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Category第2章 解れゆくもの
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ほどなく脱衣所を出てきた進は、類が帰宅していたことに驚き、慌てて挨拶をした。
「牧野進です。今日は泊めていただいて、ありがとうございます。…あの、類さんは覚えておられないと思いますが、俺も両親も、類さんには本当にお世話になったんです」
「…そう」
「体調はもういいんですか?」
「仕事ができる程度には」
対する類の反応はかんばしくなかった。今後、姻戚関係の間柄になる者同士の会話にしては、寒々しいほどの余所余所よそよそしさがある。
あたしは二人のやりとりを、居心地の悪さと緊張とともに見守る。進も、類と自分との温度差に気づき、対応に困ったような顔をしながらも、両親の伝言と思しき言葉を継いだ。
「両親も類さんに会いたがっていました。今度は一緒に来ますので、食事でもいかがですか?」
「いずれ時機を見て。よろしく伝えて」


二人の会話はその後も長くは続かなかった。類が話を切り上げて浴室に向かってしまうと、リビングには進と二人きりになった。
物言わぬ彼にソファを勧めて、あたしは飲み物を準備する。なんと言い出すだろうかと、進から最初の言葉が出てくるのをあたしはじっと待った。
少なくとも、過去、あんなふうに類に素気無すげなく接されたことはないだろう。グラスにミネラルウォーターを満たし、そっと進の前のローテーブルに置く。
「…高校生の頃の類さんって、あぁだったの?」
ややあって口を開いた進がそう問うのに、あたしは小さく頷いた。
「素っ気ないでしょ。人見知りだし」
「俺、類さんにあぁいう面があったこと、初めて知った。…ちょっと驚いた」

ひどく言いにくそうにしながらも、進はこう訊いた。
「…あのさ、本当にいいんだよね?」
「え?」
「記憶がなくても、類さんは、姉ちゃんにだけは優しくしてくれるんだよね?」
彼の瞳は真剣そのもので、あたしは言葉に詰まってしまう。
優しいのか、優しくないのかの二択であれば、彼はきっと前者だ。
だけど、それならば今、どうして自分達はうまくいっていないのかと思う。
「…うん」
返答までにわずかな間があったことを、進はどう思っただろう。

進の心配は、両親の心配と同義だ。あたしはそれが嫌で、しばらく家族との接触を避けていたけれど、彼らにはきっと、あたしの不安は如実に伝わっていたんだと思う。
だって、あたし達は家族なんだもの。
その温かい絆を信じていられるから、あたしはどこででも頑張れるんだもの。
「いろいろ心配かけてごめんね。…でも、大丈夫だから。パパとママにもそう伝えてね」
あたしがもう話を切り上げたがっていることが分かったのか、進はそれ以上何も言わなかった。


12時前には、それぞれが寝室に入った。進には玄関横のゲストルームを使ってもらい、あたし達はリビング横の寝室に入る。
ベッドに入るとすぐ類はあたしを抱き込むようにし、深いため息を吐いた。
彼の胸板が規則正しく上下するのを、頬で直に感じ取る。
「…明日も、朝から仕事なの?」
そっと問えば、無言の頷きがある。
「あたしも明日は学校だから。…起きるのはいつもの時間でいい?」
これにも、頷きだけが返る。



「訊いてもいい?」
今ならそれを訊けるような気がして、あたしは切り出す。
「類は、このまま、あたしと結婚するつもりでいるの?」
「………なに、急に」
やっと彼の声を聞けたと思ったけれど、その声はいつもより低く、そして不機嫌そうだった。
「こうやって、またここで暮らし始める前、…あたしのことを愛してくれるのかって訊いたら、そうできたらいいと思うって」
「……あぁ」
「あのとき、類は、あたしを愛していたわけじゃないよね。…そうしたいって意味で言ったんだよね」
これには返答がない。あたしは構わずに問う。
「それじゃ、今は? …あたしを、愛してる?」


あたし達の間に重い沈黙が下りる。類はなかなか返答しない。
その時間の分だけ彼の逡巡が窺えて、あたしは居たたまれなさに身の内を焦がすが、それでも辛抱強く彼の答えを待った。
やがて彼の口から洩れたのは含み笑いで、なぜかそれを冷笑のように感じて、あたしは思わず身を固くした。鼓動が、速くなる。
「訊きたいなら、先に自分の気持ちを話すべきじゃない?」
望んだ答えとは違うその言葉に、面食らいながらもあたしは素直に応じる。
「確かにそうだね。…あたしの気持ちを言うね」
あたしは言葉を選びながら、こう告げた。
「類を愛してる。…だけど、類の気持ちが見えなくて、自分の気持ちも分からなくなる瞬間がある。このまま、…曖昧な気持ちのまま、結婚に踏みきっていいのか迷ってる」


「…正直に言うんじゃなかったの」
耳元に落とされた彼の声には、はっきりとした冷ややかさがあった。
いつかの夜にも、同じ響きの声を、あたしは聴いたと思う。
…そこに満ちる、静かな怒りを感じ取る。
「…言ったよ」
「そう? …あんた、本当に、俺を愛してると言える?」
彼の声には確信が含まれていた。
「はっきり言えばいいのに。あんたが本当に大切なのは、過去の俺であって、今の俺じゃない。…そうだろ?」
類のその言葉に、心をしたたかにぶたれたような気がした。


衝撃で口が利けないあたしに、類はこうも言った。
「あんたはさ、よくも悪くも正直なんだよね。…言葉以外は」
―言葉、以外。
「あんたの瞳も、表情も、…体でさえも、今の俺を受け入れることに一瞬の戸惑いを見せる。…あんたは無意識なのかもしれないけど、だからこそ、そこには嘘を感じない」
「…類、あたしは…」
「だからって、愛してないということじゃない。それも分かってる。…あんたは俺にいつでも優しいし、気持ちに寄り添おうと努力してくれてる」
自分の全てを否定されているわけではない。…だけど、心が痺れていくようだ。

「でも、俺にはつくしの指す心の繋がりってものがよく分からない。…目に見えないものを、あんたならどう感じ取って、どう信じていくの? 俺には、体の繋がりの方がよりシンプルで理解しやすい。…だけど、あんたはそうじゃないんだよね」




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いつも拍手をありがとうございます。ややこしくなってきました…。
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2 Comments

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2018/08/23 (Thu) 14:35 | REPLY |   
nainai

nainai  

さ様

こんばんは。初コメントありがとうございます。
とても嬉しいです~(*´ω`*)

いやぁ、つらく苦しい展開で申し訳ないです💦 管理人も類には溢れんばかりの愛はあるのですが、あえて苦難の道を歩ませてしまうという…。
表題の通り、第二章のラストはプロローグの別れの場面です。
何が決定打となってつくしが類との別離を決意するのか、彼女の心情変化を追いつつ今後の出来事を見守っていてくださいね。

第三章は、もちろん第二章を覆すためにあります! もう少し先になりますが、待っててください<(_ _)>

2018/08/23 (Thu) 20:34 | REPLY |   

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