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Category第2章 解れゆくもの
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11月15日の朝、館山さんは久しぶりに教室に姿を見せた。
少し痩せたようで、顔色もあまりよくなかった。
彼女は登校後、真っ直ぐにあたしの元へと向かって歩いてきた。さっと身構える羽純ちゃんと菜々美さんを目線で制して、あたしは彼女と向き合う。
自然と周囲の視線も集まり、教室は次第に静かになった。
「おはよう」
あたしが先に言うと、彼女も同じように挨拶を返す。まだ、ぎこちなく硬い声で。
「コンペ、頑張ろうね」
とあたしがさらに言えば、彼女はすっと右手を差し出した。
「激励ありがとう。…負けないから」
館山さんの右手をぎゅっと握り、あたしは大きく頷く。
「お互いにベストを尽くそう。…もう最後なんだから」
えぇ、と小さく笑んで館山さんが言い、あたし達は手を離す。
場を包んでいた緊張感は途端に解れ、教室にはまたさざめきが戻ってくる。


「も…っ。どうして、そんな男前なんですかっ!?」
羽純ちゃんが顔を真っ赤にして言う。
「…それって、誉め言葉よね?」
「当たり前ですよっ! あっ、もう行かなきゃ。それじゃあとで!」
慌ただしく自分の教室に戻っていく羽純ちゃんを見送って、あたしは菜々美さんと静かに微笑み合った。
「…さて、わたし達もライバル同士、頑張ろっか」
コンペではお互いに競い合うことになる菜々美さん。彼女の4点の作品はどれも素晴らしい出来だ。
「はぁ、ドキドキしますね」
「うん。でも楽しもう? 本当に最後なんだから」
リハ-サルはもう明後日に迫っている。
少なくとも懸念の一つではあった館山さんのことが、いい方向に動き出したような気がして、あたしはホッと安堵の息をついた。

その夜、類は社用で遅くなり、日を跨ぐ頃になって邸宅の方へと戻ると連絡が入った。目の前の問題から逃げずに、類と話し合いをしようと思っていたあたしは、出鼻をくじかれる形になった。
久しぶりに味わう一人の空間はやはり寂しいのに、認めたくはない安堵もそこには共存して、あたしに自身の薄情さをじわりと味わわせた。


その翌日の朝のことだった。進から連絡があったのは。
「急に決まったんだけど、高校のときの友達とそっちで飲むことになったんだ。今夜、泊めてもらっていい?」
進はこれまでも2回ほど、ここに泊まりに来たことがある。
いずれも類が事故に遭う以前のことだ。
彼が記憶を失くしてからは、あたしの家族は誰も類とは会っていない。
…あたしが、そうしてほしいと頼んでいたからだ。
「類さんにはしばらく会ってないしさ。…母さんが心配してるんだ、姉ちゃんのこと。千葉に呼んでもなかなか来ないし。様子を見て来いって言われてる」
「わかった。…類にも伝えておくね」
進との通話を終えてすぐ、類に電話をしたが繋がらなかった。仕方なくメールを送ったが、これにも返答がない。あたしは、とりあえず進が泊まるゲストルームを手早く掃除し、キッチンの片づけをしてから学校に向かった。

類から、進の件について了承の返事が来たのは、もう夕方に近い時刻だった。
あたしはまだ学校にいて、明日のリハーサルの準備に追われていた。
『弟の件は分かった。今夜は会食がある。11時までには帰る』
…進が来る時刻と、類が帰宅する時刻は同じ頃になるのかもしれない。
あたしは二人を引き合わせることに若干の不安を抱きながら、明日の朝食のための買い物をし、帰宅した。




「久しぶり、姉ちゃん」
飲み会帰りの進がマンションにやってきたのは午後10時45分頃で、類の帰宅よりも早かった。
「元気にしてた? もしかしてまた背が伸びた?」
進から、両親からの土産だという袋を受け取ってそう言えば、少し濃いアルコールの匂いをさせながら進は笑う。彼が吸ったのではないだろうけれど、服からはタバコの匂いもする。
進を見上げるようにすると、久しぶりに会う弟は優しくあたしを気遣ってくれた。
「姉ちゃんは痩せた? 忙しいから?」
「…そうかも。卒業コンペが近いし、明日はリハなんだ」

リビングに通してやりながらそう言えば、進は初耳とばかりに目を見開く。
「なんだ。そんな大変な時期なら、今日断ってくれても良かったのに」
「いいの。もう準備は済んでるし。…何か飲む?」
ソファを勧めて飲み物を促すと、進はそれを断った。
「あのさ、先にシャワー借りてもいい? 俺、タバコ臭いし、部屋にそぐわない気がして申し訳ないから」
あたしは笑う。
「いいよ。タオルはもう準備してる。着替えはある?」
あるよ、と答えてから、進は手早く準備をし、脱衣所に消えていった。


午後11時を少し過ぎた頃、玄関の方からピッと解錠の音がしたのをあたしは聞いた。
類が帰ってきたのだ。進はまだシャワー中だった。
「おかえりなさい」
あたしが迎えに出ると、類は玄関に揃えて置かれた進の靴に目線を注いでいた。
「…弟、もう来てるんだ」
「うん。…ごめんなさい。いま先にシャワーを使わせてるの」
そう、と気のない返事が返って、あたしはいつものように彼がコートを脱ぐのを手伝った。11月も半ばになり、夜の冷え込みがきつくなってきている。

―そろそろ厚手のコートに替えた方がいいかな。
そう思いながらリビングに戻ろうとした時だった。類の両腕が後ろから伸びて、あたしを抱きすくめた。アルコールのせいか、少し熱っぽい彼の唇が項に触れると、無意識のうちに体は小さく震えた。
「…昨日、帰ってくればよかった」
耳元で囁くように彼は言う。
「あまり、眠れなかった」
「…じゃあ、今日は長い一日だったね。…お疲れ様」

―ごめんね、類。

昨夜、彼が帰らないことにわずかに安堵した自分を恥ずかしく思う。こうした言葉の端々に、自分が彼に必要とされているのだと感じることができるのに。
どうして、あたしはそれだけでは満足できないのだろう。
彼の腕の中だけに自分の幸せを見出せれば、あたしはこの苦しみから逃れることができるだろうか。




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2 Comments

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2018/08/21 (Tue) 23:43 | REPLY |   
nainai

nainai  

と様

こんばんは。コメントありがとうございます。

原作でもそうであったように、つくしは人の弱さを許せる人として描いています。菜々美も羽純も、そうした彼女の一面を褒めながらもとても心配しています。この話では、従来の親友である優紀達より、学校生活における親友達との友情にスポットを当てています。オリキャラながら大好きな二人です(*´ω`*)

第二章も後半に入っています。プロローグまでのカウントダウンというところでしょうか。管理人の四苦八苦も続きます…(;^_^A
 最後までよろしくお付き合いください。

2018/08/22 (Wed) 00:36 | REPLY |   

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