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Category第2章 解れゆくもの
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「部屋で休んでて。挨拶を済ませたら迎えに行くから」
「ごめんね…」
「あと少しだけ我慢して」
そう言うと類は踵を返し、再び場内の人波の中へと紛れていってしまった。
あたしは壁際に置かれた椅子に腰かけ、彼が呼んだホテルの女性スタッフに手渡されたグラスの烏龍茶を、ほんの少し口にする。
―結局、足手纏いになってしまった。
あたしは、自分の不甲斐なさに小さくため息を落とした。


『誠に僭越ながら、婚約者様のお顔の色が優れないようですが…』
そう言ってあたしの体調を気遣ってくださったのは、系列会社の社長さんの奥様だった。開式セレモニーの後も、類の元へと挨拶に訪れる人はひっきりなしに続き、あたしも類もほとんどその場所を動くことができなかった。
類が6月に事故に遭ったことは広く知られていたし、その彼がこういった社交場に出てくるのが珍しいこともあって、大企業の後継者となる彼に一言挨拶を、と考える人が多かったようだ。その間、あたしの体調は徐々に悪化していたけれど、それを口に出すことはできなかった。
指摘を受けてあたしを振り返った類は、眉一つ動かさずにあたしの肩を優しく抱くと、目の前の社長夫妻に丁寧に礼を述べてその場を後にした。そして、壁際まであたしを連れていき、休ませてくれたのだった。
女性スタッフにしばらく付き添ってもらっていると、少し気分が持ち直したこともあって、休憩室として用意してもらった部屋へは移動しなかった。礼を言って彼女の介助を断り、あたしは一人、類が連絡をくれるのを待った。



「…牧野!」
聞き慣れた声がしたと思ったら、すぐ近くに西門さんの姿が見えた。
彼の隣には和装した美しい女性の姿がある。今夜のパートナーなのだろう。
西門さんはその女性に一言何かを告げると、あっさりと彼女と別れてこちらへと向かってきた。
「久しいな。元気にしてたか?」
「西門さんも来てたんだね。…あの、パートナーの女性はよかったの?」
西門さんに会うのは8月に類の邸で別れて以来、実に3カ月ぶりのことだった。
「このパーティーに用事があったのはあいつの方だからな。…俺の母方の従姉なんだ。お淑やかそうに見えて、かなりのやり手なんだぜ」

そこまでを話すと、西門さんは怪訝そうに眉を顰めた。
「…お前、具合悪そうだな。類は?」
「うん。ちょっとね。…類はご挨拶に行ってるの」
「あちこちで噂されてたぞ。花沢の後継者が婚約者を連れて来てるって」
よかったな、と西門さんは言った。
「類からも聞いてる。…あいつの記憶が戻らなくても、お前達、ちゃんと向き合えたんだな」
西門さんのその言葉には、どこかしら違和感を覚えた。


あたし達は、本当にちゃんと向き合えているのかな。
過去にシンメトリーを感じ合ったときのような、この上ない幸せを、あたし達は築いていけるの?
…あぁ、そうじゃない。
あたし達は、過去と同じ軌跡を描かなくていい。
そのことに縛られてはいけないのに…。


あたしは返事の代わりに微笑を浮かべた。少なくとも、そのつもりだった。
西門さんの切れ長の瞳が、あたしの心の奥を探るようにその色を濃くする。
彼が口を開きかけた瞬間、ゆっくりと近づいてくる影があった。
「…よぉ、珍しいな。パーティー会場で牧野に会うなんて」
「あきら」
「美作さん! 久しぶり」
西門さんと同じく、美作さんに会うのも8月以来だった。海外での仕事が多くなった彼とは、時折メールのやりとりがあったけれど、類と再び暮らし始めてからは連絡も間遠くなっていた。
美作さんはくっと美しく口角を上げて微笑み、さらに続けた。
「…あいつ、アンテナでもあるのかもな」
「何が?」
「司も来てる。さっきから」
「…司が?」
「道明寺が?」


