に泣き腫らした目で彼を睨みつけていた。一番冷静な菜々美さんが館山さんから聞いた話を彼に聞かせると、膝に置いた手をガクガクと震わせながら、彼はあたしに頭を下げた。
「…館山さんの話の通りです」
「なんでっ、…なんで、そんなことしたの…っ」
羽純ちゃんが声高に叫ぶ。店内の客の目が一瞬こちらに集まる。
あたしは羽純ちゃんの肩を抱き、気持ちを落ち着けさせてから、話を再開した。
「…最初から、持って行ってしまうつもりだったの?」
盗む、という言葉はあえて使わなかった。

「信じてもらえないかもしれないけど、本当にそんなつもりはなかったんだ…」
梶山君の話はこうだった。彼は6月頃からスランプ状態にあり、ずっと満足のいく作品を仕上げられずにいたという。
就職試験が始まる9月を迎え、焦燥と苛立ちがピークに達する頃、ふとした出来心からあたしのスケッチブックを見てみようと思ったらしい。羽純ちゃんが絶賛していたデザイン画を見てみれば、何か自分も得るものがあるかもしれないと思った、と。
「見たらすぐ戻すつもりが、クラスメートが戻ってきて…。様子を窺ってたら、牧野さんにスケッチブックがなくなったことに気づかれてしまって、返すタイミングを失ってしまったんだ…」
「どうして? 匿名でも、何でも、返却のしようがあったでしょうっ」
羽純ちゃんの涙混じりの非難。梶山君は項垂れる。
「盗ったこと、バレたくなかった…。そのうちに就職先が決まって、ますます保身を考えてしまって…」

梶山君の就職先はもう決まっていた。メンズブランドの会社だったと記憶している。今に至るも内定をもらえていない学生がいる中で、安全圏に入った彼が優秀でないはずがない。
最初から、こんなことをする必要はなかったのだ。
「教材室に置いた後、やっぱり別の方法で牧野さんに返却しようと思い直して戻ったら、もうスケッチブックはなくなってて…。誰かが持って行ったとしか…。それがまさか館山さんで、あんな騒動に繋がるなんて…」
梶山君は、館山さんが起こした告発騒ぎの発端がスケッチブックだったことを知っている。騒動の間、生きた心地がしなかったという。
「牧野さん、本当にごめん。…心から悪かったと思ってる」
そうして、梶山君は机に額が付くくらい深々と頭を下げた。


「…もういいよ」
しばしの沈黙の後、あたしがそう言うと、梶山君はパッと頭を上げた。
羽純ちゃんも弾かれたようにあたしを見た。
「この件は終わりにしよう。…鞄を置いたままにしていたあたしも不注意だった。…もう、なかったことにするから」
「つくしさんっ」
羽純ちゃんが小さく叫ぶ。
「ダメです。ちゃんと校長先生に報告すべきです。彼に相応の処分を! …つくしさんは、このせいで不名誉な噂を立てられたんですよ?」
「でも、それは違うってことを校長先生にきちんと証明してもらえたし、館山さん達も納得してくれたと思う」
「…本当にそうかしら?」
菜々美さんは穿った見方を示す。
「わたしには、館山さんがまだ納得してなかったように見えたわ…」
「…たぶん、それについては大丈夫だと思います。さっき話したとき、そう感じました」


あたしは梶山君に静かに語りかける。
「あのね、梶山君。一つだけ、約束してくれないかな」
「はい…」
「デザイナーの世界で生きていくなら、これから、きっと、もっと苦しい時期がやってくると思うの。それは梶山君だけじゃなくて、あたしにも、他の人にも同じことが言えると思うんだけど」
彼は真摯に頷く。
たとえ、その悔恨の表情が、あたしからの非難を逃れるためだけの一時のものだったとしても構わない。
この一言だけは、どうしても言いたかった。

「どんなに苦しくても、どんなに追い詰められても、もう絶対に人の物を勝手に見たりしないで。…社会に出てからそうしてしまえば、あなたの社会的信用は失われてしまうし、デザイナーとしての誇りも同時に失うと思う」
二度目はない。
そのことを強く胸に刻んでほしい。
「あたしのスケッチブックを見たけれど、それを真似たわけじゃないんでしょう?」
「はい」
「でも、その一言をもう信じてもらえなくなる。…分かるよね?」
あたしが小さく微笑むと、梶山君はもう一度無言で頭を下げた。
菜々美さんは大きなため息を吐き、羽純ちゃんはまた涙をこぼした。




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いつも拍手をありがとうございます! 盗難事件の真相編でした…。
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2 Comments

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2018/08/11 (Sat) 19:15 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんばんは。連日暑さが厳しいですね。
コメントありがとうございます♪

梶山君は過去の記事で、一瞬しか出てこなかった人なのですが、ひそやかに悪事をば…(^_^;)
館山さんは告発者ではありましたが、比較的にヒネた人物としては描きませんでした。ズルは許せない!といった自分なりの信念で動くタイプというか…。

さて学校の事は解決したのですが、問題は類です。明日の話は二人の転機となるでしょう。
最後までよろしくお付き合いくださいませm(_ _)m

2018/08/11 (Sat) 19:38 | REPLY |   

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