FC2ブログ

2-27

Category第2章 解れゆくもの
 4
「土曜の夜、パーティーがある。パートナー同伴の」
あの夜から半月ほど経ったある日の夕食時、類は唐突にそう切り出した。
あたしは箸を止めて、向かいに座る彼をそっと見上げる。
「…パーティー?」
経緯を話す類は、ひどく億劫そうだ。
「母が出席する予定だった。でも予定より仕事が長引いて、帰国できなくなった」
11月初旬、真悠子さんは仕事のために渡仏した。類がこちらのマンションに移り住んでから、彼女は本格的に職務復帰し、邸にいることが少なくなった。会うことができない代わりに、真悠子さんとは定期的な連絡をとるようにしている。
フランスでの仕事は、2週間以内に終わると聞いていたのだけど…。

「代わりにお鉢が回ってきた。…同伴して?」
あたしはハッとしてカレンダーを見る。
11月17日土曜日。
通常は休みである週末には、卒業コンペのリハーサルが予定されていた。午前中に発表順の確認やランウェイを歩く練習、午後には手直しのための個別指導がある。
「その日は学校でリハがあるけど、夜なら大丈夫。何時に、どこに行けばいい?」
「15時に本社まで来て。迎えが要る?」
待ち合わせ時刻は予想よりも早い。
それでも学校に迎えを寄越されるのは遠慮したかった。
「自分で行くね。…あの、服はどんなものを用意すれば…」
「その日に買う」
短く即答した類に、あたしは提案をする。
「…できれば、新調するんじゃなくて、クローゼットにある物から選んでもいいかな」

クローゼットには一度しか袖を通していないドレスが何着もある。
持ってきて、と彼に促され、選んだドレスは『fairy・sb』の1点物。
…ご両親との対面の日のために、類があたしにプレゼントしてくれたブルーのドレスだった。
「とても気に入ってるんだけど、なかなか着る機会もなくて…。靴とアクセサリとバッグはこれ。…どうかな?」
類は黙ったままそれらに視線を注いでいたけれど、やがて低い声音で了承があった。
「……それでいい」
「だから、待ち合わせの時間を少し遅らせてもいい? 16時でどう?」
これには無言の頷きだけが返る。今のやり取りは彼の機嫌を損ねてしまったらしかった。

…何が不満なのか、ちゃんと言ってくれればいいのに。
それとも、あたしがもっと察してあげるべきなのかな。
類はその後もあまり口をきいてくれず、あたしはそんな彼の様子に軽く嘆息しつつ、自分のするべきことをした。



夜の闇が深まる時間になると、あたし達はベッドの中で抱き合っていた。
結局、マンションを飛び出したあの夜から幾日も経たないうちに、あたし達はまた肌を合わせるようになった。
それがいいことだったのか、悪いことだったのかは、あたしには判らない。
…だけど類から求められれば、あたしはその情動に応えずにはいられなくて。
あたしに触れる彼の手は、以前より優しくなった気はする。
それでも、今のあたし達の間には、たぶん二人で育んでいけるものが存在しなかった。彼の家族より、誰より、彼と多くの時間を共有していたにも関わらず、あたし達は掛け違えたボタンのように、どこかちぐはぐなままだった。

―類であって、類ではない彼。

あたしはその相違を正しく見つめ、自分の接し方から改めるべきだったのに、そうすることで再び彼を失ってしまうような気がして問題を直視できずにいた。
類が事故に遭った夜から明けることのない暗闇を、自らで払拭すべき時が来ていると気づいていながら、あたしは……。



「…ちゃん、つくしちゃん!」
「…あ、菜々美さん…」
昨夜のことを思い出して物思いに沈んでいたあたしは、菜々美さんの声に反応するまでにずいぶん時間がかかったらしい。やっと目線を彼女に向けると、心配そうな色を浮かべた彼女の瞳にぶつかる。
「…大丈夫? 顔色がよくないわ」
「そうですか? なんともないですよ」
あたしは笑顔を作る。自分ではそういう不調を自覚していなかった。
菜々美さんには、あの日、あたし達の事情の一端を垣間見せてしまったせいで、余計な気遣いをさせる状況に陥らせてしまっていた。それをひどく申し訳なく思う。
羽純ちゃんには話していない。…きっと、彼女にはずっと明かせないだろう。

あたしが見せた笑顔には、どこかいびつさがあったようだ。
「わたしの前で無理に笑うことないんだからね?」
菜々美さんの言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。かろうじてそれを堪える。
「…はい」
ふっと肩の力を抜いたその先に、館山さんと親しかった友人達の姿が見えた。



告発騒動が終結を迎えた翌週から、何人かの欠席者が出た。
糾弾の中心人物となった館山さん、スケッチブックを持ち出した梶山君、…そして、羽純ちゃん。
関係者がことごとく休んでしまい、あたしと菜々美さんはとても複雑な思いで状況を見守った。

