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2-24

Category第2章 解れゆくもの
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―疲れた。…なんて一日だったんだろう。
地下鉄に揺られながら、あたしは何度目かのため息をつく。
真っ黒な窓ガラスに映る自分を暗澹あんたんたる気持ちで見つめた。

梶山君が先に店から立ち去った後、羽純ちゃんは荒れに荒れた。
なぜ彼を許せるのか、…なぜ館山さんを許せるのか、と。
彼らを許したあたしこそを責めるように、彼女は泣いた。
でも、あたしは慈悲深いわけでもなければ、痛みに鈍感なわけでもない。
ただ……創造することの苦しみに共感できるだけだ。
彼らの姿は、未来の自分の姿かもしれないのだ。
あたしがそう言えば、菜々美さんは、相手側に理解を示しすぎてもいけない、と苦笑した。
二人で羽純ちゃんを自宅まで送って、そこで菜々美さんと別れ、足取り重くマンションに戻ったときには午後9時を過ぎていた。

カードキーで解錠し、玄関を少し引き開けて気づく人の気配。
類の靴が玄関にあるのを見て、今夜は彼の帰りの方が早かったのだと悟った。
「…ただいま」
明かりの灯ったリビングに足を踏み入れると、髪を濡らしたままの類がソファで寛いでいるのが目に入った。
「帰り、早かったんだね」
「そっちは遅かったね。…食べてきた?」
「ううん、まだ…。類は?」
「帰ったらいなかったから、外で済ませてきた」
先ほどまでいたファストフード店では、飲み物を頼んだだけだった。
だけど、今は精神的にひどく疲れていて、食欲を感じなかった。

キッチンで立ったまま飲み物だけを口にしたあたしに、類は言葉を投げる。
「…食べないの?」
「うん。…今夜はいいや。疲れたから寝ようかな」
「具合悪い?」
「うぅん。…シャワー浴びてくる」
類の目線から逃れるようにして、あたしはバスルームに向かった。
―話せない。類には。 



寝支度を整えてリビングに戻ったとき、類の姿はそこになかった。
寝室に入ると、ベッドの上に掛布のふくらみがあり、彼がそこにいるのが分かる。
一言断ってから彼の隣に滑り込むと、類は眠ってはおらず、あたしの体に腕を回してぎゅっと抱き寄せた。
「遅い」
「あ…ごめん…」
「…熱はないみたいだね」
類は体温を確かめるように、あたしの額に額を合わせてくる。
「疲れただけだから…。心配かけてごめん…」
あたしがそう言えば、なぜか類がシニカルな表情を浮かべたのが、薄暗い常夜灯の下でも分かった。



「あんたってさ、…俺には何も言わないんだね」
「……え?」
ややあって発された彼の言葉にははっきりとした冷ややかさがあって、あたしはドキリとする。
「俺が、知らないと思ってる?」
―彼が指しているのは、何か。
あたしが適切な言葉を見つけられずにいると、類がすぐ答えを教えてくれる。
「…学校での騒動のこと」
「え…なんで…」
「今日、あきらに会った」
あたしは、あっ、と小さく声を発する。
八千代先生から夢乃さんへ、夢乃さんから美作さんへと話が伝わったのかもしれない…。

「なんで、あきらから、あんたの窮状きゅうじょうを聞かされるの?」
彼の声はこの上なく不機嫌だった。
「…ごめんなさい。類に余計な心配はかけたくなくて…。でも、もう解決したから…」
あたしは言葉につっかえながらも、今日の出来事をかいつまんで説明した。
相手の名や詳細についてはあえて触れなかった。
「あたし、大丈夫だから。明日からも頑張れるから…」
重苦しい沈黙が下りる。
すべてを聞き終えた類が最初に発した言葉は、あたしの予想を大きく外れたものだった。



「…もう、やめたら?」
「えっ?」
「無理してしがみつかなくてもいいんじゃない? 今の道に」
―やめるって、何を? 
あたしは困惑を深める。
「ど、…どういう意味で…」
「言葉通りの意味で。…デザイナーはやめて、うちに入れば? 優遇するし」
―『fairy』ではなく、花沢物産に?

