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樹海の糸 ~2~

Category『樹海の糸』
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翌日の昼休み、F4専用ラウンジではひどい騒ぎが起きていた。彼は、日本に戻ってきた目的を彼の親友達に話してしまったらしかった。
道明寺があたしに貼った赤札の効力はまだ有効だったから、花沢類はそれをきちんと撤回するように道明寺に求めたという。
大学のカフェテリアで、花沢類が表立ってあたしを庇ったことで、彼はずっと気を悪くしていた。道明寺は猛然と怒りを顕わにすると、花沢類に殴りかかったらしい。

騒ぎを聞き、カフェテリアに駆けつけたあたしを、階下の観衆の中から見つけ出すと、道明寺は指を突き立てて叫んだ。
「類っ! お前、本当にこのチンクシャのような女が好きなのかよっ!」
自分でも決して美人だなんて思ったことはないけれど、道明寺のあまりの言いように怒りがこみ上げてくる。周りにいた生徒達はまるで珍獣を見るような目つきで、さっとあたしを遠巻きにした。

「…さっきそうだって話したよ。日本語、理解できないの?」
「分かんねーのはお前の思考回路だよっ!! 静じゃなく、なんでコイツなんだ!!」
目に見えぬ速さで飛んでくる道明寺の拳を軽くかわしながら、花沢類はひどく面倒くさそうに言葉を返す。
「そんなのは俺の自由じゃん。…なんで司が怒るの?」
道明寺は顔を真っ赤にして、彼の質問に応える気はないらしかった。
ハラハラと二人のやりとりを見つめるあたしの前で、花沢類ははっきりと指摘した。
「…もしかして、司も牧野のことが好きなの?」

驚愕して立ち竦むあたしと。
ざわっと空気を揺らすほど、どよめいた生徒達と。
攻撃をピタリと止めて、そのまま硬直してしまった道明寺と。
旧知の友の諍いを、心配というよりはむしろ楽しそうに静観していた西門さんと美作さんと。

「んなワケ、あるかぁぁぁ―――っ! ボケッ!!」
怒号が走る。
硬直から解けた道明寺は震えながらまず青くなり、それからこれ以上なく赤くなった。そして納まりきらない感情のまま階段を駆け下りると、ものすごい勢いで走り去ってしまう。
「類っ! 後は任せとけ!」
「俺らは反対しないぜ。…じゃあな!」
西門さんと美作さんはゲラゲラと笑いながら、道明寺の後を追った。

「…とりあえず、いつもの場所に行こっか」
涼しい顔で頭上から声をかけてきた花沢類を、半ば呆れ気味に見上げてあたしは頷いた。きゃああ、とか、いやぁぁ、とか叫ぶ周囲の女生徒の声は聞こえない振りをした。
とにかく一秒でも早く、この場から立ち去りたかった。


非常階段に着くなり、あたしは花沢類に頭を下げた。
「ごめんなさい。…あんなふうに言ってくれたのに、花沢類の気持ちには応えられない…」
彼は、あたしの言葉にきょとんとした。
すごく不思議そうに訊ねてくる。
「…嫌わないでって言ったよね。あれはそういう意味じゃなかったの?」
確かに言った。
だけど本当にそれは言葉通りで、ただ彼に嫌われたくない一心で発した言葉だった。

「…花沢類は、あたしのどこが好きなの? 道明寺じゃないけど誰も信じないと思う…」
彼の言葉を一番信じられないのは、たぶん自分だ。

花沢類はやや不機嫌そうな顔つきになる。
「…俺の気持ちを、周りに説明しろというのならするよ」
「やっ、…そ、そういうことじゃなくて」
顔が熱い。緊張で声が震えてしまう。
「花沢類に好きと思ってもらえる要素が、自分に見当たらないから…」
ふぅーっと彼の大きなため息が聞こえた。
「その1つ1つを俺が教えるからさ、…友達の延長から始めない?」
ね? と差し出された手を、あたしは長いこと見つめていた。
彼にはその手を引っ込める気はさらさらないようだった。
結局、Yesなのか、遠回しなNoなのかをはっきりさせないままに、あたし達は手を繋ぎ合った。


後々になってひどく後悔した。
どうして、このとき、花沢類にはっきりと断らなかったんだろうって。
関わらない方が傷が浅くて済むからと、前夜にあれだけ自分に言い聞かせていたのに。断ったからと言って、性格上、彼が現在の虐めを助長させるようなことはしないと思うのに。

静さんに向けられていたあの柔らかな笑顔が、いまは自分に向けられていると思うと、ひどい高揚感を覚えた。
くらくらと眩暈がするほど気持ちが満たされて、自分を律しきれなかった。
あたしは、…彼を独り占めにしたいという誘惑に負けた。


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