3人のうち、最初に学校に姿を見せたのは梶山君だった。
彼はあたしと目線が合うと小さく礼をした。それ以降はずっと避けられている。相手の気まずさが分かるから、あたしは彼のことはもう気に留めないようにしている。

次は、羽純ちゃんだった。
彼女は、自分の不用意な発言が、告発騒動のそもそものきっかけを作ってしまったことを、ひどく悔いていた。
それでも、数日ぶりに会う彼女の顔には、吹っ切れた様子が窺えた。
「心配かけてごめんなさい。悔いるだけ悔いてきました。もう前を向きます」
そう告げた羽純ちゃんの表情はサバサバとしていて、本来の明るさを取り戻していたように見えた。

一方で、なかなか姿を見せないのは館山さんだった。
休み始めてもう3週目になる。コンペ前のこの忙しい時期に、だ。
騒動以来、クラス内でのあたしの立ち位置は非常に微妙なものへと変わってしまっていた。校長先生や講師の先生方は誠実な対応をしてくださったけれど、それは関係者のみに示された真実であって、噂を信じてしまったクラスメートの一部にとっては、疑念を慰留させるものであったらしい。
こういう状況を作った彼女のことを今もよくは思わないけれど、かといって、彼女が休んだままなのは決していいことではない気がしていた。
あたしはおもむろに立ち上がると、まっすぐに目線の先へと向かった。驚いた菜々美さんの追い縋るような目線には気づいていたが、それに構わず前に進む。


「あの、三河さん」
あたしが八千代先生のアトリエに出入りしているのを見た、と言ったのは三河さんだった。それを学校側に告げ口のように報告したこともあって、彼女もあたしと目を合わさない人達の一人になっている。
「…なに? 牧野さん…」
三河さんの目には明らかな怯えがあって、あたしが何を言い出すのか、不安なのがありありと分かった。あたしはそれに構わず、彼女に問う。
「あなた、館山さんと連絡取ってる?」
「え…えぇ」
「彼女、ずっと休んでるけど、どうしてるの?」
三河さんは隣の澤谷さんと目を合わせ、困惑を深めてあたしを見つめ返した。

「…どうして、そんなことを聞くの?」
澤谷さんの方があたしに問う。あたしは表情を和らげる。
…決して、彼女達を責めたいわけじゃない。その意思が正しく伝わるように。
「館山さんに伝えて? もしいろいろ気にして学校を休んでるんだったら、もう気にすることはないって」
彼女達の瞳が大きく見開かれる。
「話は全部終わったの。リハは目前なんだから、自分のことに集中してって伝えてくれる?」
「…彼女…このまま、出場しないかもしれないって言ってるの…」
三河さんがポツリと洩らすのを聞いて、あたしはやっぱり、と小さく嘆息する。
「…逃げたらダメだって、厳しく言っといて」
「牧野さん…」
「館山さんは間違いを認めて謝ってくれた。あたしはそれで充分だから。そのまま伝えて。…ね?」


踵を返して席に戻ると、菜々美さんが信じられないといった顔つきで出迎えた。
「自分のことでも大変なのに、よくもまぁ、他人のことが気にかけられるわね? 羽純が知ったら、また『お人好しなんだから!』って怒るわよ」
あたしは苦笑する。
「…なんだか、自分も似たようなものだなって思って」
「何が?」
「目の前にある問題から逃げているんです。…あたしも」
一瞬、菜々美さんは、何と返していいか分からなかったようだ。…でも。
「もう逃げないことにするの?」
「…はい。そうしなきゃいけない時期に来ていると思うんです」
そっか、と菜々美さんは呟いて、あたしの手を握ってくれる。
「頑張れ。…頑張れ、つくしちゃん」
「…はい」
あたしの微笑みは、たぶん、さっきよりは自然な笑みだっただろう。




ブログ村のランキングに参加しています。ポチッとお願いします☆

いつも拍手をありがとうございます! 頑張って書き進めています。
関連記事
スポンサーサイト



4 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/08/19 (Sun) 10:45 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/08/19 (Sun) 15:05 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんにちは。コメントありがとうございます。
第二章は山あり谷ありです。書いている方もしんどくなってます。
なんて厄介なものをテーマに取り上げてしまったんだぁぁ…と(;^_^A

わ様のご想像通り、この時点でつくしはある決心をしています。目の前にある問題から逃げないのであれば、つくしの取るべき手段とは? 解決までまだまだですが、うまくまとめていけるように頑張ります!

2018/08/19 (Sun) 16:53 | REPLY |   
nainai

nainai  

と様

こんにちは。初コメントありがとうございます。
とても嬉しいです(^^♪

言葉選びはですねぇ、いつもすごく悩んでいます。だからこその遅筆なのですが(;^_^A 今回の話はとにかく心情表現が難しくて、あぁでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返しながら、なんとか前に進めています。

他の話(短編)も構想だけはあるのですが、もう少しで今の連載に区切りがつけられそうなので、それから着手できればと思っています。どうぞ気長にお待ちくださいませ💦

2018/08/19 (Sun) 17:18 | REPLY |   

Post a comment