「…あんたが進む道には、これからもそういう事がたくさんあるよ。綺麗なばかりの世界じゃない。そこでのし上がっていくには、あんたは優しすぎる。…とてもやっていけないと思う」
「別に、あたしはのし上がりたいわけじゃ…」
「前から思ってたんだけど、そもそも、あんたはどうしてうちに入らないの?」
あたしを抱き寄せる類の腕に力がこもる。
「…俺の婚約者なら、いずれは後継者の妻としての務めも求められる。それがわかっていて、なんで?」

あたしは、息苦しさを覚える。
それは、彼の腕の力が強いせいでもない。

「…あたし、ずっとデザイナーになりたくて、…類は、それを応援するって言ってくれていて…」
―あたしのささやかな夢を決して軽んじず、ずっと傍で応援し続けてくれた類。
だけど、彼はあっさりと切り捨てた。
「過去の俺はね。……でも、俺はそれとは違う考えだから」

はっきりと線引きされた、過去と今。
ズキンと走った胸の痛みに、声を殺して耐える。
「もう一度、考えてみて。…今ならまだ辞退できるよね?」
「…内定のこと?」
胸が不穏に高鳴る。ズキズキとした痛みはひどくなるばかりだ。
「いい機会だと思わない? 両親はあんたを気に入ってるし、うちに入るって聞けば喜ぶよ」
「……類」

…ずっと感じていた齟齬そごの正体が、見えてきたような気がした。
彼は、たぶん、あたしの進路についてはそう考えていた。だから、学校の話をするとき、いつも微妙な反応を返していたんだろう。
あたしは、何をどういうふうに話せば、彼に自分の夢を分かってもらえるだろうかと考えた。いや、それ以前に、類に理解してもらわなければいけないことが、他にもあるんじゃないだろうか…。
だけど思考は空転し、焦燥ばかりが募って言葉にならない。



「まぁ、いいよ。…この話、今日はここまでで」
おもむろに類があたしの上にしかかる。あっと思ったときには唇を塞がれ、舌を絡めとられていた。その間にも寝間着のボタンが手早く外されていき、彼の手があたしの素肌を撫であげる。
呼応するように体の奥がずくりと疼いた。…でも。
「…ん……ゃっ…」
顔を背けて彼から離した唇は、またすぐに追いかけられて言葉を封じられる。

今日はとてもそういう気分にはなれなかった。学校ではいろいろな事がありすぎたし、類との間に決定的な見解の相違を見出してもいた。
考えなければいけないことがたくさんあるのに、でも考えること自体に疲れてしまっていて、類を受け入れる心の余裕がない。
…あたしは、体だけの繋がりが欲しいわけじゃない。だから…。


「…類…ごめんなさい。今日は…」
やむなく彼を拒んだ。彼の胸に手をつき、その意志を示した。
…だけど、類はそれに応じてくれなかった。
彼を押し返す手を柔らかく退け、抗い続けるあたしを再びキスで宥めながら体の奥に触れていき、結局は自分の思うようにした。
愛撫に慣れた体は、彼を容易く受け入れる。彼を拒む心とは相反するその反応に、女としての自分への嫌悪が湧き起こった。

ほどなく彼の熱があたしの中を満たすと、うねるような快楽の波にあたしは喘いだ。
体の苦痛は感じない。だけど、心が、痛い。
目の端からこぼれ落ちた涙に、彼が気づいたかは分からない。
やがて彼によって高められた熱が弾ける瞬間が訪れ、あたしの視界はそのまま暗転した…。




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いつも拍手をありがとうございます。 ダークナイトを迎えてしまいました。
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2 Comments

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2018/08/13 (Mon) 11:03 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんにちは。コメントありがとうございます♪
盆休みで帰省をしています。帰省先は自宅よりも南方であるため、結局は暑いのです…(^_^;)

さて、だんだんプロローグへの道筋が見えてきましたか? み様の仰るように、今のつくしの心は寂しさと戸惑いでいっぱいになっています。もう少し彼女の苦悩は続きます。

暗~い展開なのに、続きを楽しみにしてもらってありがたい限りですm(_ _)m 皆さんの予想を裏切る形で、終盤に持って行けたらと思っています。

2018/08/13 (Mon) 18:50 | REPLY |   

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