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Category第2章 解れゆくもの
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「つくし、待たせてごめん」
類の姿を認めた道明寺はすっと一歩下がった。
肩先に感じていた彼の掌の熱が遠くなる。
類はまっすぐにあたしの元に来ると、あたしをそっと上向かせて顔色を確認した。
その仕草はひどく優しいのに、なぜか色を見せない瞳が酷薄そうに感じられる。

―類、怒ってる?

「そういうわけだから、もう連れて帰るね」
類はあたしを引き上げ、腰を引き寄せて支えてくれる。
あたし達二人を見つめる3対の瞳には、複雑な色が浮かんでいた。
「…牧野は、妊娠してるのか?」
結局、口火を切ったのは道明寺だった。
目には見えない緊張の糸がピンと強く張りつめる。
「分からない。…明日病院に連れて行く」
類は率直に答えた。

道明寺はそれを咎めるように言った。
「具合悪そうなのに、無理に連れてくるなよ」
「…道明寺…違うの」
あたしは即座に弁解する。
「あたしが出席するって言ったの。類は悪くな…」
「俺達が決めたことだから」
あたしが言い終わらないうちに、類の低いトーンの声が響く。
―とても好戦的に。
「司には関係ない」
道明寺はピクリと片眉を上げたが、そのまま押し黙った。

「もし、そうだったら、『fairy』の就職は?」
美作さんの声が割って入る。
あたしがそれに答えるよりも前に、類が返答してしまう。
「そうでも、そうでなくても、つくしは内定を辞退する。…花沢に入るから」
「…そうなのか?」
意外だ、という気持ちを言外に込めて、美作さんはあたしを見る。
きっと、それは八千代先生と同じ目だ。
ひどく居たたまれない気持ちになりながらも、あたしは深く頭を下げる。
「類と話し合って決めたの。八千代先生には、色々とお世話になったのにごめんなさい。週明けには内定辞退を申し出るつもりでいるの。改めて先生にもご報告に伺うから…」
そうか、と小さく呟いた美作さんの顔を、あたしはもう見ることができなかった…。


「もういい?」
焦れたような類の声がして、あたしはハッと類を見上げた。口調とは裏腹に、彼はビスクドールのような温度のない美しさのままに、無表情に周囲を見渡した。
「それじゃ」
「…あの、またね」
ぞんざいな挨拶を残して類は彼らに背を向け、それに引き摺られる形であたしもその場を後にした。首を回して彼らを振り返ったあたしには、三者三様の表情を浮かべた彼らの顔が脳裏に焼き付くようだった。


体を支えてくれてはいたが類の歩みは速く、あたしはそれについていくのに必死だった。それに彼から発されている無言の圧力も、彼が先ほどの会話をよしと思っていないことを如実に表している。
「…あの、ごめんなさい。…類、怒ってる?」
「別に」
「…あたし、来ない方がよかったね。…足手纏いになって、本当にごめんなさい」
彼が何に対して、ここまで怒っているのかが分からない。
分からないなりに、この場に来て不調に陥ったことをまず詫びてみる。


来るときにも通ったエレベーターホールに着く。
会場ではまだパーティーは続いており、ホールの人影は疎らだった。
類は立ち止まり、前を向いたまま小さな声であたしに言った。
「…司、あんたに未練タラタラだったね」
「えっ?」

―未練? 
―そんなふうには思わなかった…。

「…実は、あんたもそうなのかな」
「………っ!?」
「すごく…いい顔で笑ってたし?」
強い衝撃が走る。呟きのように発された言葉の内容を咀嚼そしゃくしきれないほどの。
にわかに動悸が激しくなり、唇が震えた。
「…何を…」
「あいつさ、もうすぐ離婚が成立するらしいよ。…あんた達が別れたのって、その結婚が原因だったんだろ?」

…道明寺が離婚?
さっき、彼らとの話ではそんな話は出てこなかった…。

「戻りたいんじゃない? 司のところに」
「…そんなわけ、ない」
絞り出すようにして発した声は震えていた。
「…どうして、そんなこと言うの?」
「聞いてみたいだけ。あんたの本当の気持ちを。…いいよ、正直に言いなよ。怒ったりしないから」
「あたしの気持ちは、昨日伝えたよ」
「……………」
「……類……」
「……………」
「…あたしは、類の婚約者でしょう? 今日、ずっと、そう紹介してくれたよね?」
類はまた少し黙り込んだ後、こう言った。
「まだ社から公式発表はしていない。…それは何とでもなるよ」



―どうして、そんなことを言うの?

心が満ちていく。
驚きと、悲しみと、……怒りに。

チリンとベルが鳴り、エレベーターの扉がすっと開く。
中には人がいたので、会話はそのまま途切れた。類に促されて歩を進めるけれど、足が床に張り付いてしまったかのように動かしづらい。
あたしはうつむき、必死に涙をこらえた。

―どうして?
―昨夜、類は、あたしの想いを受け止めてくれたんじゃなかったの?

胸の奥で大切にしていたものがズタズタに張り裂け、大きな痛みを伴ってそこに在るのを感じた。
痛くて、苦しくて、息ができない。


―あたしを信じてって、言ったじゃない。




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2 Comments

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2018/09/01 (Sat) 22:27 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。さっそくのコメントありがとうございます。

ついにこの夜を迎えてしまいました…。ダークナイトふたたび。でも私が第2章で一番書きたかったシーンでもあります。あの司が温かい優しさを見せるのに対し、あの類がここまで冷たく…という対比です。
つくしは初めて類に対して強い怒りの感情を抱きます。そんな彼女が次に取る行動とは? 第2章は最後までつくし視点でのみ話が進んでいきますので、わ様の質問には第3章冒頭でお答えできると思います。

二人が元の鞘に収まるにはかなりの苦労をしそうな展開なのですが、第3章、頑張って組み立てたつもりです。今まで以上に更新を頑張っていきます!

2018/09/01 (Sat) 23:27 | REPLY |   

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