ざわりと空気が揺れて、人波が割れていく。
その先に道明寺が立っているのが分かり、あたし達は揃って彼を見つめた。
「ほら、噂をすれば何とやら、だ」
大きなストライドで近づいてくる道明寺の表情は硬い。
だけど、あたし達の前まで来たとき、それがふっと緩んだのが分かった。
「日本のパーティーに顔出すのは何年振りだよ?」
美作さんが問えば、
「ババアの命令だよ。こっちは別件で帰ってるってのによ」
道明寺は忌々し気に吐き捨てた。
それでも楓社長を呼ぶその声音に、以前ほどの棘々しさは感じない。
類の病室に見舞ってくれたときにも感じたように、彼へは、ただ懐かしさと親しみだけがこみ上げてくる。

西門さんも問う。
「パートナーは奥さんか?」
「まさか。…秘書だよ」
それからも、彼らは二言三言と会話を交わし合った。
―あたしも、失礼がないように立ち上がらなくちゃ…。
そう思うのに、いったん下ろしてしまった腰は重く、足に力も入りづらかった。
相変わらず気分も優れない。
―類。早く戻ってきて…。


「牧野」
急に名を呼ばれて、あたしはピンと背筋を立てた。
道明寺が微笑を浮かべているので、あたしもそれに応える。
「久しぶり。帰国してたんだね」
「急遽だったからな。…タマの具合がよくねぇんだ」
「先輩の…? あの、どこがお悪いの?」
「元気そうに見えて、だいぶ年だからな。…お前に会いたがってたぞ」
あたしは数ヶ月前に会ったタマ先輩の姿を思い出そうとするけれど、あのときは自分が憔悴しきっていたから、ぼんやりとしか思い出せない。ただ、あたしを励ましてくれた先輩の手の温かさは覚えている。

「タマ先輩は、いまどこにお住まいなの?」
「邸内の離れを与えてる。最期までうちで看てやるつもりだからな」
最期まで、という言葉に胸が痛んだ。
「…あのっ。あたし、お見舞いに行ってもいいかな?」
彼と因縁深い自分が、道明寺邸の敷地内に再び足を踏み入れていいものだろうか、と迷いはする。
だけど、彼は優しく目元を綻ばせ、あたしに応えた。
「もちろん。…うちの奴らには伝えとく。お前のことは皆、よく覚えてるから大丈夫だ」
彼の邸内でメイドとして働いた日々が脳裏に甦る。
あたしはその言葉に素直に嬉しさを覚え、彼と同じように笑顔を返した。


道明寺は、つと真顔になり、あたしを気遣った。
「ところで、お前、顔色悪ぃな。…どうした?」
あたし達のやりとりを黙って見つめていた美作さんも、軽く周囲を見渡して類の姿を探してくれる。
「類は知ってるんだよな? 呼んでくるか?」
「いいの。仕事の邪魔をしたくないし…」
そのとき、すぅっと胃の奥に冷たいものが滑り落ちる感覚がした。
冷や汗が出てくる。
―あぁ。まずいかも。
「…もうすぐ、戻ってきてくれ、る」
こみ上げてきた嘔気に思わずうつむき、あたしは口元を覆ってしまう。
「おい、大丈夫か!?」
道明寺の手が肩にかかる。あたしは嘔気を堪えるので必死だった。
―だめ。気持ち悪い…。
「…お前さ、もしかして、にん…」
西門さんがその可能性に言及しようとした時だった。


「久しぶり、司。戻ってきてたんだ」
西門さんの声を遮るようにして、唐突に、類の声がした。




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いつも拍手をありがとうございます! ここにきて初めてのF4集結です…。
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2 Comments

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2018/08/31 (Fri) 14:28 | REPLY |   
nainai

nainai  

さ様

こんばんは。コメントありがとうございます♪

いやはや、苦しい展開が続きますがそれももうすぐ終わりです。ここまで本当に長かったですよね…(;^_^A 今後の展開に対する読者様の反応には、私自身、戦々恐々とするものがあるのですが、予定通りに公開していきます。待っていてくださいね。
第3章で挽回していけるように頑張ります。

暗い話を書いていると明るい話を書きたくなるもので、次のお話の構想が出来上がりつつあります。まずはこの連載をしっかりと締めて、新しい話に取り組んでいけたらなぁ、と思っています。

2018/08/31 (Fri) 19:09 | REPLY |   

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